光に包まれ、目を強く閉じた三人は突如吹く温かい風に頬を撫でられて目を開けた。
緑の丘、青い空、そして白く輝く建物の建ち並ぶ町、その奥に堂々と建つ大きな城。
緑の丘から見える景色は、紛れも無く陸の世界とも海の世界とも違う場所だった。
その景色を見て、キリアはそっと呟いた。
「ココが、太陽の世界・・・。」
「わからない、私だって、海の世界からでたことないもの。」
リノは、その景色に唖然とさせられながらも答えた。
「とりあえず、あそこに行ってみようぜ。」
コロナがそう言って指差した先は、町の奥に建つ、大きな白い城。
赤い屋根が太陽の日差しを受けて輝き、白い壁が光を反射させてキラキラと宝石のように光る。
「よし、行こう!」
キリアが元気良く城を指差し、レナを背負いながらその足を進めた。
「あ、待ってよ!」「おい、置いてくなよ!」
と、二人は声を揃えてキリアの後を追った。
緑の草の絨毯のようにフカフカした感触を、少年達は裸足の足で感じていた。
太陽の日差しを受けて温かく、所々に赤、青、黄色の花々が可愛く咲く。
花の香りに誘われるように少年は町へ走っていた。
その時だった、
「おい、そこの少年少女!止まれ!」と、野太い男の声が響いた。
キリアはその声に驚き、急いで野を駆け回る足を止めた。
その反動で前に倒れそうになったが、何とかこらえてその場に止まった。
「キリア!急に止まらないで!」と、後ろからリノの声が聞こえた。
振り向くと、リノは止まりきれずに真直ぐこっちに向かって来ている。
キリアは驚く間もなくリノにレナ越しに後ろから押されて前に勢いよく倒れた。
「ごめん、キリア。大丈夫?」
リノはキリアの顔の横にしゃがみ込み、キリアの顔を覗き込んで言った。
するとそこへ
「うわ!リノ、そんなところでしゃがむな!」と、今度はコロナの声が聞こえた。
リノが「え?」と横を振り向くと、コロナがリノの方に止まれずに突っ込んできた。
ドシンッ!と音がして、二人は額と額がぶつかり、目を回してその場に倒れた。
「いたたたた・・・。」
リノはそう言って、コロナとぶつかった額を抑えながら起き上がった。
「いてててて・・・。」コロナもリノと同様に、ぶつけた額を抑えながら起き上がった。
キリアも少し怒った表情で起き上がった。
するとそこへ、一人の大男がやってきた。
大きな身体に、大きな西洋風の銀色の鎧をまとい、腰には一本の剣が差してある。
大きな顎に少し生えた黒い顎鬚、黒いもみ上げが兜の隙間からちらつく。
細い眼に下まつ毛、ごつごつとした輪郭。
鎧の胸の部分には一つのマークが入っていた。
金色の円の中に、金色の線で真ん中に太陽、そして両端には鷲が抽象的に描かれていた。
大男は胸を大きく張り、太い腕を組んで、ギロリとこちらを睨んでいた。
「君達は何者だ。敵か?味方か?何故ここにいる?」
大男は突然現れたかと思うと三人に矢継ぎ早に質問をした。
しかし三人は、そんな早い質問をされて答えられるはずも無く、唖然とする。
すると、大男はキリアの背負っている一人のうつむいた少女・レナに気がついた。
「む、その少女はどうした?何者だ?病気か?」
大男はまたも、質問の波を繰り返した。
キリアは何とか、「病気か?」と言う質問をとらえることができた。
「この子が病気なんです!この子を治せる薬草を探してるんです!」
キリアは人形のような表情のレナの顔を見せて、大男に言った。
それに続けるようにリノが質問を付け足した。
「その、薬草について何か知りませんか?」
すると大男は、レナの顔をジッと見て、後ろにしりもちをついた。
『あ!天照(あまてらす)姫!』
三人は大男の叫んだ名を聞いて、頭の上に疑問符を浮かべた。
しかしそんな三人はお構いなしに、大男は突如、剣を抜いた。
「貴様ら、天照姫に何をしたか知らんが・・・万死に値する!」
そう叫び、剣の刀身に三人を映した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何でそうなるのよ!」
リノが大男に叫んだが、大男は聞く耳持たずと言った風にギロリと睨む。
キリアは、レナを背負ったまま大男の方を向いた。
そして直ぐに叫んだ。
「この子がピンチなんだ!友達が、仲間が・・・。」
キリアは大男に、空をそこに映したかのように混じりけ無く輝く瞳で見た。
大男はその目を見ると、剣を引き、鞘に戻した。
「少年よ、その眼に偽りを感じることができぬ。」
そう言って、大男は軽く頭を下げた。
「少年よ、失礼した。天照様の御身体の方も気になる、そして、君たちの関係も知りたい。」
大男は右手をキリアに差し出した。
「私の名は豪慈(ごうじ)。太陽の世界・国王城:蒼穹(そうきゅう)護衛兵である。」
キリアはその差し出された右手をギュッ握る。
「俺はキリア、レナ・・・豪慈さんの言う天照姫の友達だ。」
「そうか、では早速城へ向かおうぞ。姫の容体が心配である。」
豪慈はそう言うとキリアとレナを背中に背負い、レナとコロナを手で掴んだ。
「ちょ、ちょっと!何するのよ!離しなさいよ!」
リノは突然の豪慈の行為に驚き、暴れた。
「ははは、やんちゃな少女であるな。」と笑い声を上げて、豪慈は歩き始めた。
その時だった、豪慈の後ろから何者かがその名を呼んだ。
「豪慈〜、お〜い、豪慈〜!」
豪慈、キリア、リノ、コロナが声の方を一斉に振り向いた。
すると、そこには一人の背の高い男が立っていた。
豪慈と同じ鎧を着ており、腰には豪慈と同じ剣が差してある。
こちらからは男の目が見えないほどに兜をすっぽりと被り、ぼさぼさの黒い前髪がさらにそれを見えなくさせる。細い身体に長い腕と足、長い顔、こちらも豪慈同様に顔立ちは良いとは言えない。
男は猫背なのか、すこし前かがみになっている。
「おお、すまんすまん。」
豪慈はそう言って、ハッハッハッと豪快に笑って細身の男に言った。
「全く豪慈は、せっかちだな。」
と豪慈に駆け寄り、少し息を切らしていった。
男は豪慈に近づくとキリアたちに指を差し、言った。
「む、何だこいつらは。」
するとコロナは、それが気に入らないのか
「おい、おっさん!何だとは、なんだ!」と怒った。
リノもそれに同情するように、男に
「そうよ!レディに対して指差すなんて失礼よ!」と言った。
「そうか、失礼した。で、この少年少女達は何者だ、豪慈。」
すると豪慈は背中に乗っているキリアと、その背中に背負われている人形のようなレナを見せた。
「こう言うことだ。」
豪慈のその言葉を理解したのか、男は方膝を付けて言った。
「ご無礼いたしました。私は蒼穹護衛兵の豊帰(ほうき)でございます。」
と、丁寧に自己紹介した。
「貴方はキリア様ですね。」
「ああ、そうだ。」
キリアの返事に豊帰は面を上げ、ニコリと笑った。
そして、今度はリノの方を向き、頭を下げた。
「貴方様は海王・レリノルウナ・アクアマリン王のご令嬢、リノノルウノ・アクアマリン様でございますね。」
「え、ええ、そうよ。」
リノの答を聞くと、豊帰は、今度はコロナの方を見た。
「む、貴方様は知りません、名はなんと申しますか?」
「こ、コロナだ。陸の世界のコロナだ。」
豊帰はその名前に聞き覚えがあるのか、立ち上がり、コロナをジッと見つめた。
そして、一つ質問をした。
「貴方様のお父上の名は、フレアと申しますか?」
「な、何で知ってんだ!?」
コロナは驚き、目を丸くした。
「では、お話は城の方でさせて頂きます。豪慈。キリア様と天照姫を私に、その方々はお前が。」
「承知した、豊帰。」
豪慈はそう言うと、リノとコロナを下ろしてキリアとレナを豊帰に手渡した。
豊帰はキリアとレナを預かり、背中に背負うと、2、3回その場で跳ねた。
「では、私は先に蒼穹へ行っている。豪慈も早く来いよ。」
すると豊帰はビュッと風の音を立て、矢を射った様な速さで町の方まで走って行った。
リノとコロナは、その速さに唖然として言葉が出なかった。
豪慈はそんな二人を大きな背中に乗せてドスドスと音を立てて走り出した。
景色が一本の線のように見えたかと思うと、キリアとレナはいつの間にか大きな城の前にいた。
「さ、着きましたよ。ココが我が世界最大の城、蒼穹にございます。」
豊帰は、丁寧にキリアに言うと、背中からキリアをおろした。
キリアは、その城の大きさに声の一つも出てこなかった。
見上げれば空に着きそうなほど大きな城に、周りを見渡せば花壇があり、城へ入る大きな門への通路には大きな噴水が一つ。その通路だけでも、歩くのにどれだけの時間がかかるか分からない。
そして横を見れば、遠くの方に城を囲む塀が見える。
唖然としているキリアを見て、少し得意になった豊帰は
「キリア様、この城はこんなものではございませんよ。この城の裏手の方にココよりもさらに大きい庭があります。」
と、自慢げに次々と言葉を続ける。
その言葉に驚いて口をあけたままのキリアを見て、豊帰は満足感の笑みをこぼす。
「その城の庭には、なんと!世界一美しい蝶が飛んでいるんだ。」
人差し指を立ててキリアにそう言った。
「おお〜、すごいな〜!」
その時だった、キリアを少し背の高い影が覆った。
「なるほど、蒼穹にはそのようなものがあったとは初耳ですな。」
キリアの後ろから今までに聞いたことの無い声が聞こえ、
急いで振り向くとそこには、背が高く、タキシード姿に口が隠れるほどの白いひげ、白い髪に細い眼の老人が、棒の様に真直ぐとした良い姿勢で、起立していた。
「げっ!源次郎執事長!」
豊帰は驚き、大きな声を上げて後ろにしりもちをついて倒れた。
その姿に呆れ、源次郎執事長と呼ばれた老人はまゆをひそめた。
「豊帰殿、また嘘を吐いていたのですか。」
「い、いえ、これは勢いと言うかなんと言うか。アハハハハ。」
豊帰は引きつった笑顔で誤魔化す。
すると源次郎執事長はキリアの方を向き、紳士的に深々と頭を下げた。
「貴方の事は、貴方の父君より聞いております。そしてココに来ることも、貴方の母君より聞いておりました。」
その源次郎執事長の言葉に、キリアは背中に背負っているレナを落としそうになった。
自分の耳を疑おうにも、その言葉はキリアの頭を何度も何度も駆け回った。
源次郎執事長はキリアの肩に手を置いてそっと言う。
「今は騒がずに、答は中で話します。」
それと同時に豪慈に背負われたリノとコロナが到着した。
「うわ〜、おっきいね〜。海のお城よりもおっきい〜。」
「ホントだ、すっげぇ〜。」
二人はキリア同様に顔を見上げて驚いた。
源次郎執事長はリノとコロナにも深々と頭を下げ、二人に自己紹介をすると
「では皆様、こちらです。」
と言って城への扉を開けた。
中は広く、大きな広間が目の前に広がる。
広間には大きな羽を持つ少女が、ステンドガラスが太陽の光を通して白く大きな床に映し出される。
その先には幅の広い階段が三つ、その先にはさらに扉がある。
真ん中の階段を上がり扉の奥に進むと幾つもの扉のついた通路、そしてその通路を越えるとさらに階段がある。
どれほど歩いただろうか、階段を六つほど上り、皆へとへとになりながら一つの扉へたどり着いた。
扉は金色のきらきらと輝き、一つの言葉が彫られている。
この国の言葉で“天照”と書かれていたが、太陽の世界の文化に触れたことの無い三人にはその文字は読めなかった。
しかし、そんな心配は要らず、源次郎執事長は丁寧にも
「ここは、天照姫のお部屋にございます。この文字は天照と書かれております。」
源次郎執事長がそう言うと、それを合図にするかのように豊帰と豪慈が扉を開けた。
差し込む光にキリアは一瞬、眼を閉じる。
ゆっくりと眼を開けると、扉の丁度正面に花瓶に挿された花が飾られた窓が一つ。
机が一つ、本がギッシリと詰まった大きな本棚が三つ。
そして屋根のついた大きなベッドが部屋の隅に一つ置いてあった。
源次郎執事長はキリアをベッドの方へ案内した。
「キリア様、天照姫をこのベッドに。」
「はい。」
キリアはベッドの上にレナを下ろし、横に寝かせ、白いシーツをかけた。
レナはその人形のような表情を一切変えることは無かく、天井を見つめる。
その姿を見た源次郎執事長は、レナの額に白い手袋をした手を置いた。
「天照姫は今、とても強い幻覚を見せられて現実に帰って来ることが困難な状況にあります。」
「え!じゃあ、レナはどうなるんですか!」
とリノは、源次郎執事長に身を乗り出して聞いた。
すると源次郎執事長はリノに一礼して言った。
「ご安心下さい、この城には幻覚作用を解毒する薬草があります。」
源次郎執事長の言葉に豊帰と豪慈は綺麗に整った敬礼をして、部屋を出て走って行った。
源次郎執事長は、レナの部屋にある椅子を三つ、キリア、リノ、コロナに差し出した。
「さ、お掛け下さい。」
そう言われて、三人は少し足の高い木の椅子に座った。
「少し、お話をよろしいですか?」
源次郎執事長の言葉に三人は、ゆっくりとうなずく。
「では、お話させていただきますが、その前に一つよろしいですかな。」
三人は頭に疑問符を浮かべながら、またうなずいた。
「あなた方は、天照姫・・・つまり、レナ様の事をどの程度、知っていますかな。」
その言葉に、三人は少し悩んだ。
「う〜ん・・・。色んな世界をわたれるのと、お母さんと知りあいだってことかな。」
リノが少し自信なく言うと、コロナはそこに言葉を付け加えた。
「でもそれ以外のことは何もわからねえ。」
「うん、たしかに・・・、私たちレナのこと何も知らなかったよね。」
二人はそう言ってうつむくいたが、キリアはそんな二人を照らした。
「でも、これだけは絶対にわかる。レナは俺たちの仲間だ。」
二人はその言葉に笑みを浮かべてコクリとうなずく。
すると源次郎執事長はニコリと優しく微笑んだ。
「本当に良く似ていらっしゃる。キリア殿、貴方は本当に良く似ていらっしゃります。」
源次郎執事長は自分の中で納得するようにうなずきながら『良く似ている』を繰り返した
「俺の父さんに?」
キリアはその言葉にゴクリと唾を飲み込んで聞いた。
「いえ、貴方のお父君とお母君にです。お二人とも貴方のようにとても綺麗な目をしていました。」
「俺の父さんを、母さんをどうして知っているんですか!」
キリアは堪え切れず、椅子から立ち上がった。
すると源次郎執事長は小さく笑みをこぼした。
「せっかちな所はお父君譲りでございますな。
良いでしょう・・・天照姫の話をする前にお話しましょう。この話は、貴方には知る権利がございます。」
源次郎執事長は部屋の隅からもう一つ、椅子を持ってきてその上に座った。
「魔王が以前に太陽の王に封印されていることは存じておりますね。」
三人はコクリと頷いた。
「その魔王を封印したのは確かに、太陽の世界の王様とそのお妃様にございます。
しかし、その戦いに力を貸した者たちがいました。
海の世界の王:レリノルウナ・アクアマリン、陸の世界の王:レオン・ヒルヴェイツ
陸の世界の勇敢な民:フレア・・・・。」
あげられた名の中に耳にしたことのある言葉が通り過ぎた。
「ちょっと、待って!レリノルウノ・アクアマリンって・・・お母さんじゃない!」
「それだけじゃない、フレアは俺の親父だ!」
源次郎執事長は、突然の言葉に困惑する二人を制止して言葉を続けた。
「そして、その戦いにて一番太陽の王に力を貸し、一番仲間を励ました二人・・・
真ん中の世界の青年:トルコと少女:リリーナ、二人ともキリア様のご両親にございます。」
キリアは三人の中で一番衝撃を受けた。
覚悟はある程度していたが、その覚悟は無意味なものだとキリアは知る。
驚きの余り、目を丸くして何も言葉を発することができない。
「驚くのは当然でございましょう。しかし、貴方は真実を知ることで、更なる驚きを知ります。」
「真実?さらなる驚き?」
キリアは何とか言葉を発し、源次郎執事長に聞き返した。
「それは・・・・」
その時だった、レナの部屋の扉を勢いよく開けて豊帰と豪慈が部屋に入ってきた。
息を切らせ、汗をかき、その場でゴホゴホと咳をした。
「げ、源次郎執事長。こ、これを。」
豪慈は息を切らせながら源次郎執事長に、一本の花を手渡した。
深緑の茎に咲く花は薄紅色、百合のように四枚の花びらを筒のように巻き、下向きに咲いている。
源次郎執事長は、豪慈から花を受け取った。
「それは・・・なんですか?」
リノが聞くと、源次郎執事長はニコリと笑って答えた。
「これはモーニングフラワーと申します。この花の花びらには幻覚から眼を覚まさせる効果があるのでございます。」
そう言うと、源次郎執事長は白い手袋で覆われた手で花びらを一枚、そっとちぎった。
そして、人形のように眼を開けたまま動かないレナの唇の上にそっと置いた。
すると花びらは、レナの口に、薄紅色の塵となって吸い込まれていった。
レナはその人形のような目をゆっくりと閉じる。
キリアとリノ、コロナは緊張の糸を一本、ピンと張った。
今にも切れてしまいそうな緊張の糸は絶妙な力で切れそうで切れない。
その緊張の糸が切れてしまうと、レナが帰って来ることができなくなるような気がしたから。
ただ、じっとその様子を見つめた。
たった数秒、しかし、彼らには数十分と言う長い時間に感じられた。
目を閉じた以外に何の変化もないレナと三人に向かって源次郎執事長は言った。
「すみません・・・・。」
するとその言葉に力がフッと抜けて緊張の糸が切れた。
何も声が出ない、その名前を叫ぼうにも声が出ない。
リノは何も言わず、そっとレナの顔を覗き込んだ。
何も言えず、ただ涙を溢しそうな目をギュッと閉じる。
コロナは何も言えず、何もして上げることが出来ず、ただ俯く事しか出来なかった。
「なあ、レナは何で助からないんだ!」
そこへ、声を上げたのはキリアだった。
強く叫んだかの様だったが、その言葉には少し冷静さが感じられた。
「俺たちは、この力に勝てたんだ。レナも勝てるはずだ。」
キリアにしては利口で冷静な言葉に源次郎執事長はレナの状況を言った。
「天照姫の幻覚作用は確かに解けました。しかし、それだけでは足りません・・・。
天照姫は今、現実に帰ってくる力を失っています。」
キリアはその言葉を続けるように、ソルブルーを手にして言った。
「レナが現実にもどってくるには、ソルブルーの力が要る・・・。」
するとキリアは、リノの肩をそっと掴みそっと抱いて、頭をポンポンと2、3度、軽く叩く。
そしてコロナを呼び、リノをそっと渡した。
「コロナ、リノ、すぐにレナをつれて帰ってくるからな。」
するとリノは、キリアに
「レナ、きっと寂しそうにしてるから・・・。ギュッて抱きしめてあげて、キリア!」と、言った。
キリアはリノにコクリとうなずくと、レナの額の上にソルブルーをかざし
「レナ、今助けに行くからな。」と呟いた。
するとソルブルーが蛍のように小さく光り、キリアは目を閉じた。
そしてレナのベッドの上で寝入った人のように顔をベッドの上にうずめた。
キリアは、辺りが暗くなり、自分が落ちていくのを感じた。
あっという間に景色が変わり、真っ白な世界に羽のようにゆっくりと降りた。
そこには、一人の少女が花畑に座っている。
楽しそうに花の冠を作る少女は、黒く長い髪に薄紅色のドレスを身にまとった、今よりも少し幼い
レナだった。
キリアはその姿を見て迷わず走った。
そしてレナの前に立つ。
レナはキリアの顔を不思議そうに見上げ
「あなた、だあれ?私に何か御用?」と、とぼけた顔で聞いた。
「君の名前を聞きたい、俺はキリア。君の名前は?」と、キリアはレナに聞いた。
「変な人、でも教えてあげる。私は天照、御用はそれだけかしら?」
「君を現実にむかえにきた。」
するとレナは立ち上がり、フイッとキリアと別の方向を向き、ドレスの裾を持って、少し遅く走った。
キリアが後を追おうとすると、少女の前に一人の女性が現れた。
ヒラヒラとした白いドレスに、茶色い髪、黒い瞳、優しい眼差しは透き通る海の様に綺麗で、細身の身体のわりに受ける印象は丘のような大きく穏やかに感じられる。
女性は少ししゃがみ、レナと目線を合わせた。
「お母様、お母様。私ね、お母様のためにお花の冠を作ったの。」
レナは嬉しそうに、お母様と呼ぶ女性の頭に花の冠をかぶせる。
「まあ、私の為に作ってくれたの?」
と女性が嬉しそうに言うとレナは
「うん、お母様。とっても綺麗だよ。」と、頬を薄紅色にして明るく微笑んだ。
すると、そこへ背の高い男性が現れた。
「あ、お父様!」
黒く首筋まで伸びた髪に、紅い瞳。紅いマントを、身体全体を覆うように着ている。
白いワイシャツが高貴さをだした。
あごに蓄えられたひげと、頭の上の金の王冠が王の風格を魅せている。
レナにお父様と呼ばれた男はニコリと微笑み、レナの頭をそっと撫でた。
「天照は、冠を作るのが得意だな。」
「うん!」レナは元気よく返事をした。
そしてレナは、母と父に手を握られて楽しそうに何処かへ歩いて行く。
「レナ!!」
キリアは、そんなレナの名前を叫んだ。
するとレナはそっと、こちらを振り向いた。
しかし、すぐに父と母の方を向いて歩き始めた。
キリアは走ってレナを追いかけた。
そして、レナの肩を掴み
「レナ、早く目を覚ませ!」と、今度はレナの顔を見て叫んだ。
「何よあなた、失礼な子ね!」とレナはキリアに怒った。
「お前が見てるのはただの夢だ!目を覚ませ!」
するとレナの母と父が消え、レナはキリアの方を向いた。
「私の夢を壊さないで・・・。」
そっと呟いた。
「私の夢をつぶさないで!」
今度は、その空間全体に響き渡る程の大きな声で叫ぶ。
「止めてよ!私の夢をつぶさないでよ!私に辛い現実に帰れなんて酷いこと言わないで!」
キリアの手を振り解き、指を手の平に折り込み、グッと力強く握って叫んだ。
「あんな辛い現実に戻りたくない!あんな辛いところに戻るくらいなら、一生ここに居た方がましよ!」力強く叫ぶレナ、その目には涙が少しずつ溢れてくる。
「あんな、辛いところに帰れなんて酷いこと言うキリアなんか大嫌い!」
徐々に溢れてくる涙、うつむいて叫ぶ声に力が入る。
「あんな・・・あんな辛い世界!無くなっちゃえばいいのよ!」
バチンッ!
