『序章・世界の始まり』 その昔、この世界には陸も海も、昼も夜もありませんでした しかし、そこへ陸の民、海の民、太陽の民、月の民が現れました そしてこの世界の上に 陸を作り 海を作り 月を作り 太陽を作りました。 ある日、彼らは争いを始めました。 その様子を天から見ていた神々は怒り。 海の民を海の世界へ、陸の民を陸の世界へ分け そして、太陽の民は太陽に月の民は月へと封じられました。 太陽と月、二つの力がぶつかり合えないように “昼”と“夜”にそれぞれの存在場所を分けたのです。 その後、地上には動物が生まれ、人間が生まれました。 しかし、人間は知能を持ち、感情を持ち始めました そして、次第に“憎しみ”や“怒り”の心を持つようになり その感情から漏れ出す力を蓄えていた者がいました。 ある時、“それ”は完全な力を得る前に太陽の王の力により封印されました。 しかし、人間達はそんなことはまったく知りません。 それから数年の時が流れました・・・ その力が復活する時 子供たちの壮大で、とてもワクワクして、そしてとても悲しいお話が始まります 『SECRET BLUE』
 静かな海岸で波の音が静かにザザァ、ザザァ、と歌う。 海の運ぶ心地の良い風は、浜辺で遊ぶ少年の頬を撫でる。 潮の香りは今日も変わらず。 少年の元気な一日の始まりを告げる、そしてとても長い一日も・・・ 浜辺には金色の髪をした、少し背が低い八歳ほどの少年が着慣れた半袖に翠のワンポイントの服に半ズボンと言った、あまり裕福ではなさそうな服装で立っていた。 「よし、よし、今日もいい子だ。」 少年の周りには沢山の海鳥がいる。 布袋に入った木の実を砕いた餌を投げると鳥達は喜んでそれを食べる。 少年が朝の日差しとさわやかな風を受けて輝く宝石のような笑顔を鳥達に見せると 鳥達は次第に少年の元へ集まってきた。 が、少年はすぐに父親と思われる体つきのいい男に呼ばれた。 少年はそのとき、鳥達が異変を察知していることには気づきもしなかった。 空の異変、大地の異変、海の異変・・・・ 鳥達はその異変に少しずつ気づき始めていた。 少年が朝食を終えて父親に暇をもらい、走って鳥達の元へ向かうと、鳥達はある方向を向いて鳴き声をあげている。 鳥達の視線の先には、東の岩場のさらに奥の『秘密の砂浜』がある。 他の鳥達がそこに集まっているのが目に付いた。白い色に青い色の鳥達が岩場に次々と集まっていく。 そして、少年の所にいた鳥達も『秘密の砂場』方へと飛んでいった。 「あ、待てよ。」 少年も鳥達の後を走って追った。 少年のいた位置からは岩が多く、その上一番奥には大きな岩に穴の開いた、トンネルがあるので普通は大きな岩の壁があるだけに見えるわけで、そこは少年しか知らない。 だから、少年はその場所のことを『秘密の砂浜』と呼んでいた。 少年は岩と岩の間を、子供ならではの身のこなしでどんどん進んでいく。 どの岩も少年ほどの大きさがあり、その岩を次々と避けて走る。 すると今度は、大人が入るには少し小さいトンネルが目の前に現れた。 小さな口を開ける岩の壁は、見上げると空に届きそうな大きさにいつもは見とれる少年も、今はそれどころではなかった。 トンネルと言っても長くはなく、二、三歩、足を進めれば向こう側につながる。 ただ、少年としてはコレほどワクワクすることは無い。 ここを境に、秘密の世界に行けるのだ、こんなにワクワクしてドキドキすることはあるでしょうか? コレが少年の冒険の第一歩なのであって、これから始まる冒険への入り口だった。 少年が空を見上げると鳥達が、世界の境目を飛び越えて、その先へと飛んだ。 トンネルの向こうを除き見ると、何かの周りに鳥達が集まり、鳴いている。 色々な鳴き声が交じり合い、奇妙な音ともうるさいともとらえる事ができた。 が、少年には鳥達の鳴き声は『しっかり』とか『大丈夫?』『誰か来て〜。』と言った風に聞こえた。 少年は、好奇心か、それとも導かれたのか、トンネルをくぐり『秘密の砂浜』へ入る。 少年がトンネルをくぐると、鳥達は少年を導くかのように道を開け、『助けてあげて』と鳴いた。 鳥達の開けた道の先には人が倒れている。 それは少年と同じ年頃の少女、少年のいる国では珍しい黒い髪を長く伸ばし、その先を蒼い宝石の付いた髪留め、赤いハイビスカスの模様が幾つかついた袖無しのワンピースを着た少女が砂浜の上にうつぶせに倒れていた。 少女の左手は開いていたが、右手は何かを握っていたようだった。 「おい、大丈夫か?」 少年は少女のもとに駆け寄り、少女の身を揺すった。 すると少女はピクリと左手の指を動かした。 「う・・・・ん〜・・・。」 「大丈夫か?」 その時だった、少女はムクリと起き上がった。 少年のおかげか、それとも始めからそれほどの事態でもなかったのか、少女は紅い大きな目をゆっくりと開けた。その顔は皇女のような気品を出す。 少女はゆっくりと辺りを見回した。 「ここは・・・・。」 「お、気が付いたか?ここは『秘密の砂浜』だ。」 「『秘密の砂浜』?そんな地名聞いたこと無いわ。」 少女は身体の砂を払いながら、少年に聞いた。 「そりゃそうだろ、俺がつけた名前だからな。そんなことより大丈夫か?どこから来たんだ?お前誰?」 少年はズイッと顔を近づけて数々の質問を一度に飛ばした、しかし、少女は少し悩み。 「君には関係ないよ。私は用事があるの、助けてくれたことは感謝するわ。じゃあね。」 あっけない答と共に歩き出した。 「あ、ちょっと待てよ!」 少年はそう言って、少女の右手を掴んだ。 その時だった、少女の右手に握られた何かが強く、水色の光を発した。 「うわっ!?」 「え!?」 2人は同時に叫んだ。 光は秘密の浜辺一帯を強く照らし、徐々に光は弱くなり、消えた。 「まさか、この子が・・・」 少女は少年に気づかないような小声でつぶやいた。 その一瞬の出来事に少年は驚いたが、すぐに次の言葉が飛び出た。 「すっげえな、それ何なんだ?見せてくれよ!」 少年は唐突に少女に詰め寄ってそう言ったせいか、少女は目を丸くして首を縦に振るしかできず 少女は、握り締めた右手を開き、右手の中の不思議なものを見せた。 てのひらの中から出てきたのは、透き通る水色の宝石。 一見アクアマリンのようだけども、それとは違う輝きがあり、じっと見つめていると海に飛び込むような気分になり、しばらくの間見とれてしまう。 「コレなんて言う石?綺麗な石だな。」 宝石は少年の心を奪い、少年の目を釘付けにした。 「この石、まるで海みたいだ・・・」 少年は宝石を手に取り、太陽を透かしてみた。 光が中を通り、水色の光が瞳に飛び込む。 それは、海の中から見上げた太陽のように、さわやかで、その光が海の波のようで何ともいえない。 しかし、不満なのは少女の方である。 「ちょっと、さっきから石、石って言うけどね!コレは石じゃなくて宝石よ!ほ・う・せ・き!」 少女は少年を指でつつくように指差して、言い寄った。 「宝石よ宝石、石とは違う宝石なの!ほ・う・せ・き!宝石よ!」 少女が宝石を連呼するので少年の方は完全にひいていた。 しかし、この少年の言葉に少女は目を丸くする。 「あのさ、ほうせきって何だ?石の仲間か?」 「え!?あんた宝石を知らないの!?」 「知らないと駄目なものなのか?」 「駄目じゃないけど、知らない人がいたのにびっくりしただけよ。」 「で、コレ何なんだ?」 少年はまた、宝石を覗いて聞いた。 「コレはね、“ソルブルー”って言う宝石なの。」 少女は自慢げに話し始めた。 「この、ソルブルーは世界を救う宝石なの。」 「世界を救う?そんな石でか?」 「石じゃないってば、宝石よ、ほ・う・せ・き!何回も言わせないで!」 「で、この石で世界を救えるのか?」 少女は諦めたのかガクッと肩を落してため息をついた。 「もう、石でいいわ・・・。 で、この“宝石”はね、闇を払い、世界に光を与える力を持つの。」 「ふ〜ん、でも、今、別に世界の危機も何も無いぞ。」 少年はあっさりと言ったが、少女はやれやれと首を振った。 「コレだから、人間は・・・・。 いい?今、この世界は人間が支配しているわ。でもね・・・」 「ソルブルー、見いつけた。」 少女のその言葉に覆い被せるように、誰かが言った。 その言葉は低く、冷たく、絡みつくように嫌な声で発せられ、その言葉に2人は、辺りを見回した。 「だ、だれ?」 「ここだよ、ここ・・・ヒャッヒャッヒャ。」 薄気味悪い笑い声が砂浜に響いた。 その声に鳥達はバサバサと羽音をたてて飛び立っていった。 「・・・下だ!」 少年が下を見てそう言うと、2人の足元が盛り上がり、中から何かが飛び出した。 少年は、盛り上がった砂のせいで後ろに2、3回転がり、砂浜の上にうつぶせに倒れた。 少女も転がり、仰向けに倒れた。2人とも別々の方向に転がった。 そんな2人の間に現れたのは、大きなさそりのしっぽに大きなはさみの形をした武器のようなものを両手に持った、背の高い、紫の髪の大人の男性だった。 その目は薩摩色の瞳に目立つ大きくとがっており、青白い顔は男をいっそう不気味に見せた。 更に、奇妙なことに下半身はサソリの持つ鎧の様な造りに人の足を2本持っていた。 さそり男は目をグルリと回して二人を見た。 「ソルブルーを持つのは女の子だったよ・・・な。」 2人を見比べていたその目は少女の方をむいて止まった。 「君がソルブルーを持っているのか・・・、君には悪いけどそれは僕がもらうよ。ヒャッヒャッヒャ。」 男は薄気味悪い笑いと共に腰を低く構え、しっぽを2、3度、ブンッブンッと振ると、自分の顔の横に添え、威嚇する虫のように両手に持ったさそりのはさみを高く上げて構えた。 少女はその姿におびえたのか、少し後ずさりをした。 しかし、その後ずさりにあわせてさそりの男もゆっくりと少女に近づいた。 