突如、レナの視界が横にずれる。
キリアの平手打ちがレナの頬を強く叩いた。
レナの頬が、真っ赤に腫れるのがわかる程に熱く、ジンジンと痛む。
キリアは平手打ちで唖然としたレナの両肩を、両手で掴んだ。
レナは、横にずれた視界を元に戻して涙でゆがむキリアの顔に目を合わせた。
キリアは真剣な眼差しで、真直ぐレナの目を見た。
「レナ!しっかりしろ!そんな、夢に惑わされるな!」
キリアは、レナに負けじと叫んだ。
するとレナは震える声で「いいよね、キリアには仲間がいて。」
「お前にだって仲間がいるじゃないか!だから、そんなこと言うなよ!」
「あなたに何がわかるのよ・・・。私の気持ちの何がわかるのよ!」
「何もわかんねえよ!」
「じゃあ、夢から起きろ何て言わないで!」
「いやだ!お前は絶対に現実につれて帰る!」
「いやよ!私は夢の世界で生きるの!」
「そんな夢の世界でくらして何が楽しいんだよ!」
「私の何も知らないくせに知った風な口を聞かないで!私の何も知らない癖に!」
レナはおもちゃ箱をひっくり返すように叫んだ。
「私のことなんて全然知らないくせに!私の気持ちになんか全然気付いてくれないくせに!」
二人は喉が張り裂けそうになるほどに叫びあった。
「あなたに私の気持ちがわかるはずないわよ!あなたになんか・・・。」
レナは徐々に声が小さくなり、大粒の涙をボタボタと落とした。
「お父様と・・・お母様を・・・目の前で二度としゃべれない状態になって行くのを見た私の気持ちなんて・・・わかるはず無いのよ・・・・。」
だんだん、涙の量が多くなり、声も震える。
そのとき、レナは暖かく柔らかいものを感じた。
レナは、キリアの腕に包まれる。
キリアはレナを、少し強い程にギュッと抱きしめた。
「そんなこと言うなよ、俺たち仲間だろ・・・。」
レナは寂しさをぶつけるように、キリアを強く抱きしめた。
「寂しかったよう!辛かったよう!ずっと、苦しかったよう・・・。」
レナの溢れる涙はキリアの肩にポタポタと落ち、キリアの肩を濡らした。
キリアは、レナの頭をそっと撫でた。
「寂しかったんだよな、辛かったんだよな、ずっと、苦しかったんだよな・・・。
ごめんな、気がつかなくて。ごめんな・・・。
今度は気づいてやるから、話してくれ。辛かったり、苦しかったりしたら何でも話してくれ。
俺達は仲間だから、何でもぶつけてくれ。」
そして、さらに強くレナを抱きしめた。
「キリア・・・・ありがとう・・・。」
少し息苦しくても、その暖かさから離れられず、レナもまた強くキリアを抱きしめる。
すると、レナがずっとこらえていた栓が抜けた。
「うわぁ〜ん!」
レナの泣き声が響いた。
久しぶりに泣いた様な気がして、胸の奥が熱くなるのを感じた。
キリアはしばらくレナを抱きしめ、気が済むまでレナを泣かせた・・・・
しばらくすると、レナは少し落ち着いたのか、キリアを抱きしめる腕を離した。
キリアも、レナを抱きしめる腕を離した。
レナは手で涙を拭った。
「落ち着いたか?」
キリアが聞くと、レナは涙を拭いながらコクリとうなずいた。
「話せるか?」
「うん、ありがとう・・・。」今度は、ゆっくりと返事を返した。
キリアはその言葉に少し安心して、そっと微笑んだ。
レナは涙を拭き、キリアの顔を見上げた。
「私の話、聞いてくれる?」
「ああ、いくらでも聞く。お前が話してくれるなら。」
レナは、涙で少し紅くなった目でキリアに『ありがとう』と言った。
キリアは、少し照れくさそうに笑って返した。
レナは、一つ、そうしてもう一つ、大きく深呼吸をした。
「私、キリアに隠していたことがあるの・・・。」
「太陽の世界の姫だってことか?」
レナは、コクリとうなずいた。
「私の本当の名前は“天照(あまてらす)”。太陽の世界の姫。そして、生まれながら世界を渡れる者。」
レナは先ほど座っていた花畑にちょこんと座り、花をその手でそっと撫でた。
「私は、歴代最強と言われた現太陽王の娘。そして、未来を期待された王家の娘。
私はそれが嫌だったわ。王の娘ってだけで、これほど重く辛いものを背負わないといけないから。
だから、キリアには“姫”なんて肩書きで私を見てほしくなかったの。」
「だから、隠してたのか?」
「ええ。でも、本当はあなたに天照姫としてでなくレナとして見て欲しかったの、だから・・・。」
言葉をそこで区切ったレナを、キリアは理解したのかそっと微笑んだ。
「でも、今ならあなたに話しても良いと思うの。今ならきっと、何でも受け入れてくれるって心が言うの。」レナは、少し嬉しそうに自分の胸を両の手で押さえた。
「だから、あなたに私の辛いことを、苦しかったことを話したいの・・・。」
そう言ってレナは、立ち上がり少し歩いた。
すると花畑は消え、真っ白な床に姿を変えた。
「私はあの日、お父様とお母様が二度と言葉を交すことの出来ない姿に変わるのを見たの・・・。
数十年前、太陽の世界、海の世界、陸の世界、そして真ん中の世界から勇者が現れた。
彼らは力を合わせて、復活を成そうとする魔王を封印した。
お母様にそう聞いたの。そして私は何度か会ったわ。キリア、あなたによくにた勇者にね。
真ん中の世界の勇者、トルコとリリーナ・・・。」
「ああ、俺の父さんと母さんだ・・・。」
「初めはわからなかったけど、あなたの行動を見ているうちにあの二人に見えてきたの。
そして今わかったわ。あなたは勇者の子だったのね・・・。」
「勇者の子に見えるか?」
キリアは少し不満そうに自分を指差してレナに聞いた。
するとレナはクスクスと笑った。
「全然。だって、あなたは・・・。」
そう言って、薄紅色のヒラヒラしたドレスをなびかせてクルリと回り、キリアのほうを向いた。
「だって、あなたは私の勇者だもの。私を助けに来てくれた勇者だから・・・、あなたが勇者の子なんて関係ないよ。あなたは私の大切な人だもの。」
レナは、キリアにそっと微笑む。
その姿にキリアは、少し胸の奥が暖かくて、少し照れくさい気持ちになった。
「もう一度、聞くよ。私の話を聞いてくれる?」
「ああ、お前が話すなら何度でも聞いてやるよ。」
キリアの笑顔に乗せたその言葉に励まされたのか、レナは逃げようとする自分の気持ちを捕まえた。
「アレは私が五歳のときだった・・・。
お母様とお父様、そして、リリーナさんとトルコさんがお話してたと思ったら、何処かへ出かけたの。
私は“着いて来るな”って言われたのに、着いて行ってしまったの・・・・。
リリーナさんの力で世界を飛ぶ瞬間、私も同じように世界へ飛んだわ。
そして、そこで私は見たの。大きな黒色の球の中に眠る一人の男の人とそれに手を伸ばして何かをする、お父様とお母様、そしてそれを見守るリリーナさんとトルコさん。
でも、私はその後の光景を黙って見ていることが出来なかったわ・・・・
 ・・・黒い色が不気味にも綺麗に光る球、そしてその中に眠る青年。
球の左右には太陽の国の王と太陽の国の王妃が両の手を突き出して、立っている。
その後ろでは、金色の短い髪に茶褐色の肌に良い体格で、キリアの服に良く似た服を着ている、蒼い瞳の男性・トルコと、茶色の長い髪に白いワンピースに白いサンダル、白い肌の細身の女性・リリーナが不安そうに二人を見つめていた。
唐突なことだった、球の中の青年の黒い目が光る。
塗りつぶしたように真っ黒な身体の、人の形をした何かが球より伸びた。
「やはり、無理であったか!」
太陽の王は押され、足が徐々に後ろに下がる。
そして、黒い影の、不気味なほどに大きく見開いた目は王妃の姿を映した。
それに気づいたレナは、入り口の扉に隠れていた、しかし耐え切れず飛び出した。
「お母様!危ない!」
その時だった、黒い影の視線は突如、飛び出したレナの姿に釘付けになった。
それは突然に現れて驚いていると言う様子とは異なっていた。
「レナ・・・、そうか、ついて来ていたのか。」
王から漏れたその言葉は、少し微笑が混じっている。
そして、王妃と目を合わせた。
二人の身体が、足から徐々に石となっていく。
「え・・・?お父様?お母様?」
レナは、訳が分からないままに、王と王妃が石になっていくのを目にした。
すると黒い影は、低く、暗く、絡みつくような声で言った。
「ケッカイ・・・、チクショウ・・・・、マタネムレトイウノカ・・・・。」
リリーナはすかさず、その黒い影に透き通る海のような青い宝石、ソルブルーを掲げた。
そしてリリーナは白い光となり、ソルブルーと一体になって行く。
黒い影は石のように固まり、動かなくなる。
あっという間の出来事だった。
レナの大事なものが止まり、キリアの大事なものが無くなった瞬間だった。
「おとうさま・・・?おかあさま・・・?お父様!お母様!」
レナは、ガラスのビンを割ったように、突然にその言葉を叫んだ。
ただ、声が枯れるまで、叫べば帰ってきてくれるような気がしたから・・・・
・・・こうして私は、お父様とお母様を失い、キリアはお母様を失ったの。」
少しの沈黙が流れる。
「私、悪い子だよね・・・。私があの場所に行かなかったらこんなことにはならなかったと思うの・・・。」レナはうつむいて自らの行いを悔いた。
しかしキリアは、真剣な眼差しでレナを見つめた。
「そんなことない!よくわからないけど、お前は悪い子じゃない!」
レナは、その言葉に顔を上げた。
「だって、お前は俺にこんな冒険に連れ出してくれたんだぜ。悪い子なんかじゃねえよ。」
そう微笑むキリアに、レナは心の底が熱くなり、もう一度甘えてみたくなった。
しかし、今は甘えないと自分に誓う。
「ねえ、キリア。この冒険が終わったら、またあなたに甘えてもいいかしら?」
「ああ、お前が甘えたいならな。」
二人でそっと、誓う・・・。
誰もいない場所で、誰も聞いていない場所で、二人だけの約束。
小指と小指を結んで、そっと約束を交した。





















 キリアは、レナの手を引き、ゆっくりと歩き始めた。
「この世界はレナの世界だ。だから、レナが起きないとこの世界も目覚めない。ずっと閉じたままだ。」
レナはキリアに手を引かれながら言葉を返した。
「でも、私は起きてるよ。ちゃんと、帰ろうと思ってるよ。」
「それだけじゃだめだ。お前が起きられないわけがどこかにあるはずだ。」
「どこに?」
「わからない。でも、どこかにあるはずだ。」
そう言ってキリアは、延々と続く真っ白な世界を歩き続けた。
何も見えず、何も聞こえてこない。
存在しているのはレナとキリアだけだった。
真っ白に続く空間は、歩いても歩いても全く景色が変わらず、本当に前に進んでいるのかを疑わせる。
「どうしてこんなに広いんだよ!」
キリアは耐え切れずに、大きな声で叫んだ。
その叫びはしばらく響き、そして静かに消えた。
「まあ、まあ、叫んでも何も起きねえよ。」
突如、キリアの後ろで声がした。
しかし、レナのものとは違い、低く、聞き覚えのある声だった。
キリアとレナは、とっさに後ろを振り向いた。
すると、そこにはキリアとレナが出会った砂浜で二人を襲ったさそり男が立っていた。
「やあ、諸君。元気にしていたかな?」と、さそり男は軽々しい挨拶を二人にした。
キリアはその姿をキッと睨んで、レナをかばう様にレナの前に出た。
するとさそり男は、薩摩色の目を細めてニコリと笑い
「おいおい、そう固くなるなよ。俺の名前はシエン。よろしくな。」
と言って、大きなはさみ形状の武器を外した右手をキリアに差し出した。
キリアは警戒しつつも、どこか疑う気になれず、差し出された右手を握った。
「俺は、キリア。」
しかしキリアは、愛想良くとは行かずに無愛想にそう言った。
「どうして、あなたがここにいるの?」
レナはキリアの後ろに隠れながら、恐る恐る聞いた。
「それは、諸君らを助けに来たのさ。」
と、シエンはふざけの混じった返答をした。
「どうして、レナの世界に入れた?」
キリアは、握った手をそっと離して質問した。
するとシエンはまた、ふざけたように
「愛があるからさ。」と、へらへらと笑って答えた。
二人は呆れた顔をして、シエンを素通りして先に歩き始めた。
するとシエンは、歩き始める二人にボソリと呟いた。
「俺はこの世界の出口を知ってるぜ。」
その言葉に二人の足は止まった。
「この世界に蓋をしている張本人も知っている。」
キリアはシエンの方を振り向き
「本当だな?」と念を押すように聞いた。
「ああ、本当だ。俺についてくるなら、出口を教えてやる。
ただし、条件がある・・・。」
シエンのその言葉にキリアとレナはとっさに、キリアの首から下げられたソルブルーをかばった。
「俺と闘え。」
シエンの何も裏の無い一言が二人の頭の中に響く。
たった一言なのに、二人には全く理解できずにいた。
「それって、どういう意味?」
レナは、真っ先にシエンに聞いた。
するとシエンはクスクスと笑って、レナに答えた。
「意味も何も、ただ俺と闘えばいい。ただし、キリア一人でな。」
その返答にますます警戒する二人を見て、シエンは
「楽しいねえ。でも、今は牙を向けないでくれよ。」
と不気味な笑いと共に歩き始めた。
「お、おい!待てよ!」
キリアは、急いでレナの手を引いて、シエンの後を追いかけた。
シエンは楽しそうに鼻歌を歌い、さそりの尾を振りながら歩いた。
キリアとレナは、そんなシエンを警戒して、少し距離を置いて後ろを歩く。
どれだけ歩いたのか、意外と短い気もした、でも長かったような気もした。
シエンは急に立ち止まり二人を見た。
二人はその行動に驚き、足を止めて2、3歩下がった。
「さて、ココが出口だ。」
そう言ってシエンは何も無い、真っ白な場所にそっと手を置いた。
「ココって、何も無いじゃない。」
「何も無い様に見えるのが心の中さ。」
そう言うとシエンは宙を舞う羽を押すように、力なく、そっと何も無い場所を押した。
するとシエンの手の平から突如、黒い円が現れた。
「さあ、この中に入りな。」
そう言ってシエンはキリアとレナを掴み、黒い円の中に放り込んだ。
二人は何も言う暇も無く真っ暗な円の中に飲み込まれていく。
そして、一点の光に飛び出す・・・。
一面に広がる花畑、蒼い空、白い雲。
草花のクッションが、二人を優しく受け止める。
「ここって・・・・。」
レナが呆然と辺りを見回した。
すると、後ろからシエンが
「ココが天照の心の壁。」と、呟いた。
「心の壁?」レナは疑問符を頭に浮かべた。
“壁”と言う印象とは程遠い、延々と続く花畑をもう一度、キリアとレナは見回した。
「イメージとは違ったかい?そりゃそうだろうな。
心の壁の役割は詰め込んだ意思を外に出さないこと。逆に言えば詰め込んだものが外に出ない空間ってことだ。そして、天照の場合はこの花畑が一番居心地の良い場所。」
「私の一番居心地のいい場所・・・。そうか、私の一番の思い出だわ。」
「一番の思い出か・・・・。」
キリアは、そっと足元の花を一本手に取った。
「レナ、これ持ってろ。」
と、レナにその花を渡した。
「え?これって・・・?」
レナは訳が分からずに疑問符を幾つも浮かべる。
「一番の思い出が消えないように持ってろ。」
そう言って、レナに花を押し付けた。
「じゃあ、後は自分達でがんばりな。次に会うときは敵同士だな。」
そう言ってシエンは、何も無かったように消えて行った。
二人は何も言う間も無く、ただシエンを目で見送るしかなかった。
「あいつの目的って一体何なんだろ・・・。」
キリアがそっと呟く。
「さあ?でも、魔王の使いにしては変よね。」
と、レナは深く考えた。
「ま、悩んでも仕方ないか。先に行こうぜ。」
キリアは、またレナの手を引いて歩き始める。
レナは、キリアに手を引かれて、花を放すまいと花をギュッと握りながら歩いた。
しばらく歩くと、二人はある光景に足を止める。
花摘みをする少女が二人の前に見える。
しかし、その少女の容姿はまるでレナそっくり、と言うよりもレナそのもの。
少女は楽しそうに、鼻歌を口ずさみながら花を摘んでいる。
キリアは、少女に近づこうと足を一歩前に出した。
するとレナは、そっとキリアの前に右手を出して止めた。
「私が行く。私が行かないと意味が無いような気がするの。」
そう言ってレナは、ゆっくりと少女に歩み寄った。
そして、ニコリと笑って話しかけた。
「こんにちは、あなたのお名前は?」
少女はレナを見上げて
「こんにちは、私は“あなた”。」と、答えた。
「あなたはずっとここにいるの?」
「あなたが生まれたときからずっといるわ。」
「どうしてここにいるの?」
「あなたが外にいかないように見張るためにここにいるの。」
そう言って、レナそっくりの少女は立ち上がった。
「でも、もういいの。あなたが外に出るなら止めない。それがあなたの意思だから。
わたしの役目は閉じ込めること。でも、あなたが出たいのなら私は止めない。あなたの意思は私の意思だから。そして、私はあなただから。」
そう言って、手に持った花をレナの手にそっと握らせた。
キリアからもらった一本、そして少女から受け取った一本。
「それはあなたの仲間。そして・・・」
少女はしゃがみ、他の花達に覆われて姿が見えなくなった一本の赤い花をそっと摘んだ。
「これが、あなた。心の壁の中に置き忘れてきたあなた。
思い出の中に忘れてきた本当のあなたを大事にしてね。」
そう言って、最後の一本を、そっとレナの手に渡した。
「さあ、帰る時間よ。キリアと、一緒に帰るのよ。」
少女はパチンと指を鳴らした。
すると、レナとキリアは、足元から光りとなって消えて行く。
消え行くレナに少女は、耳元でそっと呟いた。
「キリアにあなたの気持ちが届くといいね。」
レナは「え?」と言ったが、その直後には完全に消えていた。
真っ暗な視界、身体が横になっているのが分かった。
やわらかく、干したてのベッドは太陽の香りがする。
手の平を誰かが、ギュッと握っている。
暖かく、すごく近くにいる人の温もりに似ている。
ゆっくりとまぶたを開いた。
最初に見えたのは屋根突きのベッドの天井。
そして、ゆっくりと横を向く。
コロナの腕をギュッと握ったリノと、源次郎執事長、豊帰、豪慈が真剣な眼差しでこちらを見ている。
そして、キリアがレナの手を握って眠っている。
キリアはゆっくりとまぶたを開き、あくびを一つする。
レナの顔を見て、ニコリと微笑み
「おはよう、レナ。」と言う。
「おはよう、キリア。」と、言葉を返す。
そしてリノが「おはよう、レナ!」と言って、泣きながらレナに飛び込んだ。
コロナは少し控えめに、キリアとリノの後ろから「おはよう。」と言った。
そして、源次郎執事長、豪慈、豊帰も「おはようございます、天照姫。」と言う。
泣きつくリノを、レナは「よしよし。」と子供をあやすように頭を撫でる。
それでいても、キリアの手は離さずにギュッと握り締めていた。
もう少しつないでいてもいいよね、と自分に言って。