「さあ、ソルブルーを出しな、出せば悪いようにしないよ。」 そう言って、また一歩少女に近寄った。 少女は後ろに下がりながらその言葉に質問をのせた。 「出さなかったら?」 震える目でさそりの男に質問をすると、さそりの男はグッと少女に顔を近づけて目をギラリとさせて 「すごく痛い目にあうよ。」と、冷たい目にその言葉をのせて言った。 少女は怖さのあまりに、逃げ出したいと言う気持ちが表情に出ていた。 その状況を見ていた少年は、事情はわからないが、とりあえず一つわかった事がある。 少女は今、男に追い詰められている。 そして、少年の頭に思いついた言葉が一つ。 (助けないと。) その一言が頭に出た以上、少年は少女をほおって逃げるわけには行かなかった。 決心がついた少年は深呼吸を一つすると、勢いよく飛び出し、男に向かって叫んだ。 「こらあ!大人のくせに、何、女の子いじめてんだあ!」 少年の声に男はそちらを振り向いた。 「いじめているだなんて失礼だなあ、僕は探し物をしているだけだよ。」 薩摩色の瞳をグルリと回してみたのは少年の方だった。 その目に少年は、腰を抜かして悲鳴を上げそうになったが、震える足を押さえ、手をグッと握って自分を落ち着ける。もう一度息を吸って一言。 「お前の探してる石ならここだ!」 少年は右手に持った水色の宝石、ソルブルーを天に掲げた。 太陽の光に照らされたソルブルーは、水色の透明な美しい光を見せた。 太陽をすかした砂浜に海のような模様が広がる。 「ほほ〜、君は偉いね、少女のために身体を張るということか。」 男は、ニヤリと不気味な笑いを見せ、宝石に手を伸ばす。 少年は男との距離をとって言った。 「約束だ。コレを渡したら、その子には手を出すな。」 少年は小さいながらの精一杯の威嚇に、男を少し睨んで見せたが、男にはそんなものなんてことは無い。 しかし、男はちゃかす様に「おお、こわい、こわい。ヒャッヒャッヒャ。」と不気味な笑いにのせて言った。その後に「わかった、約束しよう。」と付け加え、宝石に手を伸ばした。 「絶対だからな、約束だからな。」 少年は念を押した。相手が怪しいと言うのはどんな言葉を言われても変わらない。 「ああ、解かっているよ、解かっているともさ。」 蛇のように長い下を口から少し出した男が、宝石に触ろうとしたその時だった。 「それを渡しちゃ駄目!逃げて!」 少女は男の後ろからそう叫んだ。 しかし、少女の叫びは遅く男の、両手の蠍のはさみが少年を襲う。 「ソルブルー、それさえあれば魔王様に完全な力が戻るのだよ!」 全身に寒気が走るような、その姿に少年は恐怖を感じた。 恐怖のあまり、少年はソルブルーを持つ右手を男の方へ突き出した。 そのとき、誰もが予想しないできない事が起こった。 少年の右手が、いや、正確には少年の手の中に入ったソルブルーが水色の強い光が発せられた。 その光は、強く、暖かく、そして深く、何かを心に語りかけるような何かを感じる。 「な、この光は・・・・!?こ、これがソルブルー!?」 男はそう言い終わるかどうか判らぬ内に後ろに強く弾かれた。 それは光が弾いたのだ。光は男を弾くと、徐々に弱くなり止まった。 弾かれた男は、ゆっくりと立ち上がった。 しかし、その足はふらつき、まともな状態とはいえない。 「強い・・・なんて強い力だ。これは面白い・・・ヒャッヒャッヒャッヒャ。」 男はその笑い声とともに煙の様に、その姿を消した。 少年はペタリと砂浜に腰を下ろした、というよりも緊張が切れたせいで腰が抜けた。 少女は少し呆然としていたが少し息を吸って少年のもとへ駆け寄った。 「だ、大丈夫、君?」 「あ、ああ、少しビックリしたけど何ともない。お前こそ大丈夫か?」 「あ、うん、私は大丈夫。それにしても驚いたわ。」 少女は驚いたように少年を見て言った。 「まさかソルブルーが君みたいな男の子を選ぶなんて・・・。」 「君って呼ぶなよ、俺にはちゃんとキリアって名前がある。」 「そう、じゃあよろしくね、キリア君。」 「君(くん)はいらねえよ、キリアって呼んでくれ。」 キリアと名乗った少年はニカッと笑って少女に言った。 「そういえばお前の名前は?」 「私は・・・レナって呼んでいいわよ。」 レナと言った少女は少し考えた後、名前を言った。 キリアにはそれはあまり気にならなかったようだった。 「ところでさ、ソルブルーが俺を選ぶって、どういうこと?」 キリアがソルブルーを眺めてそう言うと、レナはコホンと咳払いの真似事をすると説明を始めた。 「まずはこの世界について君に知って貰いたいの。」 「世界について?俺、勉強は嫌いだぞ。」 「大丈夫、難しくないから。」 少女はフフッと笑うと、少しお姉さんになった気分で言った。 「今の世界はね、四つの世界を軸に成り立っているの。陸と海を分ける陸の世界と海の世界、そして 昼と夜を分ける太陽の世界と月の世界。それぞれにそれぞれの民がいるの。 昔、この世界には陸の民、海の民、太陽の民、月の民、の四つの民がいたの。 でもね、その四つの民は自分達だけの世界を作ろうとして争いあったの。 そのとき、海の民は海を、陸の民は陸を、月の民は空に月を、太陽の民は空に太陽を、作ったの。 でも、彼らのおこないに神様はとても怒ってそれぞれの民をそれぞれの世界に封じ込めたの。 陸の民は陸の世界に、海の民は海の世界に、太陽の民は太陽の世界に、月の民は月の世界に、封じられ。 特に太陽の民と月の民は出会えないように、朝と夜を分けたの。 そして、それから長い月日が流れて、世界に生命が生まれた。 生命は進化を続け、人間が生まれた。そして、人間は繁栄し社会を作り、世界の頂点に立った。 でも、知能を持った人間は感情を持っているの、その感情の中には、憎しみ、怒り、嫌悪があったの。 そんな感情から出る力を長い間蓄えていた存在がいた。」 レナの話を少しずつ理解しながら聞くキリアを見た、レナは話を止めた。 「理解できてる?」 「ああ、何とか。」 「信じてくれる?」 「信じるよ。」 キリアの言葉にほっとしたのか、レナは胸に手を当て、「よかった。」と小さな声で言った。 「何が良かったんだ?」 キリアはレナを不思議そうに見た。 「ううん、なんでもないの。」 レナはそう言ってニコリと笑って見せた。そんなレナにキリアはさらに不思議そうな顔をした。 「それでね、その力を蓄えていた存在が“魔王”。」 レナの言葉にキリアは先ほどのさそりの男の言葉を思い出した。 「魔王って、さっきの奴が言ってたアレか?」 「そう、そして魔王はこの世界を消して、新しい世界を作ろうとしているの。 以前にも魔王は、それを実行しようとしたの、でも、その時は力が完全じゃなかったの。 だから、太陽の民の王が魔王を封印したの。人間に気づかれないようにコッソリと。 でも、魔王は再び力を蓄えて・・・。 その魔王の封印を解くのにソルブルーの力が必要なの。 でも、ソルブルーにはもう一つ大事な役割があるの。」 「大事な役割?」 「そう、それは魔王を倒す力。」 「魔王を倒す?そんな事ができるのか?」 「ええ、世界で唯一魔王を倒すことのできる力を持つ宝石、それがソルブルーなの。 でも、ソルブルーは持つ人を選ぶの。」 「なんでそんなことするんだ?」 「ソルブルーを悪用するかどうかを見極めるのと、ソルブルーを扱えるだけの魂を持つかどうか。 ソルブルーはとても強い力を持つの、それは普通の人にはその力を使うどころか片鱗を見ることすらできないの。だから、ソルブルーは持ち主を選ぶの。」 難しい言葉をズラズラと並べるレナの話にキリアは目を回していた。 「えっと・・・、大丈夫?」 「お、おう、つまり俺がこの石に選ばれたんだろ?」 「ま、まあそれでいいわ。じゃあ、そろそろ行きましょうか。」 レナはそう言って、海のほうを向いた。 「え、行くってどこに?」 キリアの言葉にレナはニコリと笑い 「決まってるじゃない、海の世界よ。」と言った。 その言葉に、キリアは驚いた。 「え?海の世界に!?」 しかし、レナはキリアに驚く暇さえ与えず、キリアの腕を引き、海に向かって歩き始めた。 「ちょ、ちょっと待てよ!魔王を倒すんじゃないのか?それに心の準備ってもんが・・・」 キリアはレナの手を振り解いた。 「確かに魔王を倒さなければいけない。でも、魔王はまだ復活しない、だけど世界は今助けないと・・・。 それに今、魔王のところへ行っても魔王は倒せない。だから、先に海の世界へ行くの。」 そう言って、レナはキリアの腕を引いて、また、海に向かって歩き始めた。 「時は一刻を争うの、急ぐよ。」 海水が足元までつかるところまで行くとレナは、キリアをつかむ手を離し、両手を前に突き出した。 「海・・・大いなる海よ、蒼天を映し出す蒼きその身は涙の器、我海への道を開かんとする。」 レナの言葉と共に足元に水色に輝く線で大きな何かが映し出されていく。 それは円。 イルカが二匹、向かい合い、その奥には三椏の矛が一本、抽象的に描かれていた。 「こ、これって・・・」 キリアが足元の円に驚いていると、レナは言った。 「門よ、海の世界への門、私たちはここから海の世界へ行くの。」 「でも、親父に行ってかないと・・・」 キリアがそう言おうとしたとき、円が中心より徐々に穴が開き始めた。 底が見えない程暗く、下から風が吹いてくる。 「お、おい、本当に大丈夫なのか?」 「何?怖いの?」 レナはニヤリと笑ってキリアに言った。 「こ、怖くなんかねえよ!コレぐらい・・・。」 と言いつつも、穴を見てゴクリと生唾を飲む。 穴は真ん中で大人数人、入れそうな大きさで止まった。 「じゃあ、私先に行ってるね。」 レナは、そう言ってさっさと穴に飛び込んでしまった。 キリアは呆然とそれを眺めていたが 覚悟を決めたのか「よし。」と掛け声をかけて、穴に近づいた。 覗くと、さらに怖くなる、下から吹く風が身体の体重を奪った。 「行くぞ!てやっ!」 キリアは目を強く閉じ、勢いよく穴に飛び込んだ。 落ちているのに妙な感じがする、どちらが上でどちらが下なのか、どちらに落ちているのかまったくわからない。解かるのは、自分の身体がそこにあるということだけ。 (変な感じ、どっちに落ちてるんだろ?どこへ出るんだろ・・・) しばらくすると、足元に光が見えた。 途端に、真下に落ちる感覚が体中に感じられた。 徐々に光に近づき・・・、キリアはそっと光に包まれた。 光を抜けると、真っ先に見えたのは青い海。それ以外は何も見えない。 そして・・・ ボシャン! 海に身体が叩きつけられ、大きな水しぶきと泡が交じり合う。 身体が、海に沈み、フワッと浮いた。 「プハッ!」 海面へ飛び出し、息を吸った。そして、大きくもう一つ呼吸をする。 気持ちを落ち着かせ、周りを見ると延々と続く海が見える。 「ここって・・・。」 キリアが呆然としていると少しはなれて声が聞こえた。 「・・・い、お〜い、キリア〜。」 レナが少し離れたところから呼んでいた。この広い海の上ならどこにいてもわかる。 キリアは、海で育ったからかその辺は慣れている。 平泳ぎで、あっという間にレナのところまでたどり着いた。 「キリア、泳ぐの上手だね。」 レナが感心して言うと、キリアはさも当たり前かのように 「別にコレぐらいできて当たり前だろ。」と言った。 しかし、レナにとってそれは嫌味に聞こえたのか 「ああ、そう、じゃあ一生そのままでいれば。」 レナはそう言って、小さな飴玉のような物を口に入れて、海に潜った。 しかし、キリアの立ち泳ぎにも限界と言うものがあり、レナがいないとこの状態では何もできない。 その事がとっさに頭を過ったキリアは 「あ、ちょっと待って、レナ!ごめん、置いてかないで!」と必死で海に向かったレナに対して叫んだ。 すると、レナは海の中から顔を出し 「そんなに言うなら連れて行ってあげる。まあ、どの道あなたがいないと始まらないわけだし。」 そう言ってレナはポケットから、先ほどレナが口に入れた飴玉のような物を出し、キリアに渡した。 「それは、フィッシュ・キャンディーって言うの。その飴を食べれば、海の中でも息ができるようになるの。あ、それとこのサンダルをはいて。」 レナは、今度は逆のポケットから、水色で魚のワンポイントの入ったサンダルを一足取り出した。 「このサンダルはお魚サンダル、コレを履いている間は海の中を自由に動けるの。」 しかし、キリアはサンダルよりもレナのポケットの方が気になるようだ。 「そのポケットって何でも入るんだな。」 キリアはレナのポケットを指差して聞いた。 「え、このポケット?ええ、そうよ、色々入るよ。」 「へ〜、不思議だな〜。」 キリアがものめずらしそうにジロジロと見るものだからレナは少し恥ずかしいやら、気分が悪いやら でも、キリアを一歩抜いたようで嬉しいやらと不思議な気持ちになった。 「は、早く行くよ。」 結局、じろじろ見られるのが恥ずかしくて海に潜っていった。 「あ、待てよ。」 キリアも後に続いて海に潜った。 海は透き通るような色で、珊瑚が何ともいえない美しさ魅せる。 空に昇る太陽の光が波の模様にゆらゆらと揺れて、海の底を照らす。 そこまでは普通の海だけども、一つ、不思議なことに気がついた。 「海の中なのに魚が一匹もいないな。」 キリアがレナに聞くと、レナは深刻そうな顔で答えた。 「避難しているわ・・・・、こんなところにいれば魔王の使いに掴まってしまうもの。 だから、皆はもっと深いところに避難しているわ。」 「ふ〜ん、だからこんなに静かなんだ・・・。」 「うん、だから一刻も早く皆が自由にこの綺麗な海を泳げるように魔王の使いを倒さないと。」 そう言って、黙々と海を潜るレナにキリアが気が付いたように言った。 「じゃあさ、俺たちもこんなところ泳いでたらまずいんじゃないのか?」 少しの間、2人の間に沈黙が流れた。しばらくして、2人は顔を見合わせると、2人同時に 『あ!!』と、小声で言った。 「とりあえず、私たちも急いで隠れるのよ!」 「お、おう!」 レナの指示に威勢良く返事したキリア、そんな2人を大きな影が覆った。 鮟鱇の様な形の影に、大きさは2人の何十倍もある。 2人が恐る恐る、後ろを振り向くと・・・・ そこには、巨大な鮟鱇が大きな口を開けて少し飛び出た目でジロリとこちらを見ていた。 「お前達〜、な〜にも〜んだ〜。」 低い声で、トロトロと喋る鮟鱇を見て2人は、少しの間驚きの表情のままかたまり、鮟鱇を見つめた。 その硬直状態を破ったのはキリアだった。 「に、逃げろ!」 レナの腕を引き、少し先に見える岩場のほうへ全速力で泳いだ。 「あ、ま〜で〜。」 鮟鱇は勢いよく水を掻き、2人を追った。 お魚サンダルの影響か、いつもよりも早く泳げた気がした。 しかし、いくら頑張っても巨大鮟鱇から逃げるのは叶わないようで、徐々に距離が縮む。 あっという間に、鮟鱇との差が殆どなくなってしまっていた。 鮟鱇はその大きな口をグアッと開け、二人に近づいた。 赤い口内に暗いのどが二人を待ち受ける。 「やばい、追いつかれる!」 キリアは必死で泳いだがもう限界だった。 二人が、その大きな口に飲み込まれようとしたその時だった 蒼い何かが桃色で半透明の長い尾のようなものを引き、こちらに、とても速く近づいてきた。 その、蒼い何かは鮟鱇に食べられる寸前で二人の腕を掴み、真直ぐ進んだ。 鮟鱇の口は2人がその場からいなくなると、バクンと大きな音を立てて閉まった。 しかし、鮟鱇の口の中には何も無い。鮟鱇には何が起こったのかわからなかった。 キリアにも何が起こったのかわからないまま、大きな岩の裏側まで引かれて行った。 「あ、危なかった〜。」 キリアがその場に座り込み、一息つくと、最初にそういった。 「まったく、何であんなところを泳いでいたのさ?」 キリアがそう言われて顔を上げると、最初に見えたのは魚の様な尾とそれを取り巻くように伸びる桃色の半透明の羽衣、そして、顔を上げていくと・・・・ キリアより少し小柄な身体。蒼い布を胸に巻き、右腕には白銀の腕輪、人間の顔に青く長い髪をひらひらとなびかせた。水色の大きな瞳を持つ品のある顔は、少しムッとしているのか眉間にしわが寄っている。しかし、そんな事が気にならないほどキリアは驚いている。 間違いない、そこにいたのは、蒼い魚の尾を持つ少女だった。 「ちょっと、聞いてるの!」 少女は顔を近づけてキリアに怒鳴った。 「あ、ああ・・・。」 「ごめんなさい、この子、こっちの世界は始めてなの。」 レナが魚の尾の少女をなだめるように言うと、少女は 「まあ、いいわ。無事で何よりよ。」と、顔を引っ込めた。 しかし、キリアは納得がいかないようだ。 「なあ、レナ。アレって人魚だよな?」 キリアは少女を指差してレナに聞いた。 今度は、少女が納得いかなかった。 「ちょっと、指差さないでくれる!それに私は“アレ”じゃなくて、リノノルウノって名前があるんだから!」と、腰に手を当てて勝気に言った。 すると、キリアは「りののるうの?長いし、言いにくい名前だな。」と、平然と言い返した。 そこへ何か言い返そうとしたリノノルウノと名乗った少女とキリアとの仲裁にレナが入った。 「2人ともやめて、紹介するから落ち着いて。」 そう言って、レナはキリアの方を向き 「彼女はリノノルウノ=アクアマリン、皆は長いからリノって呼んでるわ。 リノは海の世界の住人なの。海の世界の住人は皆こんな姿をしているわ。 その影響でキリアの世界の海には魚がいるの。」と言った。 今度はリノの方を向き 「彼はキリア、真ん中の世界で見つけた、ソルブルーに選ばれた子よ。」と、紹介した。 レナのその一言で、リノの目の色が変わった。 「へぇ〜、この子がソルブルーに選ばれた子なんだ〜。」 リノはキリアの周りをクルクル周り、キリアを見つめた。 「あんまりジロジロ見るなよ。」 「いいじゃない、減るもんじゃないし。」 「減らなくても嫌なんだよ。」 キリアがリノに言い返すとリノも強気な目で 「別にいいじゃないケチ!」 すると、そこで睨みあいが始まる。犬のようにうなる二人を止めるのはレナだった。 「とりあえず、落ち着いて2人とも。今はそれどころじゃないでしょ。」 「そ〜言うこった〜。」 2人に注意するレナの後ろに先ほどの巨大な鮟鱇が突如現れ、レナ後ろでそう言った。 三人は少しの間の硬直の後、悲鳴を上げた。 そして、悲鳴と共に三人とも逃げ出そうとしたがそれは何者かに阻まれた。 と言うよりも、何者かにぶつかった。 「イテテテ・・・。」 キリアは、しりもちをついた身体を起こしながらぶつかった何者かを見上げた。 すると、そこには少し青色のかかった肌に自分の背丈よりも長い蛇の尾のついた大蛇の被り物をした男がいた。男は、見上げるほどの長身に首元まで伸びたぼさぼさの黒髪、ボロボロの布を腰に巻き、六つに割れた腹筋に青いさらしで巻いており、その右腕には三叉の矛を持ち、大蛇の被り物から、赤い瞳がギラリと光る。 男は、辺りを一度見渡し、最後に、キリアに視点をあわせると、低い男の声で言った。 「お前が、ソルブルーが選んだというガキか・・・。」 しばらく、キリアをジッと見つめ 「下らん、お前のような子供を選ぶとは・・・実に下らん。子供の相手は興に値しない。」 「子供でなんか悪いか!お前なんかな・・・」 キリアが言い返すと、男はその瞳でギロリと睨みつけ、キリアはその男の瞳に恐怖を感じ、でかかった言葉がのどの奥に戻ってしまう。 「ガキ、ソルブルーを渡せ。渡すなら殺しはしない。」 男が、深海の冷たさが身体に覆いかぶさるように睨むと、キリアは負けずとその小さな身体で大きなクリクリの目でにらみ返す。 