キリアもそれに気づいたのか、少し照れくさそうにしながらもその手を離さなかった。
空は茜色に染まり、橙色の夕日が窓から差し込む。
キリアとレナを部屋に残し、全員は部屋を出た。
それは、源次郎執事長の気遣いだった。
たった一言、二人に「ごゆっくりと。」と言って出て行ったのだ。
二人の間に少しの沈黙が流れた。
そして、その沈黙を破ったのがキリア。
「からだ、もう大丈夫なのか?」
レナはゆっくりと身体を起こし
「ええ、もう大丈夫よ。ちょっと、頭がぼうっとするけど。」
そして、また沈黙が流れる。
なにを話していいのか、なにを話したいのかが見つからない。
そうして、数分の時が流れる。
すると、レナが口を開いた。
「キリア・・・・、ありがとう。」
そっとキリアに呟く。
「あの時、キリアが私をギュって抱きしめてくれたから、ココにいることの嬉しさを思い出せたんだと思うの。だから、ありがとう・・・キリア。」
キリアは急に照れくさくなって、顔を少し赤くした。
「い、いや・・・俺も、レナに始めて触れられた気がした。だから、俺もありがとうだ。」
するとレナも、今になって少し恥ずかしくなったのか、顔を赤くした。
「私、ずっと忘れてた。人に愛されることの嬉しさ。人を愛するだけじゃだめだよね。
人から愛されることも大事なんだよね・・・。ずっと、忘れてた・・・。」
レナはポケットに手を入れてあるものを取り出す。
海の世界でレリーナ王にもらった金色の指輪を、キリアに見せた。
「これ、お母様の物なの。お母様が石になってしまう前に、レリーナ様に預けたんだって。」
そして今度は、キリアのソルブルーを手に取り、キリアの顔を見上げて言った。
「あなたのお母さん、リリーナさんはきっとこの中にいるの。
もう帰ってこないけれど、心はこの中にあるの。だから、これはあなたのお母さんの形見よ。」
キリアはその言葉に、ソルブルーにそっとさわり、呟いた。
「これが、母さんの形見・・・・。母さんはいつもこの中に・・・。」
わずかに残る母の記憶、薄れそうで薄れない記憶。
そんな記憶が鮮明になっていくような気がした。
「レナ・・・、一緒に暮らそうか。」
「え?」
レナはその言葉に驚き、キリアの顔をジッと見つめて視線が動かなかった。
「俺の家で一緒に暮らせば家族も一緒にいるし、それにコロナも呼ぼうぜ。リノには家族がいるから無理だけど・・・、皆で一緒に暮らそうぜ。レナが寂しくないように!」
「きっと、リノも一緒に来るよ。無理にでも来るかも。」
そう言って、レナはクスクスと笑った。
「ああ、かもな。あいつなら、やりそうだもんな。」
キリアもクスクスと笑った。
沈み行く橙色の光が二人を照らす。
開けた窓から、少し冷たくて、少し気持ちのいい風が吹いた。
すると、窓から一枚の紙が風に乗って飛び込んできた。
「あれ?手紙かしら?」
レナはそう言って、手紙を指差した。
キリアはゆっくりと立ち上がり、紙を拾い上げた。
すると、裏側に何か書いてある。
「こ、これって・・・。」
キリアは、その手紙を見て少し驚いた。
「どうしたのキリア?」
「シエンから、手紙だ・・・・。」
キリアはそう言って、レナのベッドの上に、二人が読めるように置いた。
手紙には
 やあ、キリア。約束、忘れていないだろうな。
まあ、忘れていないと思っているならこんなもの出さないけどね。
決闘は君と俺の一対一で行う。
場所は、キリアが始めてこの世界に来たときに最初に出た丘だ。
忘れずに来いよ。そして、俺を楽しませてくれよ・・・
と、書かれていた。
「一対一の決闘・・・・、あいつは本当になにがしたいんだろ・・・。」
キリアは、手紙を見つめながら考えた。
するとレナは「そんなことはどうでもいいの、キリアが無事ならそれでいいの。」
と、キリアの手をギュッと両手で握って、心配そうに言った。
『大事な友達を失いたくない』そんな思いが心のそこから込み上がる。
するとキリアは、レナの表情に映るその言葉を読み取ったのか、首を横に振った。
「大丈夫だ。俺は負けない、二度とお前に“大事な人を失う悲しみ”に落さない!」
そう言うキリアの笑顔が、レナの中に広がり不安の夜を照らしだした。
どんな曇り空も、どんな暗い大地も、その光で照らし出すそれは正に“太陽”レナはそう確信した。
しかし、まだ不安の残るレナの目の前に右手の小指を立てた。
そしてレナの右手をそっと掴み、レナの小指と自分の小指を結んだ。
「約束する。絶対に負けないし、絶対にお前を泣かせない。」
ニッと笑って小指と小指を結ぶキリアに、レナはもう一度、抱きつこうかと思った。
しかし、冷静に考えると男の子に抱きつくと言うのも、どこか恥ずかしく
「あ、わ、私もう歩けるから。キリアはお城を自由に歩き回っていいよ。」
と、慌てた口調でレナは、ベッドから急いで立ち上がり、そそくさと部屋を出て行った。
一人部屋に残ったキリアは訳が分からない風な表情でレナの出て行った後を見た。
開いた扉は寂しげに風を呼び、カンカンと忙しく響くレナの足音は遠のいてく。
キリアは、訳も分からずに走っていったレナを、ただ放っておけずに追いかけた。
日が傾き、遠い彼方で茜色が草原の草花をさし、茜色の草原と暗い草原が交じり合う。
結局、キリアはレナを見つけられずに群青色の空の下で大きな城を見上げた。
庭に探しに出たものの、レナの姿を見つけられずに「ふう」とため息を一つ吐くだけだった。
「俺、あいつに、気にさわることいったかな・・・?」
そんなことを呟きながら辺りを見回した。
噴水と花壇が夜に照らされて静かにサワサワと囁いている。
そんな景色の中で一人、黒い髪をサワサワと風に撫でられ、花壇の花をそっと撫でる少女がいた。
「レナ・・・・。」
キリアはそっと呟くと、ゆっくりと一番星の下のレナに歩み寄った。
レナは、そんなキリアに気づかずに、そっと一厘の花に話しかける。
「ねえ、私、どうしてあそこで逃げちゃったのかな?」
花が、その問いかけに答えるように葉と葉の擦れ合う音を返した。
「嬉しかったのにね、どうして逃げちゃったのかしら?」
彼方に沈んだ茜色の夕日、群青色の空、水色の星達、そして檸檬色の三日月がこちらを見下ろす。
「本当はね、すっごく嬉しかった。だって・・・」
そう言ってレナは、花の方を向いてニコリと笑った。
「だって、やっと触れることの出来る家族が出来たのだもの。とてもうれしいよ。」
すると突如、レナの目の前が真っ暗になった。
暖かい手がレナの大きな目を覆う、そして聞こえる男の子の声。
「だ〜れだ。」
その聞き覚えのある声にレナは少し驚き、少し嬉しく、胸が温かい気持ちで満たされるようだった。
そして、嬉しそうな笑顔でそっと「ありがとう、キリア。」と呟いた。
するとキリアは、そっと手を離し、後ろからレナの顔を覗き込んだ。
「ほら、外も暗くなったし・・・、城にもどろうぜ。城の中を案内してくれよ。」
レナはニコリと笑い、「ええ」と答えて、そっと立ち上がる。
遠い彼方の茜が沈み、群青色の空の下に立つ二人をフッと風が背を押した。
その風にと共に二人は、新しい気持ちと共にそっと走り出した・・・
・・・・夜は広がり、月は高く上り、満天の星空が、一面の暗幕を明るく飾る。
リノとレナはレナの部屋で、キリアとコロナは一つ下の階の客室で一晩過ごすことになった。
キリアは、部屋に入ると、ベッドの上に糸が切れたかのように倒れこんだ。
コロナは、そんなキリアを見て、「ヤレヤレ」と言って、キリアにふとんをかけた。
「疲れがでたんだろうな、いろいろあったもんな。ゆっくり休ませておいてやるか。」
そう言って、自分も疲れをとろうとベッドの上に寝転んだ。
少し上を向くと窓から青白い月明かりが差し込む。
神秘的な檸檬色の月、時々蒼い色が見えて、月の周りに見える、宝石のような虹色の光が目を惹く。
眠ることも忘れ、月にこれからの安否を心の中でそっと祈る。
するとコンコンと木の扉をノックする音が静かな部屋に響いた。
コロナはその音に月から目をそらし、扉の方を見た。
扉の外から一人の少女の声がして扉が少し開く。
「リノだけど・・・。コロナ、もう寝た?」
そっと開いた扉の隙間から、リノは部屋を覗き込んだ。
小さな手と、青色の髪が開いた扉の隙間から見えると、コロナは、バッと勢いよく起き上がった。
「ああ、リノか。どうした?」
コロナの回答にリノは、扉を開き、少し丈の長い寝巻きを着た姿で部屋に入ってきた。
気持ちよさそうに眠るキリアを気遣ってか、コロナに近づきそっと耳打ちした。
「天気がいいから、外にいかない?」
リノの言葉にコロナは、キリアが良く眠っていることを確認して、コクリと頷いた。
するとリノは嬉しそうに、コロナの手を引いて走り出した。
静まり返った城内に、二人の小さな足音が小さく響いた。
リノは廊下を真直ぐ進み、一つの扉の前にコロナを案内した。
「このとびらはね、すっごいきれいなテラスにつづいているの。」
嬉しそうに、無邪気な笑顔でドアノブに手をかけ、扉を開いた。
少し肌寒い風が吹きぬけ、二人の目の前に、一つのベンチと花壇、そしてそれを照らす満天の星空が広がった。
リノはコロナをテラスに誘い、ベンチに座らせ、コロナの前に立つ。
星達がリノと重なり、月明りがリノの青色の髪を照らす、それを風がそっとなびかせた。
そしてコロナに向かい「ありがとう。」と、一言。
「やっと言えた・・・。あれだけ助けてもらったのに、お礼の一つもできなかったもの。
だから、この星空はコロナへのお礼。ほんとうに、ありがとう。」
そう言ってリノは、ニコリと笑った。
するとコロナは
「俺のほうこそ、ありがとう。信じてくれて、ありがとうな。」と、照れくさそうに言った。
そしてコロナはそっと立ち上がり、夜空を見上げた。
「あしたも世界をめぐるんだよな・・・。」
リノもつられて、夜空を仰いだ。
「そうだよね・・・、あしたはどこにいくのかな?やっぱり、月の世界・・・かな?」
「さあな。でも、一つだけ言えることがある。」
その言葉にリノは、不思議そうな顔でコロナを見た。
コロナは、リノの方を見てニッと笑った。
「いっしょにがんばって、いっしょに世界を救うってことだ。」
コロナの言葉に、リノは大きくうなずき
「そうだよね!みんないっしょにがんばって、みんなで世界を救おうね!」
リノはそう言うと、扉のほうまで走っていった。
そして、最後にコロナのほうを振り返り、そっと微笑み
「おやすみなさい、あしたもがんばろうね。」と、言葉を残してテラスを出て行った。
コロナは「ふう」と一息つくと、空に向かって囁いた。
「なあ、親父。親父も昔、こうやって世界を救ったんだよな・・・。」
その言葉を言うと、慰めるような風が吹き、コロナはテラスを出た。
こうして、短くて長い一日が終わった。
それぞれの思いを乗せた夜空は、月と星を身にまとい、夜をゆっくりと流れていく。
そして、それぞれが夢から目覚めたとき、戦いが待っている。
最後の局面へとコマを進める為の戦いが
救う為の戦いが
約束を守る為の戦いが
最も過酷な戦いが四人に待ち構える。





 眠たい目にひろがる朝霧が一面に広がる。
少し暗く、少し肌寒く、ぼやけた景色が眠そうに漂う。
朝霧に寝惚けが加わり、幻想的で、心が惹かれる。
レナはそんな朝が好きだった。どこか、自分の美学を惹くものがあり、見ていてとてもワクワクした。
そして、そんな一時で最も好きなのは朝の始まり。
東の空が、橙色の輝きを見せ、太陽の頭が見え始めた。
ゆっくりと姿を見せる太陽は光を放ち、朝霧達に朝を告げる。
朝を告げられた朝霧達は、緑の丘を覆う幕をゆっくりと消す。
朝日は、草花の露に反射して七色の光を見せ、朝の始まりを世界に告げる。
レナは窓を開けて、その光に、そっと目を閉じて光を体全体で浴び、感じた。
小鳥たちの綺麗なソプラノのさえずりは、太陽の光と朝の少し冷たい風に乗って聞こえてくる。
一面に広がる青空が見えると、レナの歌声が小鳥達のさえずりに重なり、城中の朝を伝える。
リノもその歌声にゆっくりと身を起こす。
そして、一日が始まる・・・
まだ少し眠そうなコロナとリノはフラフラとしながら、レナとキリアに引かれて歩いた。
四人は準備を整え、城の門の前に立った。
源次郎執事長、豪慈、豊帰の三人に加え、城中の使用人、兵士が一同に頭を下げた。
「天照姫。どうか、ご無事を祈っております。」
源次郎執事長が代表してそう言った。
レナは源次郎執事長に歩み寄り、そっと耳打ちをした。
すると源次郎執事長はコクリと頷き、「分かりました、天照姫が望むのであれば。」と微笑んだ。
小さな手を目一杯に振り、四人は蒼穹を後にした。
まだ朝の静けさに満ちた城下町を抜け、緑の丘へ出た。
草花の青い香りが風と共に頬を撫で、若草のクッションが足元を柔らかくて気持ちいい。
キリアは一番乗りに丘を登り、初めてこの世界に来た場所で足を止めた。
すると、遅れてリノ、コロナ、レナがキリアに追いつく。
緑の丘を登りきった三人の目に映るのは一人の男。
サソリの尾にサソリのはさみの形状をした武器、紫の髪に蒼白の顔。
ニタリと浮かべる笑みが奇妙でもあり、キリアにしてみれば憎めない笑みでもあった。
その男・・・シエンは紫の髪を風になびかせてキリアの前に立ちはだかる。
その姿に驚きと疑問符を浮かべたのは、事情を知らないリノとコロナだった。
そんな二人の表情を読み取ったのか、レナは二人にそっと「魔王の使い・シエン」と、耳打ちした。
リノとコロナはその言葉に驚き、言葉よりも先に体が闘うことへ反応した。
するとシエンは、そんな二人の姿を見て「ヒャッヒャッ」と不適な笑い声を上げた。
「まあ、そう構えるなよ。俺はレナを助けたんだぜ。条件付でな・・・。」
「ああ。たしか、俺との決闘だったよな。」
シエンに今にも飛び掛りそうなリノとコロナを静止して、キリアはシエンに言った。
「俺は強い奴と闘いたくて闘いたくてウズウズするんだよ。
なあ、キリア・・・。お前は感じるか。この、嬉しさを。この、興奮を。」
キリアは、ネタネタと絡みつくような嫌になる口調でブルッと嬉しそうな身震いをした。
「お前の親父もそうだった、お前のように透明な目で俺を睨む。
あの感じが忘れられないねえ。キリア、お前はどこまで俺を楽しませてくれるのかな!」
薩摩色の瞳の目をグッと大きく開き、右の手のハサミを大きく構えた。
次の瞬間シエンは若草や花びらを巻き上げてキリアの目の前からフッと消えた。
そして、キリアが反応するよりもはるか早くにキリアの後ろでそっと囁いた。
「全くもって遅い。ソルブルーの力を1%も使えていないじゃないか。」
気づくと、シエンの持つハサミの武器が大きく開き、キリアの皮膚に触れる寸前にまで幅を縮めていた。
キリアは、それに気付いた途端に今まで感じたことの無い感覚を覚えた。
寒気がぞっと走ったかと思うと、体中の体温が上がり、心臓の音が大きく聞こえて、頬を汗が一滴流れ落ちる。息苦しく、重く、体中を鎖で巻き上げたように動かない。
そんなキリアを見下ろしたシエンは、冷たい眼差しでそっと言った。
「これが、死の恐怖だ。」
その冷たい一言は昨日までのシエンとは異なる、全く別の雰囲気を感じた。
硬直状態の中でシエンは言葉を続ける。
「どんな命も、いつかは朽ちる。それは絶対だ。神でさえも逃れることは出来ない。
そして戦いとは、その“いつか”を短くする。下手をすれば“いつか”が今になる事だって有り得る。
子供のお前には難しいかもしれないがこれが事実だ。」
シエンはその一言共にゆっくりとハサミをキリアの首から離した。
キリアはその後も動ける感じがしなかったが、その呪縛を断ち切り、バッと身体を回転させて後ろのシエンと対峙し、距離を離す。
「分かったか?これが現実だ。」
キリアに冷たく絡みつく言葉は、その場にいた全員を空気に飲み込み、動きを止める。
「お前達のしようとしている事は命を捨てるようなものだ。逆に今まで生き延びたことが奇跡だ。
悪いことは言わない、このまま家に帰れ。その歳で、危険なことはする必要ない。」
シエンのその言葉に、キリアはこの戦いで初めて言葉を発した。
「ふ、ふざけんな!俺達はそのためにココまで来たんだ!いまさら・・・」
キリアはそこで言葉を止めた。
静かな風がフッと一つ、辺りが妙に静かになる。
次の瞬間、水色の炎の様な光がキリアを覆い、風が、空気が、全てが変わる様に感じられた。
そして今度は、キリアがシエンの視界から消えた。
シエンが気付いた時には、キリアが自分の目の前で大きく拳を構える姿を見た。
「今更、この旅を終われない!」
水色の光を覆った拳は、キリアの頭の横からシエンの顔めがけて真直ぐ放たれた。
水色の直線がシエンの顔の辺りで小さく破裂する。
キリアは自分の拳に冷たく固いものが触れた。水色の直線はそれに妨げられる。
水色の光の下から現れたのは、大きなハサミ。
シエンが左腕で持つその大きなハサミは、キリアの拳をさえぎり、自らの顔を守った。
「20%って所だな。まだまだ力に頼りすぎている。」
シエンの冷たい目が、ハサミ越しにキリアを睨む。
すると、突然シエンの左手のハサミから何かが割れる音が聞こえた。
それと同時にキリアの拳が当たった場所から小さなヒビがはさみ全体へと走る。
そしてハサミは、砕かれたクッキーのようにバラバラと崩れ落ちた。
「しかし、潜在能力はリリーナ以上か。」
シエンは、ハサミが砕けて露出した左腕をチラリと見て、冷静な口調で呟いた。
そして、拳を振り切ったキリアをその左腕で叩いた。
宙を浮いていたキリアは勢いよく地面に叩きつけられた、しかし、草のクッションのおかげで助かる。
そこへ、一息つく暇はなくシエンのサソリの尾が勢いよく伸び、真直ぐこちらに向かってくる。
ギラリと鋭く光る先端の針が真直ぐキリアに光る。
キリアは、頭で分かる前に体が動いて、横へ大きく飛んだ。
シエンの尾は、地面にぶつかる前に急に角度を変え、飛んだキリアの方へ真直ぐ進む。
キリアは大きく目を開き、真直ぐとこちらに跳ぶ尾を目に写した。
そして、紙一重のタイミングでシエンの尾を両の手で掴み、シエンの尾の上に乗る。
堅く冷たい尾に足を乗せ、シエンの方に身体を向けて真直ぐと尾を蹴って跳んだ。
尾は、蹴られた勢いで地面に突き刺さり、
キリアは自分の姿が見えない程の光をまとい、水色の直線を描いてつぶての様に真直ぐとシエンへ飛ぶ。
シエンは咄嗟にハサミを持つ右手を自分とキリアとの間に出し、キリアの一撃を防いだ。
しかしキリアの力が勝ったのか、シエンは後方に勢いよく飛んだ。
「どうだ!」
キリアは自分の勝ちを確信し、強気な口調でそう言った。
レナも、リノも、コロナも、それを確信していた。
しかし四人の期待は、次の一手に大きく裏切られた。
キリアが、突然に何かにはじかれる。