「嫌だ、コレは渡さない!」 キリアがそう言い返すと、レナもそれに続いて言った。 「そうよ!あなた達にコレを渡せば世界が終わるわ!」 リノも後に続く 「せ、世界はあんた達には渡さないんだからね!」 しかし、男は冷静にも右手の矛をキリアののどに突きつけた。 「ガキ、俺は気が短い、早くしないと命を失うことになるぞ。」 「嫌だ、ったら嫌だ!」 キリアは舌を出して、べぇ〜と言った。 「交渉決裂だ。」 そう言って、矛を前に突こうとしたその時だった。 キリアの右のポケットに入っていた、ソルブルーがサソリ男の時と同じ、青い光を発した。 ソルブルーの青い光は、キリアを狙う矛先を弾き返した。 すると矛を弾かれた男は、後ろによろけた。 一瞬だったが、リノはそれを見逃さず、その隙にレナとキリアの腕を掴み、イルカよりも速く 男と鮟鱇の元から離れた。 あっという間に、あの大きな鮟鱇が点になった。 その様子を見ていた男は、海の暗い青に消え行く三人に向かって言った。 「逃げたか・・・。」 鮟鱇は男に、男に心配そうに言った。 「オルクさま〜、に〜げられ〜てし〜まいま〜したね〜。」 「ああ、逃がしてしまったな。」 「わたしは〜ど〜したらい〜いですか〜?」 「お前は、魔王様に御報告しろ。ソルブルーをもつ子供と例の小娘がいた、とな。」 オルクと呼ばれた男はそう言ってニッと笑い、何処かへ向かおうとしている鮟鱇に言った。 「あと、もう一つお伝えしろ、ソルブルーは確実にあなた様にささげます、そう、お伝えしろ。」 「わかりやした〜。」 鮟鱇がそう言って、海の闇に消えると、オルクは独り言を呟いた。 「ソルブルーがどれだけ強かろうと、海の中で俺に勝てると思うなよ。」 そう呟くと、泡となり、消えた。  後ろを振り向くと、もはや鮟鱇など影も形も見えない。かなり離れたようだ。 キリアが一安心していると、リノは一つの、三人が通ってギリギリの大きさの岩穴の上で 「急降下するよ。」そう言った。 「え?急降下?」 キリアに疑問を口に出す暇も与えず、リノは岩穴に真直ぐ降りた。 深く暗い岩穴に水の抵抗を感じながらグイグイと進んでいく。 三人ギリギリの大きさの為か、レナもキリアもグッと目を閉じ、身体を丸め衝撃に供えた。 しかし、水の抵抗はしばらくすると止み、水が先程よりも冷たく感じられた。 「2人共、目を開けて。」 2人はそう言われ、目を開けると、そこは薄暗く少し広いドーム上の空間があった。 天井には先ほど三人が通った穴が開いており、それ以外の光は一切入らない。 「ここって・・・・」 レナが、薄暗いその空間を見渡した。 暗すぎて、ドーム上であること意外は殆ど解からない。 しかし、リノが逃げ込んだのだから何か策があるのだと思い、レナは聞いた。 「リノ、ここはどこなの?」 「ここは、この地域の人たちの避難所よ。」 「避難所?」キリアが聞き返した。 「キリア、レナに聞かなかった?ここは今、魔王の配下に攻め込まれているのよ。」 リノは指をスーっと動かすと、ホタルのような小さな光がリノの指先に現れた。 「さて、ここはただの門。皆はもっと奥にいるわ。」 そう言って、リノは前進した。 少し真直ぐ歩くと、横穴があり、そこを数十分と歩くと今度は下穴がある。 そこを少し下りると、そこにはドーム状の空間の中に小さな村があった。 村にはリノと同じ姿をした人々が、大人から子供までたくさんいた。 尾は、赤や黄色、中には緑といった風に色々と存在する。 しかし大人たちは皆、下を向き、まるで消えかかる蝋燭のような目をしている。 「ここが、私たちの避難所よ。上は魔王の使いがいるから私たちは下で暮らしているの。」 すると、そこへ、リノよりもさらに小さな子供たちが複数、リノの周りにやってきた。 「あ、リノおねーちゃんおかえり〜。」 「リノおねーちゃんだ〜。」 「ただいま、レリーナ様はいる?」 リノがそう聞くと、子供たちは小さな岩の家が並ぶ、さらに奥の少し大きめの建物を指差した。 「ありがとう、後で遊んであげるから、ちょっと待っててね。」 リノは子供をなだめると、建物目指して進んだ。キリアとレナも後に続く。 「あんな小さな子たちも、こんな限られた空間で暮らしているの。」 リノは俯いてそう言った。 「でも、あいつらにそんなこと関係ない。あいつらは、世界を自分達の手で支配できればそれでいいのだから。」俯いて暗くなるリノ。 そんな、リノの肩をぽんと叩いたのはキリアだった。 「そのためにこの石と、俺がいるんだろ。」 ニッと笑って励ますキリア。もう片方の肩をぽんと叩いて励ますのはレナ。 「きっと、私たちが海を取り戻して見せる。その為にはまず、レリーナ様との謁見よ。」 2人の笑顔に挟まれたリノは何処か嬉しく、太陽が海の彼方から照らすように、少しの希望が見えた気がした。そして、笑顔でうなずく。 しかし、村は暗い。岩の中だと言うこともある、しかし、それ以上に暗い。 村はシンと静まり返り、大人は下を向き何も言わない。 そんな村を真直ぐ進み、“レリーナ様”と呼ばれる人のいる建物の前に立った。 建物の扉の前には2人の兵が三椏の矛を持って立っていた。 レナが二人の前に立つと、二人は深々と頭を下げ、言った。 「リノノルウノ様、お帰りなさい。」 「ただいま、レリーナ様は?」 「奥であなた様をお待ちです。」 「そう、ありがとう。」リノはそう言うと、扉を開け、中に入った。 レナが通り過ぎると、兵は「レナ様よくいらっしゃいました。」と礼をした。 しかし門番は、キリアを見ると、不審者を見るような目で聞いた。 「少年、君はここに何か用かね?」 「あ、その子も通してあげて。」 「し、しかし、リノノルウノ様・・・」兵が渋っていると、リノはキリアの足を指差した。 「よく見て、その子、足があるでしょ。レリーナ様に用があるのは彼よ。」 兵は、キリアの足を見ると、サッと敬礼し 「し、失礼したしました!どうぞ、お通りください。」 兵は威厳の中にどこか申し訳なさの混じった敬礼でキリアを扉の奥へ通した。 扉の奥もやはり、ごつごつした岩の壁に砂の床、 その奥には何処か、見覚えのある紋章が描かれた大きな扉が一つあった。 その、紋章はキリアが海の世界に来る時に見たあの“門”の模様だった。 しかし、キリアにはそれ以上に気になる事が一つ。 「なあ、リノって、偉い人なのか?」 キリアは扉を開けようとするリノに聞いた。 「さっきの人、お前にお辞儀してたけどさ、リノって偉いの?」 キリアの質問に、リノはレナの方をジッと見つめた。 その視線から目をそらしたレナはポンと手を叩いて何かを思い出したそぶりを見せた。 「あ、忘れてた・・・・。」 レナは、舌を出して申し訳なさそうに言った。 「レナ・・・。あんたねえ、そんな大事なこと普通忘れる?」 「だって、あの時は追われたから言う暇無かったじゃない!」 「でも、忘れないでよそんなこと!」 2人の言い合いの仲裁に勇気を振り絞って入ったのはキリア。 「ちょっと、落ち着けよ2人とも!」 キリアの止められて落ち着いた二人は深呼吸をした。 そして、レナの口からリノについての説明がされた。 「いい、キリア?レリーナ様と言う方はこの海の世界の王に当たる人なの。」 「王様?それにしてはお姫様みたいな名前だな。」 すると、リノはムッとして。 「男の人が王様をやるのはそっちの世界だけでしょ。こっちの世界じゃ統率できる人が王様になるの。名前や、血筋で王様を決めるそっちの世界とは違うのよ、わ・か・っ・た?」 レナはキリアの額を指でつつきながら念を押すように言った。 「わ、解かったよ。」キリアはつつかれた額を痛そうに押さえながら言った。 「で、リノはレリーナ様の一人娘なの。」 「ふ〜ん。」キリアはレナの説明にそっけない返事を返した。 しかし、少し考えると、キリアは目を丸くした。 「・・・・ってことは、リノはお姫様!?」 キリアの意外そうな反応に対し、リノは少しムッとして言い返した。 「何よ、その意外そうな反応は!」 その時だった、紋章の描かれた大きな扉が開いた。 扉の中から強い光が飛び出し、三人の目を眩ませた。 「リノ、随分と楽しそうね。」 中から、優しそうな女性の声がした。 その声とともに光が止み、キリアは扉の奥をその瞳に写した。 開いた扉の先には、蒼い髪に青い魚の尾、リノと同じ、人の顔にその表情は柔らかで笑顔の象徴ともいえるような女性がいた。 女性の身体を覆う白いドレスはひらひらと水中に舞い、柔らかな表情を一層引き立てる。 その女性は薄い桜色の大きな貝殻の台座に尾を曲げ、優優とその座にいる。 しかし、ひとつ気になる事がある。 それは、その女性の目がずっと閉じたままだということ。 しかし、それをとってもその女性は美しいと言えた。 女性は、3人の方を向き 「ようこそいらっしゃいました、レナ、太陽の少年。そして、お帰りなさい、リノ。」 女性はキリアの方を向き、その色白の手を差し伸べ 「初めまして、太陽の少年・キリア。私がレリーナ・アクアマリンです。」 「は、初めまして、れ、レリーナ様。」 キリアはがらにもなく緊張しているのか、言葉も硬くなっている。 しかし、レリーナ王はそんなことは気にもかけず、キリアに優しく微笑みかけた。 「まあまあ、そう固くならないで。もっと近くにおいでなさい。」 レリーナ王に手招きされ、キリアは少し緊張気味ながらも、レリーナ王の前へ行った。 するとレリーナ王は右の手をキリアの頬に当て、手探りするようにキリアの頬から頭へとその手を滑らせ、最後にキリアの頭に手を置き、そっと撫でた。 「あなた、お母様がお亡くなりになってるのね。」 少し、慰めるように、頭を撫でた。 「はい、俺が生まれてすぐに亡くなったそうです。」 「そう、それは悲しいことね・・・。」 そう言って、キリアをその腕で優しく包み込んだ。 リノとレナもそのことを聞くと少し気の毒で仕様が無かった。 しかし、キリアは笑顔で 「ヘヘ、今は父さんがいる。それに俺が悲しい顔してたら死んだ母さんが心配する。」 「あなたは偉いわね、キリア。」 そう言ってレリーナ王は、もう一度キリアを抱きしめた。 すると次は、キリアの額に右手を当てて言った。 「なるほど、あなたはソルブルーに選ばれたのね。」 「え!?お母さん、知ってたんじゃないの?」 リノが驚いてレリーナ王に聞き返すと、レリーナ王はにこやかに 「ええ、知っていましたわ。」 「でも今、“あなたはソルブルーに選ばれたのね”って言わなかった?」 リノが少し焦った口調で聞き返した。 しかし、レリーナ王はのんびりとした口調で 「ええ、確かに、そう言いましたわ。」 三人とも分けがわからないと言う表情をしたのに対して、レリーナ王は 「フフフ、いつか解かる時が来ます。その時まで内緒ですよ。」 少し意地悪にそう言ったレリーナ王は、今度はキリアのズボンのポケットに目をやった。 「ソルブルーを少し見せていただけませんか?」 キリアのポケットに右手をそっと添えた。 「あ、はい。」 キリアは、ポケットからソルブルーを取り出すとレリーナ王に手渡した。 「ありがとう、少し待ってね。」 レリーナ王はソルブルーを両手で多いその覆った両手を額に当てた。 すると、ソルブルーが強く輝き始めた。 ソルブルーの水色の輝きは両の手の指の隙間から漏れ出し、辺りを照らした。 しかし、光はすぐに止んだ。 レリーナ王は、額を離し、両の手に包まれたソルブルーをキリアの手に手渡した。 キリアが、手渡されたソルブルーを見ると 「コレって・・・・」 ソルブルーに、首からぶら下げられるように装飾が施されていた。 金色の枠に収まったソルブルー、それを首から落ちないようにと支える金色の小さな鎖。 キリアは、それをそっと自分の首に掛けた。すると、何処かソルブルーが輝いて見える。 「コレで、ポケットに入れなくてもいいでしょう。」 「はい、ありがとうございます。」 レリーナ王は少し微笑むと、今度は少し真面目な雰囲気になり 「それでは、レナ・キリア・リノ。私はあなた達の無事を祈ります。あなた達のように小さな子達だけで旅をさせるのはとても心苦しいです。しかし、私は目が見えない上に、ここを離れられません。 あなたちに希望を託します。ですが、それは絶望からの希望ではありません。 何が起こるかわからない未来への希望なのです。」 『はい!』 三人は元気の良い返事をした。 「あ、それともう一つ・・・」 レリーナ王は何かを思い出したかのように付け足した。 「仲間は大事にするのですよ。」微笑とともに、その言葉を三人送った。 その時だった、地面がわずかに揺れた。 それを最初に察知したのはレナとリノ。 二人は急いで開いた扉から真直ぐに見える村の入り口の方を向いた。 しかし、そこには小さな穴と大きな岩の壁があるだけだった。 するともう一度、今度は先程よりも大きな揺れが町中に響いた。 ドームの天井が揺れ、パラパラと石が落ちた。 その揺れにはキリアも気づいたようだ。 「お、おい、ここ揺れてるぞ!だ、大丈夫なんだろうな!」 キリアが心配そうにリノに聞いたが、リノの耳には届かないのか、ずっと自分達が入ってきた入り口の方を見つめていた。 そして揺れが治まると、リノはこう呟いた。 「来る・・・。」 その一言が表す意味をキリアは理解できなかったが、それも次の瞬間の出来事を見ると理解できた。 始めに入ったドーム状の空間から何者かが、ここまで真直ぐと、大きな穴を開けて飛び出した。 その、何者かを見ると、キリアの目の色は変わった。 「あ、あいつは・・・!」 その穴を開けたのは、先ほどキリア達を襲った巨大な鮟鱇だった。 そして、その鮟鱇の頭の上に仁王立ちでずんと構えて町を見下ろす男。 先ほど、オルクと呼ばれていた、男がそこにいた。 オルクは、右手に持った三椏の矛を大きく回し、その矛先をこちらに向けた。 「レリーナ王に告ぐ、これ以上逃げても無駄だ、おとなしくしていればこれ以上痛めつけることは無い。」 するとレリーナ王は、その台座からゆっくりと腰を持ち上げ、三人の間を通り、建物の外へ出る。 まっすぐと、巨大な鮟鱇の前までその身を前へ進めた。 レリーナ王が鮟鱇の前で止まると、鮟鱇の上からオルクがレリーナ王の前に降りた。 「海の世界の現王、レリーナ・アクアマリン。貴様の命を頂く、そうすればこの国には手を出さん。」 オルクがとんでもない条件を突き出したにもかかわらず、レリーナ王は表情一つ変えない。 「ええ、私一人の命で引き上げるのならどうぞご自由に。ただし・・・」 その言葉と共にレリーナ王はずっと閉じていた、瞼を開いた。 瞼の下からはリノと同じ水色の目が現れたが、その瞳は薄く白に近い色をしていた。 その目に睨まれたオルクは、身体の底から凍りつくように冷たい寒気を感じた。 「約束を破ったならば、あなたの魂を地獄へ引きずりますので。」 と、先ほどの言葉に続けた。 その目にオルクは、巨大な氷の真ん中にいれられたように身体の身動きがとれず、冷たい何かに襲われたが、レリーナ王の言葉と共にそれは止まった。 「わかった、約束しよう。」 まだ、少し寒気を感じながら、オルクは右手の矛を構えた。 ギラリと光る銀色の矛先はレリーナ王の喉を狙った。 会話は聞こえなかったが、リノの目には確かにオルクがレリーナ王の喉に矛を突きつける光景が見えた。 その光景を見た、リノは叫びと共に、建物を出た。 「止めて!お母さんにそんなことしないで!」 リノのその言葉に、オルクはリノの方を見た。 しかし、矛を下ろそうとはしない。 「止めてって・・・言ってるでしょ!!」 リノはその幼い水色の目に精一杯の怒りを込め、勢いよく構えた。 そして、身体を前に突き出し、青いその尾で水をかき、レリーナ王の下へと泳いだ。 リノは投げられた石つぶての様に速く、そして力強く、オルクの元へと泳ぐ。 リノはあっという間にオルクに近づくと、旋回してオルクに真横から突っ込んだ。 オルクはその勢いで、横によろけた。 しかし、それは一瞬だった。オルクはすぐに体勢を立て直し、リノの右腕を掴んだ。 「小娘、そのように小さな力で俺に立ち向かったことは褒めてやろう・・・。」 冷たく、炎のように赤い瞳でジロリとリノを睨みつけると、低い声で言葉を付け足した。 「だが、俺にたてつく奴はすべて敵だ。敵はすべて排除する。」 そう言って、オルクはリノの右手を離すと、勢いよく矛でリノを突いた。 『リノ!!』 キリアとレナはそう叫んだ。それは、リノが突き刺されたと思ったからだった。 しかし、よく見るとそうではなかった。 リノを取り巻く長い羽衣が矛に絡みつき、オルクの矛を刺さらないように押さえつけていた。 リノの無事に安心した2人だったが、それもつかの間。 明らかにリノが押されている。このままではリノがやられてしまう。 そう、思ったキリアはレナに言った 「ここで待っててくれ、レナ。リノを助けに行く。」 その言葉と共に、キリアはリノのほうへ走り出した。 レナがキリアを止めようとしたが、キリアは既にリノのところへ走り出していた。 しかし、その足では間に合わないことはひと目でわかる。 それでも、諦めずに走るキリアを見て、レナは一つため息をつくと。 トンっと地面を蹴った。 「キリア!行くよ!」 キリアは後ろで自分の名を呼ばれたのでとっさに振り向いた。 すると、そこには朱色に輝く翼を背に持つレナの姿があった。 「え、レナ?え?」 キリアが驚いていると、レナはグッと後ろに体重をかけ、翼をバッと大きく開いた。 そして、そのまま前に身体を突き出し、勢いよく水中を駆けた。 キリアはいつの間にか、レナに手を引かれ、周りの景色が解からないほどの速さの中にいた。 たった一瞬、速さの中にいたかと思うと、いつの間にか、オルクの肉付きの良い脇腹を目の前にしていた。そして、レナとキリアはそのままオルクにぶつかり、オルクはその勢いで真横に倒れた。 オルクは身体をやわらかい砂の地面の上を滑り、大きな後を残す。 槍に入れていた力がなくなり、一まずほっとしたリノに2人は駆け寄った。 「大丈夫リノ?怪我は無い?」 レナは心配そうにリノに聞いたが少し息切れしていたが、意外と平気そうだった。 「ありがとう、助かったわ。」 リノはオルクが倒れた拍子に離した、羽衣に絡みついたままの矛を地面に降ろし、ゆっくりと起き上がるオルクに言った。 「あなた達なんかに負けないんだから!海はあなた達なんかに渡さないんだから!」 腰に手を当てて、顔をズイッと前に突き出して言った、リノに向かって、オルクはゆっくりと歩き始めた。ザッザッと砂を巻き上げながらその巨体でゆっくりと近づく様にはとてつもない威圧感を感じる。 そんな、オルクに引き下がりそうなリノの顎をグイッと掴み、顔を近づけて言った。 「小娘、勇気は買ってやる。だが、お前の力では何もできない、所詮は子供だ。」 オルクは赤い目の中に光る黒い瞳を、蛇のように長細く、氷のように冷たくした。 その瞳に睨まれたリノは体中に走る寒気を隠せず、身体が震え、恐怖を隠せず目が涙ぐんだ。 「止めろ!!」 恐怖に鳴きそうなリノの希望の光はその一声だった。 キリアの叫び・・・。それは村全体に響いたが、何よりもリノの心の中に響いた。 「お前の相手は俺だ!子供だからって甘く見るなよ!お前なんか、俺が倒してやるからな!」 小さなキリアなりの精一杯の叫びだった。 本当は怖くて泣き叫びたい気持ちを抑えて、精一杯叫んだ。 すると、リノはその言葉に勇気付けられたのか涙ぐんだ目をグッと堪え、オルクの手をはたいた。 「あなたなんかに海は渡さない!あなたなんかにキリアは倒せない!」 リノもその涙ぐんだ目を拭い、精一杯叫んで見せた。 