紫色のムチのようなものが宙を浮くキリアの側頭部を強く叩き、キリアはそのせいで地面に勢いよく叩きつけられた。
紫色の何かについて、キリアは二つのことが見えた。
一つはシエンの尾であること。
そしてもう一つは、それが地面から生えていると言うこと。
キリアは突如叩かれたこととシエンの思いがけない攻撃に目を丸くした。
尾は勢いよく地面に潜り、下の長さに戻った。
シエンはゆっくりと起き上がり、冷たい眼差しでこちらを見た。
しかし、そこには以前に会った奇妙な笑いを見せるシエンの姿は無かった。
キリアは、まるで手足が地面に張り付いたかのように、全く動けず、ただ、ゆっくり近づいてくる、シエンの足音と姿、そして身の危険を感じるしかなかった。
キリアの前に高々と立つシエンを見上げるキリアの喉は、声を失った。
シエンはキリアを見下ろすと、右腕を大きく上げた。
「多少期待していたが、残念だ。しかし、惟も定めだ・・・。」
大きなハサミの先端がキリアを見下ろす。
太陽の光、逆光でシエンの姿が真っ暗になり、薩摩色の目がギラリと光る。
そして、それはキリアにものすごい速さで迫ってきた。
声を出す暇もない、ただ、頭の中で言葉にできない言葉が響いた。
世界がゆっくりと流れる、音も、風も、キリアを襲うハサミも、全てがゆっくりと流れる。
『ホラ、立ち上がって・・・。』
女の子の声が聞こえた・・・。
シエンの大きなハサミが、地面に勢いよく突き刺さり、地盤がめくれ上がった。
無数の、小さな緑の命が散り、湿っぽい土がボタボタと他の緑の上に落ちていく。
数秒の沈黙が辺りに流れる。
「キリア!!」
真っ先にレナの叫びがあたりに響き渡った。
しかし、他の二人が叫ぶまでも無かった。
レナが叫んだ直後、シエンの後ろに一人の少年が立っているのを見つけたからだった。
金色の髪、水色の瞳、少し汚れた服。
キリアが、シエンと背中合わせに立っていた。
「これが、ソルブルーの力・・・・。」
キリアはそう呟くとシエンの方を振り返った。
「シエン、ほんとうはこうしたかったんだろ?」
キリアの言葉に、シエンはニッと不適に笑う。
ハサミがバラバラと砕ける。
「全く、親子揃ってすごい奴だ。」
シエンは振り返り、キリアを見下ろした。
「俺は魔王の配下につき、トルコやリリーナと闘った。数え切れないほど闘った。
しかし、トルコも、リリーナも俺を敵とは見てなかった。俺も次第にあいつらに惹かれていった。
そして、魔王を封じた時にトルコに頼まれた。
お前を頼むってな。だから、お前が闘えるだけの力を手に入れるまで冷たく、うす気味悪い魔王の使いを演じ続けた。」
シエンはしゃがみ、キリアの肩を掴み、キリアの目を見て言った。
「俺は、トルコにお前を頼むと言われた時からずっと、お前を自分の子供の様に見守ってきた、魔王に隠れてずっと見守ってきた。
砂浜で出会った時、お前をこの手で抱きしめたかった。お前の名前を呼びたかった。
だから・・・、だから・・・。」
その時キリアは、初めてシエンの笑顔を見たような気がした。
笑顔、そして、頬を涙が伝う。
熱い涙が、目から溢れ出し、草花達の上にポタポタと落ちた。
「だからキリア、今、お前に触れることが、お前に触れることができて嬉しい。」
そんな、シエンの大きな手をキリアはそっと手で触れた。
「ソルブルーが教えてくれた。アレは間違いなく母さんだった。母さんが教えてくれた。」
蒼い空の下で一人の男が仮面を割った。
やっと大切なものに触れることができた。
蒼い空の下で一人の男が涙を流す。
その涙にこもった気持ちは、子供達にはまだ分からない。
でもその涙の訳は、子供達にも痛いほど分かった。
大切な人ができて、仲間がいるから・・・・
それが痛いほど良くわかった。
そして、最後の戦いを前にして、一つの休息の場所へ。
子供達の旅の最後の休息の場所へ。
最後の戦いへ向けて、最後の心の整理を・・・















 波が打ち寄せる音がする。
白い砂浜が暖かい、空に昇る太陽がジリジリと暑い。
強く押して、ゆっくり引いていく波の音にキリアは起こされた。
仰向けに砂浜の上で寝ている、太陽が丁度真上にあって眩しい。
少し身体が重くて起き上がれない。
キリアはゆっくりと辺りを見回した。
すると自分の体の上にレナ、リノ、コロナが圧し掛かって眠っていた。
すぅっと一息吸うと、キリアは大声で叫んだ。
「起きろ!」
キリアの声が聞こえたのか、キリアのお腹を枕にするリノと足の上で豪快に寝ているコロナの上で眠っていた、レナが目を覚ました。
「あれ、キリア・・・?おはよう・・・。」
レナが目を擦りながら、キリアの方を見た。
「おはよう、じゃない。早くどいてくれ。」
レナは寝惚けているのか数秒ぼうっとして、キリアの姿を虚ろに目に映した。
そして、考えの整理ができたとたんにピョンと飛びのいた。
「だ、大丈夫?重くなかった?」
レナは二人の重みで起き上がれないキリアに聞いた。
「大丈夫だけど、重い。」
レナは、リノとコロナを2、3度揺すったが、全く起きる気配を見せない。
そんな二人にため息をつき
「仕方ないわね、二人を下ろすわ。」と言って、レナはリノの手を引いて下ろそうとした。
しかしリノは、レナの力では少し重く、キリアの上から中々動かない。
そこへ、一人の男がリノをヒョイッと片手で、あっさりと持ちあげた。
紫の髪に薩摩色の目のシエンがリノを人形でも持つように腕を掴み、そのまま砂浜にそっと下ろした。そして、コロナもその横に寝かせた。
「よう、目は覚めたか?」
キリアたちはシエンに言われ、魔王の世界の前に中央の世界・・・、キリアの住む世界に来ていた。
「中央の世界、ココである人物に会う。」
「父さんに、会いに来た・・・。」
キリアの言葉に、シエンはコクリとうなずいた。
「じゃあ、早く会いに行きましょう。」
レナがそう言って、彼方に見えるキリアの家を指差した。
するとシエンは、少し笑いながらよく寝ているリノとコロナの方を見た。
「その前に、二人を起こさないとね。」
レナは呆れて、『ヤレヤレ』と首を振った。
コロナとリノは眼を擦り、まだ眠そうにあくびをする。
「ほら、二人ともしっかり歩いて。もう直ぐだから。」
レナが二人に振り返って言った。
キリアとシエンはレナの前を、眠そうな二人を見ながら歩いている。
五人の向かう先には一軒の小さな小屋。
後ろを振り向くと大きな岩の壁と大きな岩がゴロゴロとしている。
砂浜が少し熱く、太陽が眩しい。
潮風が少し冷たく、波打ち際の音が静かに響く。
小さな小屋が近づくと、なんだかジッとしていられなかった。
突然走り出す足は、キリアの身体を前へ、前へと進めた。
「あ、待ってキリア!」
レナが急いでその後を追いかける。シエンも走ってキリアの後を追った。
突然走り出したキリアに、リノとコロナは目が覚めたのか
「あ、キリアが言っちゃう!」
「あ、待てよ!」と、コロナはリノを背負い、キリアの後を走った。
徐々に近づいてくる海辺の小屋。
そこの前に立つ一人の男にキリアは走る足を止めた。
後から追いついたレナも、シエンも、そしてコロナとリノも足を止める。
金色の髪、小麦色の肌、高い身長にディープブルーの瞳の男。
良いガタイで小屋の前で堂々と立っている男は、間違いなくキリアの父、トルコだった
「父さん・・・・。」
キリアはトルコを見上げて呟いた。
するとトルコはザッザッと砂の上を力強く歩き、キリアの前に立った。
そして、大きな右手をキリアの頭の上にポンッと優しくおいた。
「おかえり、キリア。」
キリアは少し照れくさくて、うつむいて「ただいま」と言った。
トルコは周りを見回し、懐かしさが蘇る顔ぶれを見て、ニコリと笑った。
「レナに、リノに、コロナに、シエン。どの顔も、昔を思い出させる顔だな。」
そしてトルコが真っ先に足を止めたのはレナだった。
「おお、レナ!大きくなったな。」
「はい。まさか、キリアがトルコさんの子供だ何て・・・」
レナが、久しぶりに会うトルコに笑顔でそう答えていると、シエンが言った。
「トルコ、こいつらはそんなことを聞きに来た訳じゃない。」
シエンの言葉にトルコの顔色が変わった。
するとそこへ、キリアがトルコを見上げて言った。
「父さん、教えてくれ!知ってるんだろ、全部!」
キリアの真剣な眼差しにトルコは観念したのか、フウとため息を一つ吐いて小屋の方へ歩いた。
そして扉に手をかけ、扉の方を指差して言った。
「知りたいのなら、中へ入るといい。」
トルコは腐りかかった木の引き戸を開け、中に入った。
五人もその後に続く。
少し薄暗い部屋は、潮の臭いとムッとする湿気で充満していた。
木の床に円を成す様に敷物が六つ、奥にはベッドが二つ。
キリアは久しぶりの家に入り、久しぶりの休息を得た気がした。
しかし小屋に入り、妙に思ったのはシエンただ一人。
シエンは少し考え、その考えをトルコに言った。
「トルコ。お前・・・、俺たちがココに来ることを知っていたんだな。」
トルコは一番奥の敷物に、あぐらをかいて座り、コクリとうなずいた。
「ああ、全部知っていた。リリーナの未来を見る力に狂いは無い。」
突然の発言に子供達は、状況を消化しきれずに呆然と立ち尽くした。
するとトルコは、そんな子供達にニコリと笑いかけ「さ、座るといい。」と言った。
そして、トルコの行動に納得がいかず、立っているシエンにも
「まあ、座れよシエン。」と笑い掛けて言った。
全員は言われるがままにそれぞれの敷物の上に座った。
トルコは、全員が座ったのを確認すると、全員の顔を一通り見て口を開いた。
「まず、この状況についての説明だな。
俺たちが若い頃、魔王の封印に向かった。
海人のレリーナ、陸人のレオンとフレア、そして人間の俺とレリーナは、二人の太陽人に導かれて出会い、旅に出た。世界を渡る力を持っていたのはリリーナだけだった。
だから俺とリリーナは二人であらゆる世界に旅立った。
これは、シエン。お前も知っていることだ。」
シエンは何も言わずにコクリとうなずいた。
「ココからは俺達・・・つまり過去に魔王を封印した仲間しか知らない。
リリーナは世界を渡る力ともう一つ、力を持っていた。
それが未来を見る力。リリーナだけに与えられ、リリーナだけが使うことが許された力だ。
俺達は魔王封印の後にリリーナの力で、この世の平和を願う意味を込めて未来を知った。
そこに描かれていたものは、二人の太陽人の石化、リリーナの最期、そして魔王の復活。
そして、お前達の冒険・・・・。」
その場に静かな空気が流れた。
そこへ、キリアが言葉を発した。
「じゃあ、父さんは全部知ってたのか!?」
「ああ、この後の世界もな。俺達はそれを“シナリオ”と呼んでいる。」
「じゃあ何で何もしないんだよ!何で皆が危険な目に会うって分かっているのに、何もしないんだよ!」張り詰めた空気に、キリアの叫び声が強く響く。
「何で何もしないのか・・・、それは違う。何もできないんだ。」
トルコがうつむいてそう言うと、シエンがそっと言った。
「神剣を失ったからか。しかし、お前なら神剣が無くても魔王と・・・」
シエン言葉の途中でトルコが、言葉を重ねた。
「神剣を失ったからじゃない・・・・。
俺達は誓ったんだ。“もう闘わない”そう誓うことで、魔王を封印するだけの力を得た。
その結果、俺は神剣を失い、レリーナは光を失い、レオンは速さを失った。」
トルコの言葉にシエンは続けた。
「トルコの持つ、かつて世界を分けた神々の力、神剣。レリーナの持つ、時を止める眼、神眼。
レオンの持つ、何よりも早い足、神速。この三つの神器がそれぞれに授けられた力。」
「そうだ。俺達はそれぞれの力を失うことで魔王を封印する最後の力を得た。」
辺りにいっそう沈黙が流れた、もう誰も言葉を発する者はいない。
そして、その中でトルコは少し苦い笑いを見せて、優しく言った。
「リリーナの口癖でな。“未来は前を向く人のためにあって、困難は壁を越える為にある”ってな。
それにあいつは“シナリオ”を知ったときに言っていた。
“子供達は絶対に大丈夫。そして、この困難を子供達が越えなければ新しい世界は見えない”。」
トルコはそう言うと、立ち上がり、入ってきた扉を開けた。
「さあ。今話せるのはこれだけだ。未来を勝ち取って来い。」
扉から溢れる光。
子供達は、何故かその光に小さく、それはとても小さい、けれども強く、寄り添えば強くなる希望を胸に抱いた。
そして、太陽の輝く蒼い空の下に四人は出た。
しかしシエンが小屋から出てこない。
「シエンは行かないの?」
レナが結果の見えた口調でシエンに言った。
すると、シエンは残念そうに首を横に振った。
「悪いが俺は行けない。俺の行動は魔王に筒抜けだ。
あいつの強いたルールでな、反逆者は魔王の世界を追放される。」
「じゃあ、シエンは・・・・。」
レナが残念そうに答えた。
「ああ。残念だが、お前達の戦いに手をかしてやれない。」
一層残念そうにシエンがうつむいた。
しかしリノは、シエンを安心させるように微笑んで答えた。
「大丈夫!わたし達の力で魔王を倒してくるから!」
「しかし、魔王は・・・」
シエンがまだ不安そうな顔をしたのでキリアが言った。
「大丈夫!俺達は絶対にまけない!」
「そうだぜ、俺たちには帰る場所がある。共にわかちあえる仲間がいる。」
コロナはニッと笑って、キリアの言葉に付け足した。
「シエン、世界の命運は常に流れるものに託されている。今、流れているのはあの子供達だ。」
トルコに諭されて、シエンはもう一度四人に手を振った。
そこへ、キリアが思い出したようにトルコに言った。
「あ、そうだ。俺の母さんってソルブルーの中なんだよな?」
キリアはそう言って、トルコに首から下げるソルブルーを手にとって見せた。
トルコは目線をキリアに合わせ、キリアの手の平の上で輝くソルブルーに手を置いた。
「キリア。お前の母さん・・・・、リリーナの誓いは自らの命だった。
自らの寿命をささげることで魔王を封印した。
そしてソルブルーを手にする者は、命が尽きるとソルブルーの中に取り込まれる。」
「でも、母さんはこの中にいたんだ!もしかすると・・・・」
「それは出来ない。ソルブルーの中に母さんが存在していても、それはもう無い命だ。」
トルコはそう言って、キリアを強く抱きしめた。
キリアが少し残念そうな顔をすると、トルコはニコリと微笑み
「キリア、前を見ろ。母さんはお前の心にいる。仲間はお前の目の前にいる。」
レナ達の方を指差して言った。
キリアは、笑顔で駆け出した。
白い砂浜に小さな足跡をつけて走っていく。
「キリア、はやくはやく!」「キリア、はやく行こうぜ!」
リノとコロナが元気良く、駆けて来るキリアに言った。
キリアが三人の下にたどり着くと、レナはキリアの手をとり、言った。
「さあキリア、行こう。これがさいごの冒険よ。」
キリアは三人の顔を見ると白い砂浜の上にグッと足を置いた。
「行こうぜ!魔王の封印がとける前に!」
全員、その言葉にコクリとうなずいた。
そして円を組むように、キリアはレナの手を、レナはリノの手を、リノはコロナの手を、コロナはキリアの手を、お互いに離すまいと強く握った。
レナは目を閉じ、そっと呪文を唱えた。
「そこは闇の森、冷たくジメジメとした叫びが心に絡む。
そこは光の山、熱くグツグツと煮え滾る叫びが心を焦がす。
そこは世界の果て、そして新たな世界也。」
すると、四人の足元に底の見えない穴が広がり、四人を飲み込んだ。
冷たい空気が痛く、その痛みが体中を走る。
真っ暗な穴、冷たい空気、感じるのは暖かい仲間の手。
四人はそんな冷たさの暗闇の先にある一点の光に飲み込まれた。
たどり着いたのは、レンガ造りの薄暗い行き止まりの通路。
所々に灯る蝋燭の光がユラユラと不気味に揺れる。
長く掃除をしていないのかあちこちから植物が生え、足元はコケだらけ。
その景色にキリアはゴクリと生唾を飲んだ。
「ココが、魔王の世界・・・。」
「この世界はこの廊下と魔王のいる部屋と、そこへ入る為の大きな扉のある大広間だけ。」
レナが通路の先を指差した。
薄らと見える鉄製の扉、その横で轟々と燃えるたいまつ。
四人の目にその姿が写る。
「あの先に、魔王が眠っているのね。」
リノは背中に背負ったリュックから杖を取り出して言った。
小さく震えるリノの白い手をコロナがそっと握った。
「リノ、怖がるなよ。全員一緒だろ!」
コロナのニッと笑った表情を見たリノは、体の中を走り回る緊張と怖さが何事も無かったかのように抜けていくような気がした。
そしてキリアも、レナも、リノの手をそっと握った。
お互いにお互いの震えを止める為にそっと握る。
「これでさいごの冒険だ。だから、コロナとリノにも言いたいことがあるんだ。」
キリアが、リノの手を握ったまま二人に言った。
「これが終わったらさ、みんなで俺の家に住もうぜ。」
コロナとリノは一瞬、疑問符を頭に浮かべたが、直ぐに言葉の意味を理解した。
「コロナもレナも家族がいないから、みんなで家族になればいいとおもうんだ。」
キリアの言葉に、一番の迷いを見せたのはリノだった。
「・・・・、どうしよう。お母さんのいる海の世界かみんなのいる真ん中の世界か・・・。」
「じゃあ、この戦いが終わったら私がキリアと二人を迎えに行くから、その時に・・・ね。」
悩むリノに、レナは優しく言った。
「うん、わかった。」
リノが返事をすると、全員手を離し、扉の方を向いた。
するとレナは三人の前に立ち、小指を出して言った。
「さあ皆、これが最後の戦いよ。絶対・・・絶対、皆無事で帰ろうね。約束だよ。」
「ああ、約束する。」
「うん、レナこそ約束だよ。」
「帰る場所があるからな。」
三人はコクリと頷き、レナと共に扉へ歩き始めた。
カツン、カツン、コロナのヒヅメとレナのサンダルの音が響き渡る。
パチパチと音を立てて燃えるたいまつ、黒い扉はズンと四人の前に立ちはだかった。
「この扉、重そうだよな・・・。」
キリアが扉を見上げて言った。
その時だった、突如、扉が大きな音を上げて開いた。
四人は驚いて一歩下がり、開いた扉から中の景色を目に写した。
全員その景色に驚き、最初の一言が出ない。
扉の奥にいたのは二人の大人。
一人は蒼い肌に癖毛の黒髪の男、筋骨隆々のその腕には金色の矛、蛇の被り物の尾が暴れる。
「お前は・・・、オルク!」
キリアがそう叫ぶと、もう一人が言った。
「まさか、ココまで来るとはね。」
切り揃えられた黒い長髪、赤いルージュが奇妙に輝き、背中に生えた大きな蝶の羽がはばたく。
「あなたは・・・、紅羽!」
レナの叫びに紅羽は唇に指を当て、クスクスと笑った。
オルクがその鋭い目つきで子供達を睨みつけた。
「ココまで来たことは褒めてやる、だが・・・ココまでだ。魔王様が直に復活を果たす。」
オルクの言葉に紅羽がクスクスと笑い、付け加える。
「だ・か・ら、ソルブルーにはもう用はないのよ。」
「そんな、魔王はソルブルーの力がないと復活できないはずじゃ・・・!」
リノは驚き、とっさに問いかけた。
「人間どもの憎しみと怒りが必要な数だけ揃った。だから、唯一封印する可能性のあるソルブルーを砕かなくてはならないのだ!」
オルクは金色に輝く三俣の矛の底で、ガンッと床を突いた。
「これ以上の問答は要らん。俺達の使命はただ一つ・・・」
オルクと紅羽は言葉を揃え、四人をその眼で睨み、言った。
『魔王様の復活を邪魔する者の排除!』
その言葉と共に焼き切れそうな程の威圧感が子供達に押しかかる。
しかしキリアは一向に退く様子を見せず、両の足でズンと構えて部屋へと足を進めた。
「俺たちは止まらない!」
キリアの言葉が大広間にこだまする。
「そうよ、この世界を消させない。」
レナがキリアの隣に歩み寄って言う。
リノもレナの後に続き、言葉を発する。
「お母さん、レナ、キリア、コロナ、大切な人がいるこの世界を消させないもん!」
コロナも、キリアの横に歩み寄り、オルクと紅羽を指差した。
「キリアやレナ、それにリノに嫌な思いはさせたくねえ。だから、魔王を止めに行く!」
四人の言葉とその瞳に、オルクと紅羽はお互いの顔を見合わせて、コクリとうなずき、足元に落ちていた一枚の鏡を拾い上げた。
「これは鏡、でもただの手鏡じゃないのよ。」
紅羽はニッと不適な笑みを浮かべて言った。
すると、オルクと紅羽の持つ鏡が強く光った。
そして、銀色の幕が真直ぐキリアとレナの少しの隙間を走る。
「レナ!」
キリアはとっさにレナの方を向き、レナの名前を叫ぶ。
すると幕の向こう側からレナの返事が返ってきた。
「キリア、大丈夫!」
自分の写る銀色の幕に、キリアは言葉を返した。
「ああ、俺は大丈夫だ!そっちは、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。でも・・・・」
「でも、どうした?」
キリアがレナに聞き返したその時だった。
コロナの声が響いた。
「キリア!危ない!」
キリアが後ろを振り向くと、矛を大きく構えたオルクの姿があった。
・・・銀色の幕の向こう側から、コロナの叫びが響く。
心配そうな自分の顔がこちらを見ている。
レナは、強い不安に動きを絡め取られた。
すると、その様子を見ていた紅羽が言った。
「あらあら、お友達がいないと不安かしら?」
その言葉と共に、レナとリノは高い天井を目の前に見た。
体が宙を舞い、そして落ちていく。
二人はなにをされたのか、何故宙を舞っているのか全く分からない。
しかし、二人はとっさに身を守る判断を選んだ。
「リノ、お願い!」
「任せて、レナ!」
リノはそう言うと、杖を床に向けた。
床に向けられた杖の先端から大きな水の球が現れ、二人をクッションのように受け止める。
二人が無事に地に足を着けると水の球は消え、
その姿を見た紅羽は、瞳を猫のように楕円形に細めて言った。
「駄目じゃない、気を抜いたら。私は貴方達を排除するのだから。」
長い黒い髪が無数の手のような形を作り、羽は興奮するかのようにバタバタと羽ばたいた。
「あの時は、少し油断したわ。でも・・・・」
紅羽が左手をレナとリノに突き出すと、無数の髪で作られた手の一つが二人の間の隙間に突っ込んだ。
ヒュッと言う音共に風が走り、ガシャンという固体が割れる音と共にレンガの床が割れた。
「今度は本気で行くから、覚悟しておきなさい。」
紅羽の攻撃に、レナもリノも驚きの余り、数秒程何も考えられなかった。
レナは気持ちを落ち着かせ、リノに飛びついて押し倒す。
すると、リノを押し倒したレナの背中の真上を黒い線がヒュッ風を切る音を立てて通った。
「ほお、良く避けたじゃないのさ。」
そう言ってカツカツと足音を立てて近づく紅羽から、リノを起こして大広間の奥へ逃げる。
と、言っても隠れるところも無ければ、広さも限界がある。
「どうするのレナ。」
リノが不安そうに、レナの顔を見上げた。
するとレナは、リノに「秘策有りよ」と呟いた。
レナはリノの前に立ち、紅羽のほうを向く。
「あら、なにをやる気かしら?」
紅羽は早歩きでレナの方まで歩み寄る。
レナは紅羽の方に右腕を向け、そっと人差し指を立てた。
左手を支えに右腕を真直ぐ伸ばし、人差し指を紅羽に向けて「バンッ!」と叫んだ。
すると、紅羽の目の前で、突然に強い風が吹き荒れた。
風は紅羽の目の前に集まるように、小さな床の破片やコケのくずを風の中心に吸い寄せていった。
紅羽が吸い込む様に吹き荒れる風に、耐えている隙にレナはもう二回「バンッ!バンッ!」と紅羽の両側に人差し指を向けた。
その時だった、紅羽の目の前で吸い込み続けていた風が、突如爆発したかのように弾くように外側に吹き荒れた。
紅羽は、とっさに自分の髪で体全体を球のように包み込んで風を受け流した。
その爆発に連鎖するように両隣でも強い風が発生し、紅羽の動きを完全に封じる。
しかし、紅羽は両の足でグッと堪えて蝶の羽で自分の身体を覆い、さらに黒髪の球で風を受け流した。
「まだよ!まだまだ、私は退かない!」
紅羽は眼を猫のように楕円形に尖らせ、赤い唇が牙を剥いた。
蝶の羽を大きく開き、長い黒髪をバサッと振るい整えた。
そして、もう一度髪を動かそうとしたその一瞬に、リノは一手をつめた。
「水よ、捕らえて!」
レナの後ろから飛び出したリノは、右手に握られた杖を紅羽の方へ向けた。
すると紅羽の髪の動きを止まった。
勢い余り紅羽は前方に倒れる。
紅羽がとっさに後ろを振り向くと、透明の液体のようなものが紅羽の髪を、髪留めの様に縛っていた。
「これであなたの髪は封じたわ!」
レナが紅羽に向かって指を指し言った。
「観念なさい!あなたのやることなんてお見通しなんだから。」
リノが杖を構えて紅羽の目の前に出た。
紅羽は目の前に立ち尽くす二人の少女を見上げる。
すると紅羽はそっと立ち上がり、額に手を立てて笑い出した。
「アハハハハ、アッハッハッハッハッハ!」
突然の紅羽の行動に、二人は少し足を後ろに退いた。
「この程度が貴方達の力なら・・・、恐れることは無いわ。」
長く伸びた爪を髪に押し当て、前にかがみ込む。
黒い髪がビキビキと何かがきしむ音を立て、あちこちに跳ね上がる。
蝶の羽が強い赤色へと変色し、蝶の羽は扇型の、蛾の羽へと変わっていく。
「レナ、だめ。水の髪留めがもたない!」
リノが杖をグッと強く握り、冷や汗が頬を伝った。
次の瞬間、紅羽の髪を押さえ込んでいた水の髪留めが飛び散り、割れたガラスのように地に落ち、水滴となって床ににじんだ。そして、表をあげる紅羽。
威嚇するような蛾の羽、真紅に変色した瞳、真っ赤に染まる髪。
その全てが先ほどまでとは異なる。
そして、何よりも紅羽から受ける印象が違う。
冷たく、重く、まるで大きな蛇に睨まれているかのような感覚を、レナとリノは感じた。
そんな紅羽の姿を感じた瞬間、二人はとっさに紅羽に背を向けて走った。
空っぽの頭の中で『逃げろ!』その言葉だけが、はっきりと響いた。
しかし部屋の大きさにも限界がある、あっという間に壁にぶつかってしまった。
二人は立ち止まると、背筋に氷を落としたような冷たさを感じ、呼吸が乱れる。
恐る恐る、後ろを振り返った。
しかしそこには誰もいない、何も感じない。
レナとリノは恐る恐る、先ほどまで紅羽が迫ってきていたと感じられた場所へ歩いた。
すると、突如、ふと開いた壁と二人の背中の間に何かを感じた。
しかし、恐怖で振り向くことができず、動くことさえできなかった。
レナの頬を冷や汗が伝い、体中の体温が上がる。
そんなレナに、紅羽は後ろからそっと耳元に囁いた。
「そんなに私が怖いのかしら?」
その時だった、この状況で勇気と言うものを手にした者がいた。
「怖くないもん!あなたなんか、ぜんぜん怖くないもん!」
リノは震える足で立ち、レナの耳元で囁く紅羽にそう言った。
そしてリノは、レナの腕をグッと掴み、走り出した。
紅羽から少し距離をとると、紅羽に向かって杖を構えた。
リノは少し震えながら、ひざまずくレナの腕を掴んでいる。
「リノ・・・。」
レナは、震えながらも紅羽に立ち向かうリノを見上げて言った。
「ありがとう、リノ。少し勇気が出たわ。」
レナはグッと立ち上がり、震えるリノの手をギュッと握った。
「レナ・・・。大丈夫?」
「ええ、大丈夫よリノ。早く紅羽を倒しましょう。」
「ええ、そうねレナ。」
二人は顔を見合わせて、コクリとうなずいた。
「貴方達が私を倒す?アハハハハ!笑わせないで頂戴よ。」
紅羽は甲高い笑い声と共に、羽を大きく開いた。
「また、悪夢の世界へ送ってあげるわ!」
とがった楕円形の瞳をグッと見開き、二人をその眼に映した。
すると、赤い蛾の羽から赤いりんぷんが飛び散った。
赤いりんぷんは霧のように景色をかすめ、気持ちを不安にさせる。
しかし、リノもレナもお互いの手をギュッと握り、全くその光景に動じない。
「幻覚は、もう通じないわ!」
レナはその言葉と共に、背中に朱色に輝く翼を広げる。
暖かく、煌々と光る翼は赤いりんぷんを退けて、太陽のように輝いた。
「太陽の翼。私だけが持つ、私だけの心。」
徐々に強くなる光、弱まるりんぷん。
レナは、リノの手を掴んだままでそっと浮かんだ。
強い閃光が広間中を照らす。
りんぷんが消え、紅羽のみが大広間にぽつんと残る。
「あなたの力はもう通用しないわ。だから・・・」
「だから、戦いをやめろと言うの?ふざけるな!これは、私の生きる意味なのよ!
私はこの世界の崩壊を望む、こんな世界無い方が良いに決まっているわ!」
レナの言葉に、紅羽がかぶせる様に言葉を返した。
「どうしてそんなことを言うの?大切な人と会えなくなるかもしれないのよ?それでもいいの?」
リノが紅羽に問いかけた。
すると紅羽は、手で空をなぎ払う。
「黙れ、黙れ!大切な人だと?それこそ戯言だ!人は皆、自分が可愛いのよ!」
その叫びと共に紅羽の赤い髪の先端が針のように尖り、伸び、無数の矢の様に宙を浮く二人を狙った。
「そんな戯言、二度と言えないようにしてやる!」
二人に無数の髪が刺さろうとしたその時だった、
薄紅色の一線が大広間中を走り回り、無数の髪を絡め取った。
リノが手に持つ薄紅色の羽衣が赤い髪を一本も残らずに髪を捕まえる。
「貴方のやろうとしていることはお見通しよ。」
リノは強気に、紅羽に言った。
「どうして、そんな悲しい事を言うの?」
レナが悲しそうな瞳で紅羽を見つめる。
「どうしてだって?人ってのはそういう奴なのさ。
海人も、陸人も、太陽人も、月人も!皆、自分が一番可愛いのさ!それ以外の人ことなんて皆どうでもいいのさ!」
すると、リノがムッとして叫んだ。
「そんなことないもん!」
「それを戯言だと言っているのよ!」
「そんなことないって言ってるでしょ!
私には私を大切にしてくれた人がいて、あなたにはあなたを大切にしてくれた人がいるの!
だからそんなこと言ったら駄目なんだから!」
紅羽はリノの言葉に、一瞬自分の中の奥底にある何かをつつかれたような感覚を感じた。
しかし紅羽は、そんな表情など見せずに両腕を前に突き出した。
すると、広げた両の手の平に赤いりんぷんが集まり、球を成した。
「五月蝿い!これで終わりだ、餓鬼共!」
球は紅羽の叫びとともに、大きな網を投げるように二人に覆いかかった。
「ごめんなさい・・・。」
レナは悲しそうな顔をして、そう呟くと、羽を大きく広げた。
リノは、レナの腕に掴りながら杖を前に突き出した。
杖の先端から大きな水の固まりが現れ、大きなレンズの形を成した。
レナの目の前にレナの顔ほどの光の球が現れ、大広間中から光を集めた。
光は飲み込まれるように、光の球に集まり、集まるたびに光の球は強い光を発する。
そしてあたりが真っ暗になり、一点の光が紅羽の目に映った。
徐々に光が迫ってくる。
レナの目の前の光の球が強い輝きを発した。
発せられた光は、水のレンズの中に吸い込まれ、白く、強く、輝いていく。
そして、吸い込まれた光は一つの光線となり、襲い掛かる赤いりんぷんを掻き消して紅羽に直撃した。
真っ白い光が紅羽を包み込む。
一瞬の出来事、紅羽は少しすす汚れのついた腕を見た。
破れて粉々に散った蛾の羽、赤い髪は黒くなり、バサリと首元から下の黒髪が床に舞う。
それと同時にレナは、リノをつれてゆっくりと床に下り、羽はゆっくりと羽先からレナの背中へかけて消えていく。
レナは、少しふらつき、リノに支えられた。
「レナ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。それよりリノ、あなたすごいわ!」
慌てて支えたリノに、レナはニコリと笑いかけて言った。
そんな二人のやり取りの中で、ドサッと言う音が聞こえた。
二人は、そっと紅羽のほうを向いた。
見ると、紅羽は力なく腰を落し、ガクガクと頼りなく震える腕で自分を支えている。
顔を上げ、細く楕円形に尖った黒目でキッと二人を睨みつけた。
「何故生かした!何故傷つけない!何故力だけを奪う!何故だ!」
紅羽は喉が裂けそうなほどに叫んだ。
するとレナは、首を横に振る。
「そんなこと聞かないで、あなたは生きていいの、傷つかなくていいの、闘わなくていいの。」
「私は、私は闘わなくてはいけないのよ!」
紅羽は叫び、腕にグッと力を入れて精一杯立ち上がった。
しかし、力が入らずにすぐにその場に腰を落とした。
「畜生!畜生!!」
何度も天井に、空に、自分に叫んだ。
するとレナは、そっと紅羽に歩み寄り、紅羽の右手をそっと掴んで両の手で包み込んだ。
包み込んだ両の手からは光が溢れ、紅羽は、手の平が、そして胸の奥が暖かくなるのを感じる。
紅羽はレナに視点をあわせると、ジッと見つめて呟いた。
「天照。あんた・・・いや、貴方は・・・」
ドオン!と大きな音ともに部屋中が大きく揺れた。
紅羽の言葉は、その大きな音と揺れによって妨げられた。
「な、何!?」
リノは揺れの衝撃でしりもちをつきながらあたりを見回した。
レナはあたりを見回し、揺れが止まると落ち着いて言った。
「この揺れ、隣からよ。」
紅羽はレナの言葉に何か不安を抱いたのか、胸元で両手を握り、グッと目を閉じた。
すると、部屋と部屋を分かつ鏡の壁が消えた・・・
数分前・・・、コロナの叫びが部屋中にこだました。
「キリア!危ない!」
オルクの持つ三俣の矛が、不気味な金色の輝きとともに真直ぐ床に突き刺さった。
しかし、そこにはキリアの姿は無く、ただ金色の矛が床に突き刺さり、床に穴を開けるだけだった。
「ほお、避けたか。」
オルクは、自分の後ろに冷たく視線を送った。
すると、そこには蒼い炎のようなものに包まれたキリアの姿があった。
「ふいうちなんて、ひきょうだぞ。」
キリアはオルクを指差して言った。
「卑怯?知らんな、戦いに戯言を持ち込む奴は雑魚だ。」
そう言ってオルクは矛を抜き、大きく後ろに振った。
キリアは羽のようにフワリと飛び、オルクの一振りを避ける。
しかしオルクは、ニッと笑い、宙を舞うキリアに矛を大きく突き出した。
ガンッ!と言う金属音が響いた。
コロナが勢いよく飛び出し、キリアに向けた矛の軌道を変えた。
「俺を忘れんなよ!」
コロナはキリアを掴み、矛を強く蹴ってオルクの前から離れた。
「た、助かったぜコロナ。」
キリアは冷や汗をたらしながらコロナに言った。
「ゆだんするなよ、あいつけっこう強いぜ。」
コロナがそう言ってオルクの方を見ると、丁度オルクの赤い目と視線が重なった。
ギラリと光るオルクの赤い目とキッと開いたコロナの赤い目がお互いを睨みつける。
するとオルクは、何かに気付いたのか、先ほどまで細めていた目をグッと大きく見開いた。
「おい、小僧!お前の名前はなんと言う!」
オルクの唐突な質問にコロナは疑問符を浮かべながら答えた。
「な、名前?コロナだ!」
「親の名前は、父親の名前は何だ!」
「親父の名前?フレアだ、それがどうかしたか。」
その名前を聞いた瞬間、オルクは矛を落とした。
カラン、と言う金属音が部屋に静かに響き渡る。
するとオルクは、落とした矛を拾い上げて赤い目でそっとコロナを見た。
「そうか、お前の父親・フレアは確か三年前に亡くなったそうだな・・・。」
「ああ、そうだ。三年前・・・」
そう言い掛けたコロナの言葉にオルクは言葉をかぶせた。
「傷だらけで家に帰り、そのまま息を引き取った。」
オルクの言葉に、コロナは唖然とした。
「何故知っているのか、そんな顔をしているな。
当然だ。あの日、お前の親父は俺と闘っていた。あいつを傷つけたのも俺だ・・・。」
そう言うとオルクは、うっすらと赤い瞳を蛇の被り物の下から除かせた。
冷たい視線が走り、空気が張り詰める。
一瞬、自分の中でなにを言っているのか理解できなかった。
言葉の意味を消化できずにいた。
少しして、コロナはオルクの言葉の意味を消化した。
それと同時にコロナは、何も言わずにオルクの方へ飛び出した。
その跳躍力であっという間に、オルクの目の前まで飛び、拳を大きく構える。
「お前が、お前が親父を!!」
そう言って、勢い良く拳をオルクに向けて振りぬいた。
オルクは身体を少し傾け、振りぬくコロナの腕を掴み、勢い良く後ろに投げた。
背中を床に叩きつけられ、ガリガリと床の上を滑る。
しかしコロナは起き上がり、もう一度オルクの方へ勢い良く飛んだ。
オルクは、またもあっさりと避ける。
コロナは勢い余って地面に突っ込んだ、しかし、負けじと足から着地し、そのままオルクの方へ飛び、右足のヒヅメを勢い良く振る。オルクは太く筋肉のついた右腕で受け止め、止まった右足を左腕で掴み、勢いよく地面に投げた。
今度は上手く受身をとり、すばやく、かく乱するように飛び回った。
そして、オルクの背中に向けて右足のヒヅメをもう一度大きく振った。
コロナも、キリアも、これは命中したと確信した。
しかしオルクは、コロナに向けて矛の底を振り下ろした。
コロナは後頭部を殴られ、勢い良く地面に叩きつけられた。
「少し熱くなり過ぎたな、戦士・フレアの子よ。」
叩きつけられたコロナに、オルクは冷たく呟くと、三俣の矛先を向ける。
鋭い矛先がコロナに襲い掛かり、コロナはグッと力強く目を閉じた。
しかし、覚悟をしていたコロナの身体に異変は起こらない。
恐る恐る目を開け、目の前の光景を大きな瞳に映した。
すると、開いた目の前には、ギラリと金色に光る三俣の矛先、そしてその矛先をグッと掴むキリアの姿があった。
「小僧共、どこで腕を上げたかは知らんが・・・」
オルクはそう言って、矛を両の手で強く握った。
徐々に矛の力が増していく。
キリアの足はずっずっと床をすりながら、少しずつ後ろに下がっていく。
キリアはとっさにコロナに叫んだ。
「危ない!コロナ、離れろ!」
「大人との力の差を思い知れ。」
オルクの冷たい一言共に、矛が勢い良く地面に突き刺さり、レンガの床が割れ、破片が飛び散った。