それに続けてレナも叫んだ。 「あなたたちなんかに、ソルブルーは渡さない!いえ、世界は渡さない!」 子供たちの小さくも大きな叫びは彼ら自信を勇気付け、そしてその空間を希望で満たした。 俯いて、ただ、最後を待つだけの大人たちはいつの間にか、少し、ほんの少しずつ希望を感じ始めていた。 しかし、その叫びもオルクの一括でかき消された。 「うるさい、うるさいぞおぉぉぉぉぉ!!」 オルクの一括は地面を揺らし、海を揺るがした。 そして、先ほどリノが地面に降ろした矛を拾い、雄叫びを上げた。 「オオォォォォォォォ!!」 その雄叫びに、キリアは恐怖を感じた、今度こそ泣きそうだった。 逃げ出したい気持ちが心の底からこみ上げてきた。 しかし、キリアの手をギュッと握る者がいた。 リノとレナ、2人で、右の手を握る。 「リノ、レナ・・・・。」 その、握られた手は暖かく、先ほどまでの逃げ出したい気持ちは何処かへ行ってしまった。 キリアは、そっと2人の手を離すと、二人に向かってニッと笑って見せた。 しかし、その余裕が気に入らないのか、オルクは矛を構え、その右腕にグッと力を込めた。 「我が名は濠海(ごうかい)のオルク!小僧、貴様の名はなんだ。」 オルクは、赤く輝く眼でキリアをギロリと睨んだ。 「俺の名前はキリアだ!覚えとけ!」 キリアは威勢良く、オルクに言った。 「では、キリア・・・。いざ、参る!」 オルクはその一言と共にその三椏の矛の切っ先をキリアに向けて振り下ろした。 故意にやったのか、矛はキリアには当たらず、砂を巻き上げて地面に突き刺した。 しかし、その衝撃にキリアは少し浮かび上がった。 その隙をオルクは見逃さなかった。 矛を抜き、矛を持つ右の腕をグッと後ろに引き、バネが弾ける様に、矛を前に突き出した。 キリアはとっさに、両腕を顔の前で交差させたが、この状況それほど意味の無いものは無い。 「あっけないな、キリアよ。」 オルクのその一言は絶望をさらに引き立てる。レナもリノも一瞬、目をそらした。 しかし、“それ”はそうはさせてくれなかった。 キリアの首から下げたソルブルーが強い輝きを発した。 輝きは、キリアを襲う矛先の障壁となり、キリアを護った。 ガイィィィィン! 金属の弾かれる大きな音が響き渡る。 矛が障壁で止まっている。オルクが力を入れようとも突き刺さる事は無い。 「ソルブルーが、俺をまもってる・・・。」 キリアもその状況に唖然としていた。 しかし、オルクはその一瞬の隙を逃さなかった。矛を両腕で持ち、障壁を強く押した。 始めは、キリアには何が起こっているのか解からなかった。 考えがまとまった時には障壁ごと飛ばされていた。 キリアは、急いで両足に力を入れて、止まった。 コレもお魚サンダルの能力か、水中での急停止ができるようになっていた。 しかし、今のキリアにそんなことを考える余裕は無かった。 前を見ると、オルクがとてつもない威圧感と共にすぐそこまで迫ってきている。 キリアはとっさに足元の水を蹴り、上昇した。 が、オルクの矛は正確にキリアに狙いを定めていた。 オルクにとって、キリアが上に逃げることも予想できたことのうちだった。 オルクは、そのギラリと光る銀色の矛先を斜め上のキリアの方に突き出した。 「うわぁ!」 キリアは自分の顔に迫る矛先を、身体をグルリと横に回してかわし、目標を失い呆然と立ち尽くす矛の柄を強く蹴り、地面へ一気に下りる。 着地と共に砂埃を巻き上げ、そのまま気づかれないようにと後退する。 すかさず、オルクは矛を真下に投げた。キリアの丁度目の前で矛は砂埃を上げて落下した。 延々と続くオルクの一方的な攻め、キリアには逃げることしかできない。 「キリア!」 その様子を見ていたレナが叫び、助けに行こうと身体を前へ突き出した。 しかし、それを邪魔するように巨大な鮟鱇がレナの前に立ちはだかった。 「こ〜こ〜は、どおざねえど〜。」 ゆっくりしていながらも、威圧感のある巨体がレナの行く手を阻む。 「そこをどいて!」 レナはキッと鮟鱇をにらめつけ、その巨体に向かって叫んだが、鮟鱇は動く気配が無い。 しばらくすると鮟鱇は、その大きな眼をグルリと回してレナに焦点をあわせた。 「おめえ〜、ここをど〜いたら俺がおこらえちまう〜。だから〜、だめ〜だ〜。」 その巨体と大きな口に、レナは少し引き下がるがドンと何かにぶつかった。 「逃げちゃ駄目よ、あなたは逃げられないはずでしょ。」 そう言われ、レナが振り向くとそこにはリノの姿があった。 「リノ・・・、そうよ、私は逃げられないの。」 「そうだよレナ、こんなデブ、私たちの力でチョチョイのチョイよ。」 リノの言葉にカチンと来たのか、鮟鱇はその眼をまん丸に見開き、口を大きく開けて言った。 「おめえ、いま、なあんていったあ〜。」 しかし、リノはまったく退かずに鮟鱇を挑発するかのように 「デブって言ったのよ、お・で・ぶ・ちゃん。」 「俺は、おれはでぶじゃ〜ない〜!!」 鮟鱇はその巨大な鰭で地面を叩き、砂埃と共に身体を高く打ち上げた。 「来たよ、レナ!」 「ええ、軽くあしらってあげましょ、リノ。」 2人は左右ばらばらの方向に逃げた。 鮟鱇が砂を巻き上げて落下すると同時に、2人は鮟鱇の顔を挟み込んだ。 「行くよ、レナ!」 リノはその長い羽衣を持ち、クルクルと舞うように回りながら言った。 「ええ。せえの!」 レナは、鮟鱇の腹の下を右手の人差し指と中指で指した。 「上がれ〜!!」 レナはそう叫ぶと同時に、鮟鱇の腹の下を指していた右腕を勢いよく上げた。 すると、鮟鱇は腹の下に何かを感じた。 何かが、グルグルと回っていた。少しくすぐったい。 しかし、声を出す暇も無かった。 腹の下で回る何かは巨大な球状に回る渦となり、巨大な鮟鱇を宙に打ち上げた。 そこへ、すかさずリノが宙を浮く鮟鱇の身体に羽衣の先端を投げつけた。 羽衣は、重りでも付いている様に、速く、真直ぐに飛んだ。 「伸びなさい、そして、捉えなさい。」 リノがそう言うと、リノの羽衣がグングンと伸び、鮟鱇の巨大な身体をグルグル巻きにした。 さらに、グルグル巻きの鮟鱇の後頭部にレナが人差し指と中指を向けた。 すると、鮟鱇の後頭部に巨大な球状の渦が現れた。 渦は、レナが腕を勢いよく下ろすと、空気の入りすぎた風船のように破裂した。 すると一瞬だけ、強い水の流れが全体に広がった。 それを、間近で受けた鮟鱇は勢いよく真下に落ちた。 その反動を利用して、リノは羽衣を掴んだまま、羽衣に巻かれた鮟鱇ごと、グルリと1回転した。 そして、そのまま地面に砂を巻き上げながら勢いよく叩き付けた。 大きな地響きを立てて、鮟鱇は砂にまみれた。 巻き上げられた砂は鮟鱇のその巨体を隠し、大きな影だけを残した。 リノとレナはその砂が止むのをジッと、緊張の糸が切れそうなほどに見つめる。 すると、徐々に砂が海流に流され、鮟鱇の姿が現れる。 巻き上げられた砂の中から出てきたのは、目を回して気絶する鮟鱇の姿だった。 大きな口をだらしなく開けると、先ほどまでの威圧感はまったく無い。 そんな鮟鱇の姿に安心した2人は顔を見合わせ、コクリとうなずいた。 「次は、キリアを助けに行かなくちゃ。」 レナはそう言って、リノの背中に飛びついた。 「行くよレナ、しっかり掴まっててよ。」 「リノ、お待ちなさい。危険です。」 レリーナ王が止めたが、リノは全く聞かずレナを背負ったまま飛び出していってしまった。 リノは水をぐいぐい押し進んだ。 水の抵抗が少し痛い、しかし、2人はそんな事はどうでも良かった。 少しぐらい痛くても、少しぐらい疲れても、ただ真直ぐ進む。 振り上げられた矛、砂に捕られた足、しりもちをついたキリア・・・・ 二人の目に映る光景は二人をただ真直ぐ前へと進ませた。 今まで死の恐怖と言うものを感じた事はあっただろうか、それはどんな時か・・・ キリアは今、丁度、恐怖と言うものに立ち向かっている。 振り上げられた矛先は銀色にギラリと光り、キリアの額を睨みつける。 オルクの赤い瞳がキリアをギロリと睨む、まるで蛇のように。 砂に捕られた足が全く動かない。いや、砂のせいだけではなく、その眼に睨まれて足が動かない。 何も言い返す暇は無い、恐怖と痛みの中、オルクの声だけが聞こえた。 「呆気なかったな、キリア。もう少し強いかと思ったが・・・とんだ期待外れだ。」 そして、キリアに銀色の、三本の刃が襲い掛かる。 キリアは恐怖に押されギュッと眼を閉じた。 その時だった、キリアの耳にオルク以外の者の声が飛び込んだ。 「あ〜ぶ〜な〜い〜!!」 聞き覚えのある声がオルクにぶつかったようだ。 オルクに何かがぶつかる音とオルクの倒れる音がする。 とりあえず解かるのは、まだ刺されていないのと、誰かが助けてくれたこと。 キリアが恐る恐る、眼を開けると、自分の目の前に誰かが立っていた。 オルクよりは小さい、髪が長く、細い腕をこちらに差し出している。 「大丈夫?」 そこにいたのは間違いなく、レナだった。そして、オルクにぶつかったのはリノ。 2人とも、キリアのことを助けに来たのだ。 「立てる?ケガしてない?」 レナはそう言って、キリアの手を掴んだ。キリアはレナの腕に掴まり、ゆっくりと立ち上がった。 「あ、ありがとな・・・。」 キリアは言いなれていないのか、ぎこちなくありがとうの言葉を言った。 「どういたしまして。」 レナはニコリと笑ってそう言い返した。 「きゃっ!!」 『リノ!?』 そんな、2人の間にリノが飛び込んできた。キリアはとっさに、クッションになり、リノを助けた。 しかし、かなりの力で飛ばされたのか数十歩分は後ろに下がってしまった。 「遊びが過ぎたな、餓鬼共・・・。」 低く、怒りに満ちた暗い声と、怒りに満ちた何か重いものが三人に蛇のように絡みつく。 三人が振り向くと、そこにはギリッと歯を食いしばり、その眼を一層赤く、瞳を細くしたオルクが 矛を持ち、まるで火山のように荒々しくたっていた。 「俺をここまで、こけにして、ただで済むと思うなよ。」 妙に落ち着いた声が、一層恐ろしさを引き立てる。 矛先を真直ぐ三人に向け、矛を持つ方の手をグッと後ろに下げ、力を込めた。 「朽ちろ、糞餓鬼が・・・。」 冷たい眼と共に矛を前に突き出すが、三人までの距離は矛一本では届かない。 三人はその行動を不思議に眺めるしかなかった。 しかし、次の瞬間、レナはそれに気づいた。 体中を刺す、流れの強い海流のようなものがぶつかるような感じを受けた。 「2人とも避けて!」 叫んでも遅い、コレでは間に合わない、そう感づいたレナは、両手で胸を押さえ、グッと眼を閉じた。 (お願い、後一回、後一回分だけ力を・・・。) レナは自分の奥底から何かを搾り出すように、グッと身体全体に力を入れた。 すると、レナの背中に先ほどと同じ朱色に光る羽が現れた。 しかし、それは先ほどキリアをオルクのところへ運んだもの程の輝きは無く、まさに消えかける炎の様に頼りなく、弱々しい輝きの翼だった。 その翼を背に、レナは力の限りリノとキリアを助けるために飛んだ。 一瞬、キリアとリノには何が起こったか解からなかった。 景色が動いたかと思うと、レナが自分達の腕を掴んでいた。 その前を、蒼い閃光が走り、そこから数メートル先で消えた。 その閃光によって抉られた地面を見て、キリアとリノは恐怖した。 そこへ、レナは「大丈夫、2人とも・・・。」と言う。 息切れと共に、その言葉を発するレナは立つことすら辛そうに、フラフラとしている。 背中の羽は、落したグラスのように小さな破片を散らし、消え、それと同時にレナはドサッとキリアに倒れ掛かった。 「お、おい!大丈夫か!レナ!」 キリアは咄嗟にレナを揺すったが返事が返ってこない。 「大丈夫、眠っているだけよ。」 リノが、そっとレナの身体を抱きかかえると、やわらかい砂のベッドにその身を置いた。 「レナ・・・。私たちを助けるために、こんな無茶して・・・・。」 リノは、眠っているレナの頬をそっと撫でた。 そんな、リノの肩をポンッと叩いたのはキリアだった。 首から下げたソルブルーを右手でギュッと握り締め、オルクの方を向いて立っていた。 「リノ、レナを頼む。俺はあのでかいのを倒してくる。」 キリアはそう言って、リノが止めようとするが止まらずオルクのところへと歩いた。 リノはその姿をどこかで見たことあるようなそんな気がして仕方が無い。 忘れかけていて、それでいて強く、でも、途切れすぎていて思い出せない。 ただ一つ、感覚的に解かることがあった。 それは、心のどこかにあるキリアへの安心感、絶対に負けないという自信。 そんな背中を見ていると、キリアを見送れるような気がした。 キリアは、そんなリノの気持ちは知らず、オルクを前にする。 「小僧、まだ俺に立ち向う気か。」 オルクはキリアをジロリと睨み、低く、薄暗い声で言った。 「なんで、なんでこんなことするんだ・・・。」 キリアはボソッと呟いた。 「何故か?それは簡単なことだ。魔王様が望むからだ。それ以外に理由は無い。」 「魔王って奴がそう言ったからこんなことをするのか?魔王って奴がそんなに偉いのか?」 「魔王様は偉い、貴様らのように愚図な種族とは格が違う。」 「愚図は、お前だろう・・・。」 突如、キリアの口調が変わり、それと同時にソルブルーが強く、今までに無い強さで輝き始めた。 キリア身体が、水色に輝く炎のようにゆらゆらと揺れる何かに包まれる。 その、キリアを包む何かは触れるだけで吹き飛んでしまいそうに、周囲に水の流れの膜を作る。 水は上昇し、そして、足元に戻り上昇する、それを繰り返し、強い海流を生んだ。 「コレが、ソルブルーの力・・・。海流さえも操るか。」 オルクは吹き飛びそうな水の流れに足を踏ん張り、矛を構えた。 「だが、所詮は子供!その力を完全に引き出す前に、ここで始末する。」 オルクは、その銀色に輝く矛先をキリアに突き出した。 矛先は力強く、水の抵抗があるとは思えないほどの速さでキリアに襲い掛かった。 しかし、キリアの周りを轟々と泳ぐ水に遮られる。 「我が力が押されているなど・・・・、ありえぬ事だ!」 オルクは矛を両手で持ち、両腕に張り裂けんばかりの力を込めて、強く、真直ぐにキリアめがけて突いた。矛は流れに押され、カタカタとゆれる。 それを押しのけて、矛はゆっくりと、確実に流れを押し進んでいく。 しかしキリアは全く驚く気配が無く、それどころか矛が近づくにつれ、どこか嬉しそうな顔をする。 「削り方が足りない、でも、強い。嬉しい、強い原石を見つけた。」 明らかにキリアではない、そこにいるのはキリアの身体を借りた別の何か、だった。 しかし、表情はまるで子供、遊びを楽しむ子供の無邪気な顔をしている。 オルクは、その笑いに少し恐怖を感じたが、矛を押すその手を止めない。 オルクは、最後の一撃にと、両腕に力を目一杯込めて、押した。 すると、矛はガタガタとした震えが止まり、鋭い矛先が流れの膜を貫いた。 流れの支配を抜けた矛先は真直ぐキリアに向かい、キリアを貫くかと思えた。 「小僧、コレで終わりだ。ソルブルーの力を少し垣間見た事はほめてやろう。」 しかし、キリアは、子供の大きな目にオルクのその姿を写した。 キリアはそっと人差し指を突き出し、ギラリと光る矛先に指を当てると、まるでゆっくり動く風船を止めるようにそっと、人差し指で矛先を止めた。 「餓鬼が舐めた口聞くんじゃないよ。」 キリアが矛先を止めた人差し指をそっと前に突き出すと、オルクの矛はガラス棒のようにあっさりと粉々になってしまった。 オルクはその圧倒的ともいえる力に、立ち向う気力をそがれた。 キリアは、オルクに向かい、そっと右手を差し出すと、右の掌より水色の閃光が一閃、飛び出した。 水色の閃光はオルクを呆気なく吹き飛ばす。オルクはそんなキリアに敗北を予期した。 しかし、正気と言うものは何時、誰の手に渡るかは解からないもの。 突如、キリアの周りを覆っていた水の流れが止まった。 「あれ?なんか、とまった。」 キリアの雰囲気もそれと同時にひっくり返したように変わった。 先ほどまでの強さは感じられず、ただの子供に戻ったキリアにチャンスを感じたのはオルクだった。 オルクは少しよろめく身体で立ち上がり、右手を突き出した。 すると、オルクの被っている大蛇の被り物の尾が伸び、目で終えないほどの早さでキリアを叩いた。 「小僧、俺は逃げ帰るのではない。お前を倒すために一度引くのだ。」 そう叫ぶ、オルクの足元に丸い円が現れた。 黒い円は大人が何十人も入れそうな巨大な大きさになると、表面から黒い手のようなものが生え オルクを円の中に引きずり込んでいった。 底の見えない真っ黒の円の中にオルクはズブズブと沈み、消えていく。 「オルクざま〜、まってくだせえ!」 鮟鱇も、その円に吸い込まれるようにして消えていった。 キリアは追う暇も無かった、ただ、呆然と今の状況を見ているだけだった。 キリアはしばらく呆然としりもちをついて、オルクたちが先ほどまでいた場所を見つめていた。 しかし、しばらくすると、目が覚めたかのように 「あ、逃げるな!」 と、立ち上がってそう叫んだが、目の前がぐるぐると回る。 足が上がらず、そのまま仰向けに倒れた・・・。 (あれ?目が回る、気分が悪い、眠たい・・・。駄目だ、もう・・・・。) グルグルと回る視界の中で眠気に襲われる。 キリアは、そのまま眠気に身を任せ、そっと目を閉じる。 しかし、目を閉じる前にキリアは誰かを見た。 春の日差しのように暖かく、黒い髪と赤いワンピースの少女がこちらを見ている。 少し必死そうだ、しかし、ぼやけてよく見えない。意識が朦朧として声も聞こえない。 ただ、どこか必死そうだった。 そこで、キリアの意識は一旦、深い夢の世界へと落ちた。  キリアは気が付くと、真っ暗な海の底にいた。 そこは冷たく、上を向くとはるか遠くに太陽が見える。 波がゆらゆらと太陽の光を曲げ、何かの模様の様に見せる。キリアはただ呆然とそれを眺めている。 両手を、何かに惹かれるかのように太陽に向ける。 太陽を掴もうとしても、遠すぎて全く届かない。 徐々に身体が、暗く冷たい海底へ沈んでいく。何も抵抗できず、海に落された石ころのように沈む。 だんだん太陽が遠い存在となっていき、徐々に不安になる。 それに気づき、上に泳ごうとしても身体が動かず、ただ、沈んでいくだけだった。 次第に、海底の暗さと冷たさが怖くなる。 空気を掴むかのように、太陽に掴まろうと必死でもがく、しかし、何も起こらない。 (いやだ、こわい、たすけて!) そういった思いが心の底からあふれ出てくる、そして、最後には息が続かなくなり、苦しくなってくる。 両手で水を掻き、必死に抵抗する、しかし、息が苦しくなるだけだった。 (もう、だめだ・・・おれ、このまま・・・・。) キリアが諦めかけたその時だった。 太陽の方から何かが降りて来る。 それは、水色の光を放つちいさなちいさな石。 (あれは・・・ソルブルー・・・?) 水色に輝く石はキリアの太陽に向けた手に触れると、強い光を発した。 その光に、海底の暗い闇は吹き飛び、冷たさも暖かさに変わる。 いつしか、海は消え、輝く白い光の中に浮いていた。 ・・・・仲間を忘れないで・・・・一人じゃないから・・・・ 何処からか、声が聞こえた。女性の声、優しそうなイメージを受ける。 「懐かしい声・・・、かあさんの声かな・・・。」 そう呟いて、目を閉じる・・・・ 瞼を閉じた時の暗さが目の前にある。 ・・・・キリア・・・・キリア・・・・キリア! 今度は、聞き覚えのある声が聞こえた。 声はキリアを起こそうとしているせいか、それともキリアがそちらに近づいているのか。 声がだんだん大きくなって聞こえる。 