矛を床から抜き、そっと左右を見る。
右にはコロナ、左にはキリアが、息を切らせて距離をとって立っていた。
「いい反応だ・・・。」
オルクは矛を2、3度回し、右手で握る。
三俣の矛先は天井を仰ぎ、底はカツンと音を響かせて床を叩いた。
その瞬間キリアは勢い良く地面を蹴り、オルクの方へ跳んだ。
オルクはキリアの動作に矛を構え、キリアの方に牙を剥いた。
大きく後ろに矛を引き、蛇が噛み付くように、目に留める間もなく矛がキリアに襲い掛かった。
キリアはとっさに矛先を両手で掴み、流れるようなしなやかな動きで矛の柄に飛び乗った。
真直ぐと矛の上を走り、オルクに拳を放つ。
オルクは矛を斜めに落す。キリアはバランスを崩し、拳の起動が少し面された
首を限界までに動かしてキリアの拳を避け、左腕を大きく構える。
その時だった、突如、オルクの後ろに小さな人影が飛び出した。
「俺を忘れんなよ!」
コロナが拳を大きく後ろに引き、今放たんとオルクの真後ろで構えていた。
コロナに気を取られたオルクの隙を、キリアは逃さなかった。
斜めの矛を駆け上り、キリアも反対側から拳を構えた。
バシッ!と何かを叩く音が響き渡る。
後方へ大きく飛ばされるコロナとキリア、左腕と被り物の蛇の尾を振り切るオルク。
二人は床を背中ですべり、壁に近かったコロナは壁にぶつかった。
オルクは左腕を広げ、そして震える左手をグッと握った。
次に蛇の被り物の尾を見た。コロナとぶつかった箇所が少し凹んでいる。
金色の矛が大きな音を響かせて地面に突き刺さる。
「失礼した、確かに貴様らは立派な戦士であった。」
オルクは突然と改まり、二人に言った。
「相手は戦士。戦いに誇りを懸け、護るものを見出し、戦う意味を持つものだ。
本気で相手にならねば失礼と言うものだな。」
オルクは赤い眼を細め、そっと銀色の幕に写る自分を見た。
冷たい空気が部屋中にピンと張り詰める。
キリアとコロナは重い息苦しさを感じると同時に、オルクから何かがあふれ出すのを予期した。
「うぁぁぁぁ・・・うぅぅぅ!」
低いうなり声と共にオルクは身体を埋め、体中の筋肉を強張らせる。
キリアも、コロナも、その後に待つオルクの姿が恐ろしいと言うことを頭で感じていた。
そして、止めないといけないという言葉が頭の中をくっきりと走り回る。
しかし、二人は動けなかった。
体が氷の中に押し込まれたようにピクリとも動けず、息苦しさの中でオルクを見ているしかできなかった。
オルクの青黒い肌は徐々に蛇のうろこで覆われていく。
マリンブルーに輝く鱗、赤黒く光る瞳、ディープブルーの髪。
オルクの変わった姿は先ほどまでとは全く違う気迫を感じさせる。
蛇が体の周りをうねる様な寒気と重みが一度に襲い掛かる。
「これが俺の本気だ。どうだ、貴様らなど到底届くまい。」
するとコロナがゆっくりと立ち上がり、オルクに飛び掛った。
しかし、オルクの腕が蛇のようにしなり、目で確認する前に腹を殴られ、コロナは壁に叩きつけられる。
壁をずり落ちて床に腰をつけたコロナに、再びオルクの矛先が向けられる。
「この体勢は二度目だな、偉大なる戦士・フレアの子よ。」
体が動かない、でも頭は逃げろ、逃げろ、と何度も叫ぶ。
「コロナ!」
キリアが立ち上がり、オルクに飛び掛った。
しかし、あっという間に蛇の被り物の尾に巻かれ、そのまま地面に押さえつけられる。
スッと、冷たい横目でキリアを見るオルク。
冷たく、低い声で、そっとキリアに言葉を発する。
「貴様は、そこで大人しくしていろ。」
冷たく、重く、硬く、尾がキリアを縛り、自由を奪う。
オルクは、コロナを見下ろして低い声で言った。
「この矛がお前を貫けば・・・・。どうだ、怖いか?」
コロナは、輝く矛先とオルクの視線にゴクリと唾を飲み込んだ。
しかしコロナは、キッとオルクを睨みつけ
「そんなの怖くねえ、怖くなんかねえよ。」と勝ち気に言った。
「そうか、ならば試してやる。」
オルクは金色の矛をグッと握り、後ろに大きく引いた。
金色の一線が、コロナに真直ぐと突き進む。
大きく見開いたコロナの瞳に金色の矛が真直ぐこちらへ進むのが写る。
何も考える間もなかった・・・・
ガシャン!キン!・・・二つの金属音が、ほぼ同時に響いた。
コロナを包み込む青い光の球。
粉々に砕ける蛇の尾、青い光にぶつかって止まる矛。
青い光の球は力強く開き、金色の矛を弾いた。
矛は、オルクの手を離れて宙を舞う。
そして、オルクからはるか遠くに突き刺さった。
開いた青い光の球は、まさに翼。
開いた翼を有するのはキリア、コロナはその姿にあっけにとられていた。
キリアはそっと立ち上がり、オルクの方を見た。
その蒼い瞳に写されたオルクは、驚きの表情で言葉を発した。
「蒼天の翼、朱日の翼、二つの翼・・・。」
青い翼は、青い光の粒をサラサラと風に流しながら大きく開く。
「これが、ソルブルーの力・・・。」
キリアは、銀色の幕に写る自分の姿を横目で見て呟いた。
そして、オルクの方を向き
「オルク、次の一撃で勝負を決めよう。」と、青い眼でグッとオルクを睨みつけていった。
キリアから感じる何かに冷や汗を一滴垂らす、オルクの表情が少し固まった。
数秒後、オルクはコクリとうなずき、先ほど弾かれた矛を手に取る。
「お互いに最高の力をぶつけよう、小さな戦士たちよ。」
オルクはギッと犬歯を剥き出し、両の腕で矛を真直ぐに二人に向けた。
キリアはコロナの手を掴み、そっと持ち上げた。
コロナは、掴んだその手から何か力が流れ込むのを感じ、それと同時に体中の痛みが消える。
「さあコロナ、俺たちの力を見せてやろうぜ。」
「おう、あいつには絶対に負けたくねえ。」
二人は互いの手をギュッと握り、お互いの目を見てニッと白い歯を見せて笑った。
コロナはオルクの真正面に立ち、キリアはその背中に乗った。
大きく開いた翼、コロナと一体となるソルブルーから放たれる炎のような“力”。
炎のような“力”は二人を覆い、コロナはそれと同時に強く床を蹴った。
体中に溢れる力、コロナはその力を惜しげなく使い、オルクに真直ぐと向かって行った。
「上等だ、貴様らの全てを砕ききってやる!」
オルクは矛を勢いよく後ろに引き、そう叫んだ。
「俺達は砕けない、絶対に負けない!」
キリアはオルクに対抗するように叫び、翼を大きく広げる。
翼を勢いよく羽ばたくと、二人の真直ぐ進む速さが増し、一筋の線となった。
そして一筋の線は、翼の生えた大きな水牛をかたどる。
二人は真直ぐオルクに突っ込み、オルクは二人に向かって後ろに引いた槍を大きく突き出した。
金色の槍と空色に輝く水牛の角とがぶつかり、大きな音を立てた。
大きなゆれが響き、空気が大きく揺れる。
「このまま砕いてくれる!」
オルクは両腕に走る痛みを感じていたが、グッと歯を食いしばって両の足を踏ん張った。
角と矛の衝突、互角の押し合いが数秒続いた。
しかし、オルクの矛はすぐに砕かれ、その水牛の角にオルクの体が跳ね飛ばされた。
宙を舞うオルクの体、体中に痛みが走る。
コロナは真直ぐ突っ込んだ勢いを足に力を込めて止まった。
それと同時に二人を覆うものも消え、キリアの羽も薄っすらと消えていった。
床に叩きつけられるオルクの体、ヒビの入った床、重いからだ。
二人はオルクに駆け寄った。
すると、オルクはゆっくりと身体を起こし、
「近づくな、俺はまだ負けてない!」と、キッと二人を睨んで言った。
しかし、その身体はすでにボロボロだった。
足は殆ど動かず、腕で身体を起こそうにも力が入らない。
体中を走る痛みがオルクの動きをことごとく制限する。
肌を覆ううろこも、青く染まった髪も、ディープブルーの瞳も、元に戻っていく。
しかし、それでもオルクはまだ立ち上がろうとした。
飾りのように殆ど動かない足に力を入れ、体中の痛みに逆らう。
「続きをやろうぜ。俺は、まだ負けてない・・・・。」
消え行きそうな声でそう言って、フラフラと立ち上がった。
「かかって来いよ、お前らがどれ程弱いかを見せてやる。」
息は乱れ、身体は重く、それでも“負けたくない”、と言う一つの意思を胸に足を踏ん張る。
するとキリアは、オルクを後ろにそっと押し、オルクはしりもちをついて後ろに腰をつかせた。
「もう、いいだろ。
なんで?どうして?こんなにボロボロになってまで戦うんだよ!ぜんぜん、わかんねえよ!」
「子供には分からんさ・・・、大人には負けられない戦いがある。お前らも大人になったら・・・」
「わかるよ・・・。」
キリアはそっと呟いた。
「子供だって、負けられないときだってある。逃げちゃだめなときだってある。
でも、戦わなくて済むのが一番だろ!」
その言葉は、オルクの心の奥底に深く響いた。
その時だった・・・
ビシビシと避ける音を立てて、キリアの足元の床が割れた。
キリアはいち早くそれに気付き、真っ先にコロナを後ろに突き飛ばした。
「キリア!」
コロナがその名を叫んだ時には、キリアは床の割れ目に落ちそうになっていた。
真っ暗な足元、淵に掴ることで何とか助かった。
しかし、それも安心していられない。
キリアの身体には、暗い穴から何者かが引っ張っているような重さが身体に係り、淵は今にも崩れそうな状態だった。
コロナは急いでキリアの腕を掴んだ。
「キリア!今助ける。」
しかし、先ほどの戦いの痛みが走り、上手く力が入らない。
その時だった、コロナの横にオルクの姿が突如現れた。
「退いていろ。」コロナを後ろに突き飛ばし、キリアの腕を掴んだ。
キリアを両の手で持ち上げ、勢い良くコロナの方へ放る。
それと同時にオルクは、キリアと入れ替わりに裂け目にぐらりと倒れこむ。
オルクの中で時間がゆっくりと流れた。
まるで、オルクに最後の考えを与えるように。
(これでよかったのだな・・・・、俺よ。最も弱く、最も臆病なオルクよ。)
オルクは心の中で、自分に問いかけた。
その時だった、自分の腕が何者かにつかまれ、体が一瞬中を舞う感覚を感じた。
驚いて上を見ると、小さな手が二つ、腕をしっかりと掴む姿が見えた。
コロナとキリアが互いに片腕を差し出して、オルクの腕を離すまいと掴んでいる。
「お前達、何をしている!その手を離せ!」
オルクは二人を見上げて叫んだ。
しかし、二人は手を離さない。
「絶対いやだ!離したら、お前が落ちるだろ!」
キリアが、苦しそうに言った。
「キリアがそうしたいって言うならしかたねえよ。仲間だからな。」
しかし、二人の腕はオルクを掴むので限界で、それ以上は上がらない。
そんな二人を見て、オルクは何かを思い出したのか
「全く、お前達は二人とも親に良く似ているな。」と優しく微笑んだ。
「皆そういう。」キリアが、ニカッと笑って答えた。
しかしそんな余裕は無く、徐々にオルクの腕が下がっていく。
「俺は、これでいいのだ・・・・。」
真っ暗な裂け目の底を見下ろして、オルクは二人に言った。
「俺の命は・・・コロナ、お前の父親・フレアに助けられたものだ。」
「ど、どういうことだよ。」コロナが苦しそうな表情で聞いた。
「フレアが亡くなったあの日、俺はフレアと決闘を申し込んだ。
戦いは圧倒的にフレアが優勢、そのままいけば俺はまたフレアに負けていた。
しかし、それは突然やってきた。俺たちの戦いの衝撃に森の木々が倒れた。
突然だ、俺の後ろの大木が倒れ、フレアは身を呈して俺を守った・・・」
オルクは、それ以上は何も言わなかった。
「まてよ!じゃあ、何であんなこといったんだよ!」
「俺がもう少し、もう少し早く反応できていたら、フレアに守られることも無かった。
あいつは俺の命を、自分の命と引き換えに助けた。
俺の命は、本当はすでに亡くなっていた筈だ。今更なくなったところで・・・。」
オルクの腕が二人の手から徐々に滑り落ちていく。
「早く離せ、お前達まで落ちるぞ。」
「だめだ!」キリアが叫んだところで、オルクの身体は割れ目の闇に落ちていくだけだった。
「コロナ、キリア・・・・、強くなれよ。」
その言葉と共に、オルクの腕は二人の手から滑り落ちた。
二人はとっさに腕を伸ばした、しかし二人の腕では届かない。
オルクが死を予期し、目をそっと閉じたその時、
白く、長細い腕が、オルクの腕を掴んだ。
三人は、その腕の先を見た。
『紅羽!』
消えた銀色の壁、首元まで短くなった紅羽の髪、そして破けた蝶の羽。
三人が声を揃えて驚くと、紅羽はニッと笑った。
「オルク。悪いわね、遅くなったわ。」
『キリア!コロナ!』
オルクの腕を掴む紅羽の後ろから、ヒョッコリとレナとリノが現れた。
二人は声を揃えて、コロナとキリアに駆け寄った。
「だいじょうぶ?二人ともけがとかしてない?立てる?」
リノは不安そうな表情で二人に矢継ぎ早に聞いた。
すると、コロナは首を横に振り
「俺たちはだいじょうぶだ、それよりもそっちは何ともないのか?」と二人の心配をした。
すると、レナとリノはコクリとうなずいた。
「ええ、それよりもこれどういうこと?」
レナは、ひび割れた床と、そこに落ちそうになっているオルクを見て聞いた。
「話は後だ、とりあえずオルクを助けるのをてつだってくれ。」
キリアの頼みに、レナ、リノ、コロナの三人はコクリとうなずいた。
しかし、紅羽が子供達に厳しく言った。
「さっさと行きなさい!」
その言葉に子供達の動きが止まった。
「俺たちに構うな、お前達にはお前達の戦いが待っている。」
「貴方達の後ろに扉があるわ。魔王様はその奥よ。
オルクは私が引き上げとくから、さっさと行きな。」
紅羽がそっと後ろを振り向き、目で位置を知らせた。
子供達が、紅羽の目線の先を見ると、そこには灰色の大きな門に、片方に金色の太陽、もう片方に銀色の月が描かれていた。
「ほら、さっさと行け!」
子供達は少し渋ったが、オルクに言われて扉の方へ走った。
大きな扉は、四人が扉の前に立つと、ゴゴゴっと大きな音を立てて開いた。
そして、四人が中に入ると扉が閉まる。
四人が部屋からいなくなると、オルクは紅羽にそっと言った。
「紅羽、その手を離せ。足元の床板がもう直ぐ崩れ落ちる。
そうすれば、お前は俺と一緒に谷底だ。」
すると、紅羽はニカッと笑って答えた。
「ハハハ、あんたと一緒になんてごめんだね。
でも、もう駄目みたいね。私はもう動けないし、かといってあんたを助ける力も無い。」
「あいつらには、嘘を吐いた事になるな・・・。」
「ま、こう言う嘘なら吐いてもいいでしょ。」
二人は顔を見合わせて、お互いに微笑んだ。
紅羽の足場がヒビを入れて崩れる。
体が傾き、真っ暗な裂け目の底へ、体が落ちていくのを感じる。
冷たい風が吹き上がる、熱く高まる鼓動・・・
命が止まる音がする、少し寂しく、少し未練がましい。
しかし、その命はまた動き出した。
二人の体が、紫の長い何かに巻きつかれた。
急いで上を見ると、そこには一人の男が立っている。
「全く、そんな簡単にあきらめてどうする。」
『シエン!』
二人は声を揃えてその名を呼んだ・・・。
 子供達は扉の中に入った。
広い空間のあちこちにコケが生え、天井はある一点の真上だけが開いている。
そこからこぼれるのは夜空を飾る月の光。
その光を浴びるのは大きな黒い球体。
その横に立つ、石と化した太陽の王と王妃。
「お父さん・・・お母さん・・・。」
レナはそっと目を閉じ、呟いた。
そして、その先に存在する黒い球体が薄暗く輝く。
まるで夜空の様に暗く、まるで夜の海の様に深く、視線をジッと留めておくと、いつしか吸い込まれそうになる。
そんな黒い球体の中に一人の青年を見た。
月の明りが薄っすらと球体の中に透けて、青年の黒い髪を照らす。
裸の青年は足を折り曲げ、身体を包み込むように両の手で足を掴み、背中を曲げてじっと俯いていた。
「アレが・・・。」
キリアは、球体の中に見える青年を見て唖然とした。
レナは、そっと青年の入った球体に二、三歩、足を進めて言った。
「アレが魔王よ。そして魔王が入っている球体は・・・・」
「ソルブルーと対を成す宝石、ルナブラック。」
レナの言葉にかぶせる様に、男性の声が部屋中に響いた。
「だ、誰!?」
リノは杖をギュッと握り締めて辺りを見回した。
しかし、人らしい影はどこにも見えない。
唯一つ、それらしいものは・・・
「魔王・・・。」
レナの言葉に全員、魔王の入った球体・ルナブラックを見た。
するとルナブラックの上から、突如人影が生えてきた。
真っ黒な身体に、髪は無く、腰から下はルナブラックと一体となっている。
大きく、不気味に見開いた目と、真っ赤な口が不適に笑う。
「やあ、良く来たね。僕が“魔王”だ、歓迎するよ、勇敢なる戦士たち。」
その言葉を聞き終わる前にコロナが勢い良く飛び出した。
「隙あり!」
コロナはその足で、かく乱する様にジグザグに走り、魔王の真横に回りこんだ。
しかし、ルナブラックの上に生えた魔王の腕が伸び、コロナが反応するよりも早く、コロナを弾いた。
コロナは弾かれた勢いで、地面を転がり、キリア達のところへもどされた。
「大丈夫、コロナ!」
リノがコロナに駆け寄った。
「ああ、大丈夫だ。」
コロナはリノに手伝われて、立ち上がる。
「ハハハ。全く、フレアに似て元気な者だ。
しかし、子供の君たちに僕を止める力は無い。あきらめて、大人しくそこで私が新しい世界を作るところを見届けると良い。」
「新しい世界を作って、どうしようと言うの!」
レナが魔王に問い詰めた。
すると魔王は
「簡単さ、争いを無くすのさ。」と答えた。
「争いを無くす?」
キリアが疑問符を浮かべた。
「そうさ、それが“僕達”の使命だ。」
『僕達?』
四人が声をそろえて、そう言った。
「そうさ。人は僕のことを魔王と呼ぶ、しかしそれは大きな間違いさ・・・。
僕達の本当の呼び名は“渡人(わたりと)”。神が、世界の争いを無くす為に生んだ存在だ。
そして、僕は使命通り争いの無い世界を創る方法を見つけたのだ。」
「世界をつくりかえること・・・。」
キリアが魔王を見てそっと言った。
「そうだ。しかし、ただ単に世界を創り替えても再び争いは起こるだろう。
だから、最も争いのできない世界を創るのさ。
それは、一人の世界・・・。」
「一人の世界?」
レナは、何かを察したのか、嫌な予感を積もらせて魔王に問いかけた。
「そう、全ての生命につき、一つの世界を与える。
私は長い時間、争いを無くす方法を見つける為に世界を見てきた。
そして、私はわかったのだ。一緒にいるからこそ、争いが起きる。
ならば、誰とも交わらなければいい。一人の世界で永遠に夢を見続ければいい。」
魔王の言葉に、全員返す言葉を失う。
しかし、そんな中でキリアが叫んだ。
「そんなの、何の解決にもなってねえよ!一人じゃ、悲しいだけだ!」
そんなキリアに勇気を揺れ動かされたのか、レナもキリアに続いた。
「そうよ!一人の世界なんて馬鹿げているわ!それじゃあ、大好きな人にも会えないじゃない!
何も変わらないじゃない!
確かに人と交われば争いあうこともあるわ。でも、それを踏み越えるからこそ人はさらに深く交われるのよ!」
すると魔王は、額に手を当てて「カッカッカッカ。」と高い笑い声を上げた。
「なるほど、それがお前の答えか。朱日の翼を持つ渡人・レナよ。」
魔王の突然の言葉に、レナは一瞬だけ、時間が止まった。
そして、思ったままの一言をぶつけた。
「どう言うこと!?」
「聞いての通りさ、お前は渡人だ。」
「ま、まさか!レナは太陽の・・・」
キリアがそう叫びかかったが、魔王に言葉をかぶせられた。
「四つの世界の中で唯一、天照姫だけが世界を渡る力を持っていたそうだ。」
魔王の言葉に、レナは返す言葉を失った。
すると、リノが威勢良く言葉を突き返す。
「全くおなじ“力”をもつものは世界に二人といないわ。それは、“力”とは“こころ”だから。」
「だが、力には種類が存在する。水の力、地の力、風の力、火の力、光の力、闇の力。
しかし、別の世界に飛ぶ力を使えるのは・・・・渡人のみだ。」
魔王の笑い声に、レナは負けじと答えた。
「で、でも、私は・・・私は太陽の世界に生まれて、太陽の世界で育った、太陽人よ!」
「カッカッカッカ・・・。
幸せな奴め、真実を知らないことがこれほどまでに幸せとは。」
「なにを言っているの・・・?私はお父さんとお母さんの子供で、太陽人で・・・。」
「もう一つ・・・、渡人の民に受け継がれた伝説がある。
・・・海、陸、太陽、月、四つの世界が光を閉ざそうとする時、二枚の翼が現れん。
青色の翼は空を駆け、世界を一繋ぎにする架け橋となるだろう。
朱色の翼は天高く上り、消え行く世界を照らすだろう・・・
我々、渡人が古くから伝えてきた言葉だ。」
その言葉にそれぞれが、それぞれの人物を思い浮かべた。
レナとキリアの二人を・・・。
それが分かったのか、魔王は薄っすらと舐めるような声で言った。
「その通りだ、レナの朱色の翼とキリアの青い翼。
朱日の翼と蒼天の翼、どちらも渡人である証拠だ。」
「ちがう!俺は真ん中の世界の人間で、俺の父さんも母さんも人間だ!」
キリアが空切るように、否定の意味合いで腕を大きく振った。
魔王はその不気味に、大きく見開いた目に、キリアのソルブルーを写した。
「キリア。お前の持つソルブルーと私の持つルナブラックは、渡人にしか使えない。
それも選ばれた極一部の渡人だけに。
そして、レナ・・・・お前は拾われたのだ。太陽の王・緋陽(ひよう)と太陽の王の妻・赤美(あかび)の二人に・・・。あの戦いの後、赤子だったお前はこの部屋に舞い降りた。
太陽のように輝くお前は二人に拾われ、天照と名付けられ、二人の子供として育てられた。」
魔王のその言葉に、レナは下を向いて大きく首を振った。
「そんなの嘘よ!だって、私は・・・。」
「そうだ!その話がほんとうかどうかなんて分からないだろ!」
コロナが、レナをかばう様に言った。
「信じたくなければ信じなければいい。だが、いつかは分かることだ。
他の者との違いに、そして自分の使命に・・・。」
魔王はそう言うと、黒い腕をそっと黒い球体に伸ばして、そっとルナブラック越しに自分の頬を撫でた。
しかし、ルナブラックに近づけた手は、バチバチと火花を散らし、パンッ!と言う軽い音と共に弾かれる。
「随分と触れるようになった、力が溜まった証拠だ。後、足りないものはソルブルーの光だけ。」
そう言うと、魔王は突如その黒い右腕をキリアに向けた。
すると、腕が勢い良くキリアに向けて伸びた。
キリアは、とっさに横に転がって避けた。しかし、腕はキリアの転がった方向に曲がり、キリアを狙う。
コロナとリノがキリアの前に出て、キリアを狙う右腕を受け止めた。
「大丈夫かキリア!」「大丈夫キリア?」
二人は両の足に力を入れて踏ん張りながら、声を揃えてキリアを心配した。
しかし、二人の踏ん張る足が少しずつ動いた。
「他人の心配をしている暇はないぞ。」
魔王のその一言共に腕が力を増し、コロナとリノを勢いよく押して、その後ろにいたキリアを壁にたたきつけた。
キリアはとっさに、魔王が蒼天の翼と呼んだ空色に輝く翼を出し、クッションのようにして壁にぶつかる衝撃を和らげた。
そこへ朱日の翼と呼んだ朱色に輝く翼を生やしたレナが、真直ぐ伸びた魔王の右腕めがけて飛んだ。
すると魔王の右腕が、レナが触れた箇所を真っ赤にして焼ききれた。
焼ききれた腕は、真っ黒な粘土の様にドサッと床に落ち、腕の断面からまた新しい腕を生やす。
しかし、魔王は腕が焼ききられたことよりも、“二枚の翼”が目の前に現れたことに、目を大きく見開き、驚きの声を上げた。
「おお、これが朱日の翼!これが蒼天の翼!
この力があれば、私は完全な復活を・・・いや、それ以上の力を得ることができる。」
魔王は歓喜に手を震わせてそう言った。
それと同時にルナブラックが、黒く神秘的な光を放つ。
「さあ、共鳴しろ!ソルブルー!そして、二枚の翼よ!」
ソルブルーが、ルナブラックの光に答えるように強い光を放つ。
キリアとレナの翼が、二人の意思に反して大きく開く。
そして、ルナブラックの上に生える真っ黒な人の形をしたものは、ルナブラックの中に沈んで行った。
ルナブラックの中で眠る魔王が顔をあげる。
黒く、鋭い眼でこちらをそっと見た。
そっと、口を開く。
「ハハハハ、やっと復活だ。今度こそ完全な復活だ!」
部屋中にその言葉が響き渡る。
ルナブラックの黒さが濃くなり、少し球が小さくなる。
そして、一瞬、黒い影が部屋中を覆い尽くして消える。
そこにいたのは、黒い髪、黒い瞳、身体を覆う黒い布、首から下がる、金色の円に納められた黒い宝石。
その姿が現れた時、揺れが収まったような気がした。
この感覚を知っている、嵐の前の静けさ。
魔王は、黒い布から生える様に伸ばした一本の細い腕を空高くに向けた。
「散れ、私を制限する壁よ。」
魔王のささやくような言葉と共に、向けられた手の平から黒い球体が表れて天へと上る。
黒い球体は真直ぐ上り、天井にぶつかると、ドンッ!と胸に響く大きな音を立てて破裂した。
すると、天井に大きな真ん丸の穴が開き、消滅した破片は落ちてくることは無かった。
「フハハハハ、私は対に自由を得た。そして力も得た。後は世界を消すだけだ。」
「そうはさせるか!」
キリアが勢い良く、魔王に向かった。
しかし魔王は、キリアを右の腕で掴み、そのまま宙を舞うレナに投げつけた。
判断が遅れたレナは投げつけられたキリアと共に、子供達が入ってきた門に叩きつけられた。
「喜びたまえ、君達は歴史的瞬間を目の前で見ることができるのだ。」
魔王は腕を大きく開き、星が輝く天を仰いだ。
「この空の下に我が永遠なる願いを叶えよう、天高く走るWish starよ・・・。
海、陸、陽、月、そして中心の世界に審門(しんもん)の導きを。
そして、新たなる世界の兆しを・・・。」
その言葉と共に、部屋中に大きなゆれが響き渡った。
地面は裂け、壁には大きなヒビが走る。
天井が崩れ落ち、子供達を分断した。
『リノ!コロナ!』
『キリア!レナ!』
キリアとレナ、リノとコロナ、二人ずつの組に分けるように落ちた天井を隔てて、子供達が互いの名前を叫んだ。しかし、巨大な天井の破片が互いの姿を見えなくさせる。
「どうしよう!リノとコロナが!」
レナが慌ててキリアに言った。
「大丈夫だ、俺たちの力があればがれきをこわせる!」
キリアの言葉に、レナは了解の意味と希望を捨てない意味を込めて、コクリとうなずいた。
その時だった、壁の向こう側から二人の叫び声が聞こえた。
「コロナ!床が割れる!」
「リノ、手を離すな!しっかりつかまってろよ!」
二人の叫びを聞いたキリアは、壁の向こうに叫び掛けた。
「リノ!コロナ!今、助けに行く!」
「キリア!気をつけろ、床がくずれ始めてる!レナを守って・・・」
コロナの声が、消しゴムで消したように、綺麗に消えた。
キリアとレナは、魔王の方をキッと睨みつけた。
「コロナとリノに何をした!」
「世界の消滅が始まった。気をつけるといい、全ての世界がゆがみ、他の世界と繋がり始めている。」
魔王は二人の方を見下ろし、肩から下がった黒い布を大きく揺らした。
「さて、私は最後の仕上げに向かう。君達が本当に私を止めたいと言うのならば止めに来るがいい。
僕は、キリア、君の良く知る場所で世界の創造を行う。僕に勝てるなら、来るがいい。」
すると、魔王の首から下げた黒い宝石・ルナブラックから黒い幕が現れ、包まれるように魔王は消えた。
「まて、魔王!」
その時だった、キリアとレナの足を支える床が粉々に砕け、二人を真っ暗な闇に導いた。
「きゃぁあ!」「うわ!」
二人はバランスを崩し、真逆さまに闇に落ちた。
「キリア!」「レナ!」
お互いがお互いの名前を呼ぶ声が聞こえた。
お互いの手を不安定ながらも、手探りするように、手をバタつかせて探り、ギュッと握った。
翼を動かそうにも動かない。
真っ暗な闇の底に、二人はまっすぐ落ちていく。
すると突然、暗い闇の底から懐かしい風が吹き上げるのを感じた。
「この風は・・・。」
キリアは、真直ぐに闇の底を見つめた。
その先に小さく光る点が一つ。
「レナ、このまま真直ぐ落ちよう。」
「え!?」
「この先は、たぶん別の世界だ。」
「世界が繋がるってこう言うことなのね。」
「ああ、この先は多分・・・・。」
真っ暗な闇より吹き上げる風に身を任せ、キリアとレナはそっと眼を閉じる。
お互いの手をギュッと握り締めて・・・・。
 ザザァ、ザザァ・・・
波を打つ音が聞こえる、潮の香りがする風が少し冷たく吹く、足元が柔らかい。
二人がそっと眼を開けると、そこにはキリアの見慣れた砂浜が広がる。
二人はそこに何事も無いかのように立っていた。
「ココって・・・。」
レナがゆっくりと辺りを見回して言う。
「ココは真ん中の世界・・・。俺の育った海だ。」
キリアはそう言って、ゆっくりと歩き出した。
後ろには大きな岩の壁、足を向ける先には一軒の小屋。
二人は、最初は少しずつ歩いていたが、徐々にその足取りは速くなり、最後には走り出した。
息を切らせて、夢中に走る二人は小屋の前まで走ると、その場で何度も息を切らせて、呼吸を整えた。
二人の小さな手が、小屋の少し古い木の扉に手をかける。
その時だった、ガラッと引き戸が開いた。
二人の目の前に立つのはトルコがそっと言った。
「キリア、レナ、遅かったな。コロナとリノ、そして、レオンとレリーナも待っている。」
トルコに招かれ、二人が小屋の中に入ると、リノとコロナがこちらを向いた。
「レナ!キリア!大丈夫だった!?」
リノが真っ先に声を上げた。
「大丈夫か?」
それに続いて、コロナも二人に心配そうに問いかけた。
「ええ、大丈夫よリノ。」
レナはそう言って、リノの横にそっと座った。
「てか、これどういうことだよ?」
キリアはコロナに聞きながら、ドサッとコロナの横に座った。
目の前には、レオン王があぐらを掻いて腕を組む、その横には、レリーナ王が魚の尾ひれを曲げ、そっと座っている。
「世界と世界のつながりを利用してココに来た。」
レオン王は落ち着いた口調で言った。
「私たちも世界の住人である以上、魔王の行為を止める義務があります。」
レリーナ王は、優しい言葉遣いで言った。
「まあ、二人とも、その話は後だ。まだ、客人がいてな。」
トルコは開いた扉の方を向き、誰かに手招きをした。
「入って来い。」
トルコに招かれて入って来たのは、シエン、オルク、紅羽の三人だった。
「お前達、無事だったようだな。」
とシエンが言うと、キリアが
「お前達も、良く無事だったな!」
キリアが明るい表情でそう言ったので、三人は少し嬉しい気持ちを感じた。
「魔王が復活に向けて、魔王の世界を開放したおかげで紅羽とオルクを助けることができた。」
シエンは子供達に笑いかけ、レオン王の隣に座った。
オルクと紅羽も、黙ってその隣に座る。
全員が狭い小屋の中で座ったのを確認すると、トルコは全員に向かって言った。
「さて、話はココからだ。
皆、それぞれに心に溜まるものもあるかもしれないが、今はそこに留めていてくれ。」
トルコの言葉に全員が頷いた。
「魔王が完全な復活を果たし、世界の崩壊まで時間が無くなった・・・。
魔王はこれから世界を完全に消し去る為に、ある場所へ向かう。」
「ある場所って?」
キリアは立ち上がり、トルコに問いかけた。
「キリア、お前の良く知っている場所だ。」
トルコはそう言って、開いた扉から少し遠く見える岩の壁の方を向いた。
「お前が、“秘密の砂浜”と呼んでいる場所。そして、お前とレナが出会った場所だ・・・。」
「どうして、あそこに?」
レナが座ったまま、トルコを見上げて問いかけた。
「あそこはただの砂浜じゃない。あの砂浜は全てが始まる場所と言われている。
キリアは偶然あそこを見つけ、偶然あそこでレナに出会ったと思っているだろうが、それは違う。
レナも、キリアも、あそこに惹かれて出会ったんだ。そして、俺とリリーナも。
あの場所は世界を生み出し、四つの世界を創り、そして今、終わりを告げようとしている。」
するとレオン王が立ち上がり
「私は今一度、牙を剥こう。」
レリーナ王もフッと立ち上がる動作と共に、魚の尾を伸ばして浮き上がった。
「私も少し位、役に立ちましょう。」
すると、オルクと紅羽が立ち上がる。
「俺達はキリアとレナに命を拾われた、断る理由が無い。」
紅羽は、オルクの言葉にコクリとうなずいた。
「と、言う訳だ。俺も手伝わせてもらうぜ。」
シエンも立ち上がり、ニッと笑って言った。
子供達は、大人達の言葉に立ち上がる。
「さあ、行こうぜ。」
キリアの言葉に、レナも、リノも、コロナも、コクリとうなずいた。
「キリア、ちょっと待ってろ。」
するとトルコは、小屋の奥の部屋に入り、何かを持って出てきた。
水晶のように透明な刀身に、金色に輝く唾。
柄の先端についた二枚の赤と青の布がだらりとぶら下がっていた。
トルコは、キリアには大きすぎる剣を、キリアにそっと持たせる。
すると、剣が蒼い光を放ち、キリアに丁度よい長さになった。
「これって・・・。」
キリアが驚きながらトルコに聞くと、トルコは
「神剣だ、今のお前になら使えるだろう。」と、そっと微笑んだ。
その時、キリアは思い出したかのようにトルコに言った。
「なぁ、親父。この戦いがおわったら、皆でこの家でいっしょに暮らしてもいいか?」
キリアの言葉に、トルコ、レリーナ王、レオン王、は顔を見合わせてコクリとうなずいた。
「まあ、お前のことだから言うと思ってた。」
トルコは、キリアの髪をクシャクシャッと少し乱暴に撫でて言った。
「ハッハッハ、やはり親子だな。」
「トルコと同じことを言うのだから。」
レオン王とレリーナ王は、少し懐かしみのこもった笑いで言った。
「ああ、無事に終わったらな。」
トルコは優しくキリアに言う。
キリアはコクリとうなずき、“秘密の海岸”の方を向き
「よし、行こう!」と、威勢良く歩き始めた。
柔らかい砂浜がいつもより長く感じられる。
普段より、音が静かに聞こえる。
嵐の前の静けさと言うものは、きっと、心の覚悟の時間なのだろう
子供達は、そういった思いを頭の中で響かせた。
大きな岩場が見える頃、子供達は緊張の先に存在する静けさと、何でもなさに少し安心した。
「さあ、この先だ。」
トルコがそう言って、岩場に足を近づけた。
すると、紫色の壁のようなものが一瞬表れ、トルコが勢いよく後ろに弾かれた。
「ココから先は・・・、選ばれた四人だけが行くことができる。」
魔王の声が、辺りに響き渡った。
その言葉を理解したのか、大人達は足を止めた。
「そうか、忘れていたな。」
レオン王は腕を組み、そっと言った。
「これは、子供達の戦い。せめて、手助けと思いましたが・・・。」
レリーナ王は、残念そうな顔で子供達を見た。
「選ばれたものか・・・。どうやら、この世界を左右するのはお前達のようだ。」
トルコが子供達にそう言うと、子供達はコクリとうなずき、岩場に足を進めた。
紫の壁に四人の体がそっと、飲み込まれていく。
小さな波紋を残して。
そして、大人たちに少しの不安と、少しの希望を残して。



















 大きな岩が立ち並ぶ岩場を、岩を避けながら進み、大きな壁と一つの小さな穴の前に立つ。
子供達は、頭を少し下げ岩の穴を抜けた。
青白い月が黒い海にユラユラと映る。
空に浮かぶ星達に照らされて、砂浜の上に一人の男が立つ。
黒い髪に、黒い瞳、黒い布をまとう青年。
夜の闇に溶け込みそうなその姿は、月の光を受けてその姿をはっきりと現した。
「魔王・・・。」
キリアはキッと眉を吊り上げてささやくように言った。
魔王はそっと、こちらを向き
「良く来たね、待っていた。勇敢なる戦士達よ。」と、子供達に笑いかけた。
ゆっくりと子供達の方を向き、両の手を広げた。
「最後の審判がやって来たのだ。僕が正しいか、君達が正しいか。」
広げた両手の後ろに大きな光が現れる。
魔王の背中に青白い翼、その下に朱色の翼が勢いよく生えた。
「それは!私とキリアの翼!」
「どういうことなの?どうして、あいつが・・・。」
リノとレナの言葉に、魔王はそっと、首から下げられたルナブラックを見せた。
「ソルブルーが空の青さならば、ルナブラックは深海の暗さだ。
ソルブルーの力が輝くことならば、ルナブラックの力は映すことだ。
君達二人の力を、映させてもらったよ。」
その言葉と共に魔王は、羽のようにフワッと浮き上がった。
月を覆うほどに広げられた四枚の翼、夜の暗さにも負けないほどの黒い髪、深海の深さにも負けない程の黒い瞳、そして冷たい空気。
「さあ、かかって来るがいい。」
魔王のその言葉と共に地面が大きく揺れた。
「きゃあ!何?何が起こっているの?」
リノは近くにいたレナにもたれかかって、あたりをキョロキョロと見回した。
「リノ、乗れ!」
コロナが、ヒョイとリノを持ち上げて背中に乗せた。
「世界消滅が始まった。止めるには私を倒すこと、方法はそれだけだ。」
魔王の不敵な笑いが夜空に、海に、大地に響き渡る。
「させるか!」
コロナは揺れる地面の上を強く踏みしめ、勢い良く魔王のほうへ飛んだ。
すると魔王は、コロナの方に右手を向けた。
大きく開かれた手の平、指と指の隙間から見えた魔王の瞳の中心が金色に輝く。
パンッ!
高い、乾いた音がした。
コロナの額に何かが当たり、空中で体が後ろに傾いた。
「コロナ、危ない!」
リノはコロナの背につかまりながら叫んだ。
コロナはとっさに体制を立て直し、砂浜にドサッと着地した。
「大丈夫か、コロナ?」
キリアとレナがかけよった。
「ああ、ちょっと痛かったけど、何とも無い。」
「コロナだめよ、何も考えずに飛び込んでも、魔王には勝てないわ。」
レナは、そっとコロナを諭した。
「でも、急がないと世界が・・・。」
リノが不安そうに言うと、キリアが魔王の方へ飛び出した。
その小さな背には空色に輝く翼、手に強く握られているのは神剣、首から下げられたソルブルーが空色の光を放ち、強く輝く。
「世界は壊させない。」
キリアは、キッと魔王を睨んだ。
「ほう、鋭い眼ができるじゃないか。怒った時のトルコそっくりだ。」
魔王は、目をそっと細めてキリアを見た。
右手の手の平に黒い球が現れ、それは、一本の長細い真っ黒な剣になる。
キリアは翼を大きく羽ばたかせ、魔王の下へ飛んだ。
透明の刀身を大きく振りかぶり、魔王を真上から斬り付ける。
キンッ!と金属と金属のぶつかる音が響き、神剣が魔王の剣に弾かれる。
剣を弾かれて後ろによろけるキリアに、魔王の容赦の無い一撃が襲い掛かる。
真横に振られた剣は、黒い弧を描いてキリアに真直ぐ刃を向ける。
「キリア!」
レナの言葉と共に朱色の一線が走り、キリアの姿が消えた。
魔王は振り切った剣先を少し見つめ、そして上を向いた。
空高くに輝く星たちに混じり、キリアとレナは魔王の頭上を飛んでいた。
黒い剣を構え直し、頭上を飛ぶ二人に向けて、黒く光る矛先を向ける。
四枚の翼が煌々と輝き、真っ黒に光るルナブラックに点々と無数の光が小さく輝く。
まるで、夜空のように輝くルナブラックの光に、その場にいた全員が目を惹かれた。
その光に呼応するように、黒い剣もまた、点々と小さな輝きを無数に見せた。
「キリア、レナ、これがルナブラックの力だ。受け取れ。」
細めた目の奥に光る小さな金色、激しく荒れる波は強さを増す。
黒い剣先が、宙を浮く二人に真直ぐ伸び、襲い掛かる。
たった一瞬の動作、それが一分にも十分にも一時間にも、長く感じられた。
身体をそらす暇も無い、体が重い石の様になって動かない。
キリアはとっさに神剣の側面を盾にした。
ギンッ!と、高い音が響き渡る。
魔王の手の中より伸びる、黒い切っ先が突き立てられ、透明の刀身がカタカタと小刻みに震える。
キリアは両の腕に目一杯に力を込め、翼を大きく開いた。
青白い光がキリアの腕を包み、その光は神剣の刀身に流れ込む。
鮮やかに輝く刀身が、黒い切っ先をグッと押した。
レナの手が、そっとキリアの剣を握る手に重なる。
キリアが横を振り向くと、レナが朱色の翼を輝かせてコクリとうなずいた。
「キリア、大丈夫。力を合わせれば。」
「ああ、力を合わせれば大丈夫だ。」
二人のうなずきと共に、力に強い力が込められた。
青白い光の刀身を朱色の光が模様を描くように流れる。
二人は、黒い刀身を勢いよく押し返した。
次の瞬間、魔王の黒い切っ先が弾かれ、黒い刀身が元の長さに戻る。
キリアは両の手で剣を握り、魔王に真直ぐ突っ込んだ。
魔王は弾かれた剣をとっさに持ち直し、剣をキリアの方へ大きく振った。
が、腕が何者かに引かれ、振り切るはずの剣が止まった。
「誰だ!」
とっさに右腕を見ると、薄紅色の羽衣が巻きつき、腕を後ろに引っ張っている。
その先にはリノが、そして、真横に引かれた羽衣にコロナが乗りかかっている。
羽衣は弓の弦のように後ろに少し沈み、そして、反動で沈んだ羽衣がピンと張られた。
コロナは矢のように勢い良く魔王に真直ぐに飛び出した。
2方向からの攻撃に魔王は、目をキッと釣りあがらせた。
「ふざけるな、人の分際で、王に歯向かう気か!」
途端、四枚の翼が大きく開き、黒い煙が魔王を中心に球状に広がる。
その黒い霧に、コロナとキリアは弾かれた。
レナは、飛ばされたキリアに飛びつき、地面に真直ぐ飛ばされるキリアを拾い上げた。
リノは杖を構えて大きな水の球を作り、水の球でコロナを受け止めた。
レナはキリアを離すと、魔王に両の手を向けた。
リノはコロナが無事なのを確認すると、杖を魔王に向けた。
両の手から放たれる光の一線、杖から放たれるのは大きな水の一線。
二つの線が魔王をに襲い掛かった。
「王に歯向かうなと言っているのだ!」
魔王の姿を四枚の翼が包み込み、二つの線を弾いた。
そこへ、キリアが神剣を構えて飛び込んだ。
それに続くように、コロナが魔王に飛び込んだ。
魔王はそんな二人に、怒りの表情で叫んだ。
「愚か者めが!貴様らには不可能だ!」
四枚の翼から放たれる強い光が、二人を強く弾く。
「ハハハハハ、そら見ろ。貴様らでは私には到底太刀打ちできない。」
砂浜に叩きつけられた二人を見下ろし、魔王は少しの焦りを表情に浮かべながら言った。
するとキリアは、ゆっくりと立ち上がる。
「立ち向かえなくてもいい、不可能でもいい。」
「愚か者が!命を失えばそんなものは無駄になると言うのに・・・」
魔王の言葉に、レナがそっと言葉を被せた。
「無駄だと分かっていても、命を失うと分かっていても、絶対に負けられない。」
「そうよ!だって、ココで負けたら命を失うことよりも悲しいことが待っているもん。」
リノの言葉に、コロナが立ち上がった。
「独りほど悲しいことは無い、大切な人と二度と会えないほど悲しいものは無い、それが分かってるから戦うんだよ。」
コロナはその言葉と共に、キッと魔王をにらみつけた。
キリアは神剣をもう一度構えて、魔王に飛び掛った。
レナも、翼で大きく羽ばたき、魔王に向かう。
コロナもリノを背負い、魔王に勢い良く飛んだ。
「何故、私の高尚な考えが理解できん!」
魔王は、翼で自分を包み込み、そして全員を弾くように翼を広げた。
キリアも、レナも、コロナも、その勢いで後ろに弾かれた。
しかし、リノだけは違った。
コロナの背中から勢いよく飛び出し、魔王の右腕に飛びついた。
「私の腕を掴むなど、不届き者が!」
魔王は勢い良く腕を振り、リノを海に放り込んだ。
高波の荒れ狂う海に水柱を立てたリノは、とっさに人魚の姿に戻り、薄紅色の羽衣を魔王に伸ばした。
それと同時に、三人は魔王に飛び掛かる。
「不可能だと言っているのだ!」
魔王のその叫びに大気が大きく揺れた。
強い力に三人は押され、レナは真上に、コロナは地面に、キリアは真横に、バラバラに弾かれた。
リノの薄紅色の羽衣は先端が散り散りになり、糸の切れたようにパサリと海に落ちた。
「ソルブルーと同等の力を持つルナブラックを持ち、蒼天の翼と朱日の翼を持ち、渡人の王となり。
これ以上、何が足りないと言うのだ。何を手に入れればお前達は屈するのだ!」
コロナが一人、宙を浮く魔王に飛び掛って言った。
「何があっても俺達はくっしない。お前にくっしたら、それこそ不幸だからな。」
「う、うるさい!調子に乗るな!」
魔王は、右腕でコロナの右足を掴み、勢い良く海に放り投げた。
ザボン!と大きな音と水柱を立てて荒波の中に真直ぐ飛ばされる。
「コロナ!」
リノは荒れ狂う波の中に勢いよく身体を沈め、その尾ひれを上下させた。
冷たく頬を撫でる海流を真直ぐと力強く駆け抜け、コロナの姿を探す。
すると、打ち付ける濁った海流の中に黒い物体をかすかに見た。
リノは、真直ぐその姿を追いかけた。
「コロナ、絶対に離さないから!」
リノは強い想いと共に、押し付ける海流の壁を押しのけて、その右腕を掴んだ。
黒い毛が濡れて少し重い。
引き寄せてその姿を確認すると、リノはコロナを離さないように抱きしめて、勢いよく海面に出た。
「ゲホッ!ゲホッ!」
コロナは海面に出ると同時に、大きくせきをして水を吐いた。
「大丈夫コロナ?」
リノが心配そうにコロナの背中をさすりながら問いかけると、コロナは
「ああ、大丈夫だ。ありがとう助かったぜ。」と、笑いかけた。
「ううん、私だっていっぱい助けてもらったもん。お返しよ。」
リノはそう言って、近くの岩まで泳ぎ、コロナを岩の上に乗せた。
そして、人間の姿になり、コロナの背中に乗りかかった。
その様子を見てひと安心したキリアとレナは、翼を大きく羽ばたかせて、再び魔王に向かった。
朱色の一線と空色の一線が挟み込むように、魔王に向かって飛んだ。
「俺達はまだまだ諦めない!まだ戦える!」
「何故だ!何故諦めん!」
魔王は黒い剣を大きく振り、キリアの神剣を弾いて叫んだ。
「何故諦めないかですって?大切な人がいるからよ!」
「大切な人だと?」
魔王は、飛び掛るレナを左腕でいなしながら問いかけた。
「そうだ、俺達は失う悲しみを知っている!そして、仲間の大切さを知っている!」
「一緒に戦う仲間、わたし達の帰りを待つ人、渡した違いなくなれば悲しむ人達がいる・・・」
「だから俺達は諦めない!」
二人はその一言と共に、魔王の前に姿を現した。
力強く構えた神剣を二人で握り、魔王の方に向ける。
そして、朱色の光と空色の光に包まれた。
二人は真直ぐ魔王に突っ込んだ。
『大切な人といるから絶対に負けない!』
声を揃えて振り下ろした真剣は、魔王の黒い剣を砕いた。
粉々に砕けた魔王の剣、輝きを増す神剣。
魔王は、ギッと奥歯を噛み締めて怒り、叫んだ。
「それがどうした!」
魔王は猛る叫びを空高くに響かせて、四枚の翼を煌々と開いた。
青白い光と朱色の光が広がり、二人は吹き飛ばされた。
二人は真直ぐ砂浜に突っ込み、大きな砂の柱を巻き上げる。
空を見上げると、黒い炎のようなもに包まれる魔王の姿が見えた。
二人はヨロヨロと弱々しく立ち上がり、グッと足に力を込めて剣を構えた。
そこへ、リノを背負ったコロナも戻ってきた。
「何故諦めない!何故屈しない!何故逃げない!何故恐怖しない!何故・・・仲間を信じて戦える!
何故だ!答えろ!何故そこまで強い!」
張り上げる魔王の声に、キリアは強気な笑いを見せて答えた。
「俺達は独りじゃどうしようもなく弱い。独りじゃ戦えないし、独りじゃ勇気も出ない。
みんな独りじゃ臆病だ!でも、お互いがお互いを支えあうからどんなに弱くてちっぽけでも強くなれる。どんなに臆病でも勇敢になれる!」
「黙れ!仲間などという者がいるから傷つけ合い、失い、悲しみ、辛い思いをするのだ!」
「それは違うわ。」
レナは、自分の胸に両の手を、そっとのせて言った。
「確かに、仲間と喧嘩して傷つけ合っても、仲直りして、強く中を結ぶの。
失って悲しんでも、それを思い出にしまって、それを聞いてくれる人を探すことで新しい道が見えるの。
だから、決して悪いことばかりじゃないわ。」
「そうよ、レナの言う通りなんだから!
レナに扉を開いてもらって、キリアに護られて、コロナに背負われて・・・・。
いっぱい大切な人がいるこの世界が大好きだから、そんな皆が好きだから。
世界を失いたくない!」
「キリアも、レナも、リノも、俺の仲間はこの世界が好きで、この世界の人が好きだ。
その大好きな世界がなくなったら、みんな悲しむから、俺は退けない!」
キリアは、魔王に神剣の切っ先を向けた。
「みんな、俺に力をかしてくれ。」
「ええ、わたし達の力を合わせれば魔王を止められる。」
レナは、そう言ってキリアの横に立ち、神剣を握るキリアの手に、そっと触れた。
「みんなで護ろう、この世界を。」
リノはコロナの背中から降り、ニコリと笑いかけて、レナの手の上に手を乗せた。
「ココまできたら絶対に護ろうぜ、この世界を。」
コロナは全員に笑いかけて、リノの手の上に手を乗せた。
全員で真剣を握り、空高く振り上げた。
振り上げられた神剣は白く輝く。
徐々に光が強くなって天高くに昇り、巨大な刀身となった。
その光に魔王は、目を大きく見開き、両の手を刀身に向けた。
「さあ、遊びは終わりだ!そして、世界は新たな姿に生まれ変わる!」
「そうはさせない!」
キリアの叫びと共に、子供達は光り輝く刀身を振り下ろした
魔王の両の手から、巨大な黒い一線が放たれた。
白い光と黒い一線、二つがぶつかり合い、大地の揺れをさらに大きくさせた。
ギリギリとせめぎ合う二つの力。
黒い塵と白い光を巻き上げ、お互いの力がお互いに押し合うのを感じる。
「世界は渡さない!」
キリアのその叫びに呼応するように、海の彼方から日が昇る。
白い光が黒い一線を砕いた。
そして振り下ろされる光、辺り一面が光に包まれる。
大地の揺れが止み、海の荒れも止まり、世界の果てから光が差し込む。
止んだ光の中には、ただ、いつもの砂浜があるだけだった。
子供達はしばらく、波の音と、冷たい朝の風と、差し込む朝日を感じた。
そして、キリアが言葉を発した。
「勝った・・・。勝ったよ、俺達!」
キリアは、神剣を握る仲間に向かって叫んだ。
子供たちの心の中に嬉しさが充満し、体の底から熱くなるのを感じた。
そして、全員が笑顔を見せた。
その時だった、海から独りの男が現れた。
ヨロヨロとふらついた足取りで歩く魔王の姿。
「まだだ、まだ私は負けていない!」
全員の表情がこわばった。
魔王の叫びと共に、ルナブラックから黒い幕が現れて、魔王の姿を包み込んだ。
巨大な身体に、それを覆う黒い体毛、巨大な角、大きな牙、狼の顔、真っ黒な翼が羽ばたく。
「こんな世界は、こんな世界は要らない!」
低く冷たい声が響き渡る。
「壊してやる、壊してやる、何もかも!」
魔王の咆哮とも言える叫びに、大地が揺れ、黒い幕が空を覆う。
「そんな、まだあんな力が残っていたなんて・・・。」
リノはその姿に恐怖し、後ろに一歩下がって呟いた。
「あんなの、どうしたら・・・俺たちにもう、戦う力は・・・」
コロナがそう言って、しりもちをついた。
その時だった、絶望するキリア、リノ、コロナの間を朱色の光りが通り抜けた。
「レナ!」
飛び出したレナに、キリアが叫んだ。
レナは魔王の懐に飛び込む。
そっと触れる、レナの両の手の平から暖かい何かが流れ込む。
魔王の身体は光に包まれ、魔王は、その暖かさに体が動かなくなるのを感じた。
「何をする!離せ!離せ!」
「ごめんなさい、魔王・・・。そして・・・」
レナは、そっと後ろを向いて言った。
「リノ、ありがとう。私を励ましてくれて、すごく、すごく、嬉しかった。
コロナ、ありがとう。私を助けてくれ、とっても、とっても、嬉しかった
そしてキリア、ありがとう。友達になってくれて、大事な人になってくれて。
いっぱい、いっぱい、ありがとう。」
レナの薄く桃色になる頬に一筋の涙が流れる。
「な、なに言ってるんだレナ。」
キリアはとっさに、レナに駆け寄ろうとしたが、
「ダメ!来てはダメよ、キリア!」と、レナに叫ばれ、足を止めた。
「あなたは世界を繋ぐ翼。私は世界に光をもたらす翼。
あなたは生きて、世界を繋がなければいけない。
私は命を燃やして、世界に光をもたらさなければならないの。」
その言葉に、子供たちに衝撃が走った。
「ま、待ってよレナ!」
「一緒に暮らすんじゃなかったのかよ!キリアとリノと俺と一緒に暮らすんじゃなかったのかよ!」
「私を置いてかないでよレナ!」
「ごめんなさい、あなた達を、世界を、護るにはこれしかないの。」
朱色の翼が光を増す。
「待てよ、レナ!どうしてだよ!」
キリアが、叫んだ。
「お前だけいつも、大人みたいなこと言って!いつも自分が危険な目にあって、それで最期は自分だけかよ!そんなの・・・、そんなのおかしいだろ!」
キリアの頬を一筋の涙が伝う。
そんなキリアに、レナは涙を伝わせながら微笑んだ。
「ありがとう、キリア。ありがとう、リノ。ありがとう、コロナ。嬉しかったよ、皆の大切な人になれて、凄く嬉しかった。」
レナが光に包まれていく。
「泣かないでキリア、私がいなくても、リノもコロナもいるから。」
「どうしてよ!どうして行っちゃうのよレナ!」
「お前がいなくなったら・・・、悲しいだろうが!」
「レナ、何でだよ!待ってくれよレナ!」
「ありがとう、キリア・・・」
その言葉と共に、魔王とレナは朱色の光に包まれ、空高くに上った。
空を上る一筋の光は黒い幕を払い、空の彼方に消えていった。
「レナァァ!!」
キリアはその場に泣き崩れる。
リノも、コロナも、涙を流して、もう何も言わない。
すると、リノとコロナの姿が少しずつ薄れていく。
「こ、これは・・・」
コロナが、自分の姿を見て驚いた。
「多分、全てが終わったから・・・」
流れる涙を拭きながらリノは言った。
「私たちに与えられた世界に帰る・・・。」
「それじゃあ、お別れか・・・。」
泣き崩れるキリアに向かってコロナは言う。
「キリア、俺達は俺達の世界に帰る。
だけど絶対に迎えに来い!俺たちは待っているから、迎えに来い。」
リノは涙を流しながら微笑み
「キリア!絶対だよ、待ってるから。絶対迎えに来てよ!」
二人はその言葉を残し、フッと消えていった。
青い空、真っ白な夜明け、白い砂浜、青い波。
一つの悲しみを残して、少年たちの冒険は終わった・・・











 青い海、青い空、白い砂浜、静かな波打ち際。
あの戦いから数日が経つ。
金色の髪の少年は、じっと海を見つめていた。
首から下げられた青い宝石をそっと撫でながら涙を流して呟いた。
「レナ・・・、何でだよ、何でだよ・・・。」
少年の言葉は虚しく、潮騒に消えていく。
しばらくして少年は立ち上がり、海に向かった。
大きく息を吸って叫ぶ。
「レナァァァ!!
レナの嘘つき〜!!一緒に!一緒に暮らすって約束しただろ!
帰って来いよ!何でなんだよ!」
海の向こうに響いて消える。
風がビュッと吹いた。
波はまた、虚しく打ち付ける。
その時だった、キリアの目の前に一つの強い光が現れた。
キリアと同じぐらいの大きさの光は、強い光を放ち、キリアの目をくらませた。
するとその光の中から声が聞こえた。
女の子の声、沢山聞いた声、絶対に忘れない声・・・
「キリア、ごめんね。でも、私は約束したから。絶対に約束を守るから・・・」
光が徐々に止み、声の主の姿があらわになっていく。
キリアはそっと顔を上げた。
驚きと喜びが交じり合って少し間抜けな表情になった。
そこから現れたのはレナ。
レナはそっとキリアの手を取り
「さあ、リノとコロナを迎えに行こう。」と微笑んだ。
「ああ、一緒に行こうぜ。」
2人の微笑を太陽が照らす。
空が青くて、海が青くて、皆が一緒で、太陽が輝いて・・・
その瞬間、少年と少女は初めて大事な宝を手に入れた。

―終わり―


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