「キリア!」 今度は、はっきりと聞こえた。 その名を呼ばれて、キリアは目を覚ました。 ふわりとした感触が暖かい、少し頭がぼうっとする、遅く起きた朝のような気分。 キリアは、目を開ける、それと同時に心配そうなレナの顔が目に映る。 「キリア、大丈夫?うなされていたみたいだけど、怖い夢でも見たの?」 「あれ、レナ?」少し寝ぼけて、そう言う。 しかし、すぐに目が覚めて、飛び起きる。 「レナ、オルクは!?海の世界は!?」 キリアは、飛び起きると同時にレナに次々と質問を繰り出す。 「落ち着いてキリア、オルクは魔王のところへ帰ったわ。海の世界は無事よ。」 レナはキリアを押さえ、焦るキリアをなだめる。 キリアは、レナになだめられ、一先ず落ち着くと、辺りを見回した。 珊瑚色の少し薄い掛け布団に海草のベッド、岩の天井は低く、大人なら手が届きそうだった。 殺風景な部屋の割の明るさに、辺りを見回すと。 天井にはホタルのように輝く丸い掌ほどの球が二、三個程天井を飛びまわっている。 「ここ、何処?俺って、外で倒れたはず・・・・だよな?」 「そうよ、オルクと闘った後、キリアはあそこで眠っちゃったんだから。」 キリアは、その言葉を聞いて、一つ、あることを思い出した。 「・・・・レナ、お前大丈夫なのか?寝てたはずじゃ・・・!」 キリアが、レナの肩を掴み、勢いよく聞いたのでレナは少し驚いたが、一旦深呼吸をし、自分の肩を掴むキリアの手をそっと掴み、面と向かって言った。 「キリア、落ち着いて聞いて、あなたは二日間も眠っていたのよ。」 キリアは、レナのその言葉に目を丸くした。 「ふ、二日も!?」 「ええ、あなたのあの闘いの後、すぐに眠ってしまったの。レリーナ様は大丈夫だって仰っていたけどリノがすごく心配していたから、ここに運んだの。」 キリアが『ここって何処?』と言う質問をしようとしているのを察したのか 「ここは、お城よ。海の王が代々生きてきた、海のお城よ。」 キリアは、ここに来て驚きばかりである。そして、レナの発言もまた、その一つだった。 それもそのはず、キリアは生まれてからお城というのは入った事、それどころか城壁に触ったことすらなかった。 だから、キリアにとって、光る宝石に選ばれることや、人魚との出会い、そしてお姫様と友達になることに驚きはしたが、お城の中にいるというのは、レナに出会ってからの一番の驚きだった。 「キリア、もしかしてお城に入ったこと無いの?」 キリアは、驚きの表情のまま、首を縦にブンブンと振った。 「大丈夫、緊張しなくてもいいよ。ここはお城って言ってもリノのおうちだから、お友達の家に遊びに来たと思えば気が楽になるわ。」 と、にこやかにレナは言うがキリアにとって、そうはいかない。 「でも、やっぱりお城は、お城だろ。俺、お城の壁にも触ったことも無いんだぜ。」 キリアは、二カッと笑ってそう言った。 レナにとってはそれこそが意外な話だったのかもしれない。 しかし、それ以上に笑顔が心の底から込み上げてくる、キリアの笑顔を見ていると自分も笑顔になってくるような気がした。 そこへ、岩で作られた扉を開けて、誰かが部屋に入ってきた。 「気分はどう?・・・・かなりいい様ね。安心したわ。」 部屋に入ってきた“誰か”は笑顔の2人を見るとホッとしてそう言った。 2人が扉の方を向くと、そこにはリノがいた。 しかし、いつもとは一味違う。 白いひらひらが可愛い、ドレスを身にまとい、櫛を通してきちんと整えた髪をしている。 蒼い宝石の付いた髪飾りが、清楚な雰囲気を漂わせる。 まるで暗示でも掛けられたかのように二人はリノに目を奪われた。 「どう?この服、お母さんが昔着ていたものなの。」 「あ、うん、にあうと思うぞ。」 キリアは、見とれる目をそらし、そう言った。 「ホント、とても似合ってるわ!」 レナとキリアの言葉に少し照れながらリノはありがとうと言う。 「ありがとう、でも、ドレスはここまでよ。さ、早く用意をして。」 と、リノは部屋の外から少し小さめのリュックと青白いく輝く水晶が装飾された、リノと同じぐらいの大きさの杖を部屋に持ち込んだ。 そして、リノはドレスをバッと、マントを広げるように脱ぎ捨てるとドレスをリュックの中に入れた。 ドレスはリュックに吸い込まれるように入った。 そして、ドレスの中にはいつもの服装のリノの姿があった。 ドレスに加え、杖もリュックに入れた。杖もドレス同様に吸い込まれていった。 「え、用意?何の?」 キリアが何もわからないという表情で言ったのでリノは呆れて額に手を押し当てて言った。 「次の世界に行く用意よ。あなた何しにここに来たのよ。」 「え、何しに来たって・・・・そうりゃあ・・・、何しに来たんだっけ?」 キリアはしばらく考えた結果、わからず、レナに聞いた。 その質問にレナは当然のごとく呆れ、やはりリノと同じく、額に手を押し当てて呆れた。 「あのね、あなたは世界を助けに来たのよ。遊びに来たわけじゃないのよ。」 「あ、そうか、そう言えばそうだったな。」 キリアはポンと手のひらを叩き、間の抜けたように言った。 そんなキリアを見てますます心配になる2人は深いため息をついた。 「先が心配だわ・・・。」 「その心配はございませんわ、レナ。彼の力、少し拝見させていただきました。」 レナに言葉を返すのは、扉の向こうから入ってきた一人の女性だった。 扉の向こうから入ってきたのはレリーナ王だった。 「気分は、だいぶ良くなった様ですね。」 「は、はい、レリーナ様。」 少し、照れながら答えるキリアの頭をそっと撫で、その光を失った目でそっと、キリアを見た。 「キリア、少し訪ねてもいいでしょうか。」 「は、はい、何でしょうか?」 「あなた、オルクとの戦いで勇敢に戦い、勝利しました。その功績を大いに称えます。 そこで、あなたに一つ聞きたい事があるのです。 あなたは、オルクとの戦いの途中、何かを感じましたか?」 レリーナ王の質問にキリアは、目を閉じて難しい顔をした。 「う〜ん・・・・。」 キリアは少し考えると、目を開けて言った。 「俺じゃないみたいでした、なんか、別の人みたいな感じがして・・・。それと後、亡くなった母さんを思い出しました。」 レリーナ王はその言葉を聞くと、少し難しい顔をしたが、すぐに優しい笑顔に戻り、言った。 「それはきっと、あなたの中の“勇気”にソルブルーが反応したのです。 ソルブルーはただの宝石ではありません、私たちと同じように意思を持っています。そして当然のように自分の考えを持つことも出来ます。アレはきっと、ソルブルーがあなたに力をかしたのでしょう。」 レリーナ王は、キリアの頭の後ろに手を回し、そっと、抱いた。 キリアは、そんなレリーナ王にどこか母親のような懐かしさを感じた。 しばらくすると、レリーナ王はキリアを離し「少し、待っていてください」と言って部屋を出た。 数分後、レリーナ王は一つの金色の指輪を持って部屋に戻ってきた。 「レナ、こちらにおいでなさい。」 レリーナ王は優しい微笑と共にレナを手招きした。 レナがそちらへ行くと、レナの手にその指輪を握らせた。 そして、レナにだけ聞こえるようにレリーナ王は言った。 「コレはあなたのお母様が持っていたものよ。いつの日か、コレを渡して欲しい、と言われて預かっていたの。彼女の言ういつの日か、は私にはわかりませんが、今渡しておくべきであると判断しました。 もらっていただけますか?」 レナはその言葉を聞くと、少し涙を流しそうになった。 胸が苦しくなって、今まで栓をしていたのに突然、栓が抜けて飛んで行ってしまったような気持ちになり、涙が体の奥底から溢れ出してくる。 しかし、レナはグッと堪えて、涙に栓をし 「ありがとうござます、レリーナ様。」と言って、ニコリと笑った。 レリーナ王はその微笑に礼を返すようにニコリと微笑んだ。 「さあ、あなた達、出発の時間です。」 レリーナ王はその身を上げ、三人をその目に写した。 「あなた達の旅に加護がありますよう、祈ります。」 優しい微笑に、旅行く子供たちの身を案じる不安と、未来への安心の入り交ざった微笑みに 子供たちは太陽のような笑顔で出発の挨拶をした。 「では、行って参りますお母様。」 リノは改まって、レリーナ王に会釈した。 「くれぐれも皆さんの足手まといにならないように・・・、そして、無茶はしないように。」 そう言っている間にもキリア・レナ・リノの足元に陣が現れた。 「陸・・・、その身に生命を乗せ、八千代の時を過ごすは大いなる陸、我等をそなたの身へ誘わん。」 翠のラインによって描かれるのは、円とその中に入る、抽象的なトラとその後ろには樹が一本。トラはこちらを向いて、威嚇するように見える。 「行ってきます!」 キリアは、足元の“門”が広がり、穴に落ちる前に、大きく手を振りそう言った。 その瞬間、レリーナ王はある人物を思い出し、その人物とキリアが重なった。 しかし、レリーナ王がキリアの中に懐かしい人物を思い出したとき、キリアは穴の中へと消えて行った。 誰もいなくなった一室、レリーナ王はキリア達が先ほどまでいた所に手を振った。 そんなレリーナ王の頬を、一筋の涙が流れる。 それは懐かしく、大切で、楽しい時間をくれた存在。 大切な仲間をその手で掴みきれなかった自分への悔しさと、懐かしさ。 そして、それと似た人物を送る事への悲しさ。 心の底から、どうして止めなかったのか、と言う後悔がこみ上げてくる。 「あなたならきっと、こうしたわね。」 レリーナ王はそう呟くと、涙を人差し指でそっと拭った。 子供たちに託された明日を信じて・・・・  暗い空間、上下が解からない事には二回目だけに少しなれた。 真直ぐ、光が差し込む穴が近づいてくる。 キリアは、真直ぐ向かってくる穴を海に潜るようにグッと目を閉じ、息を止めて飛び込むように入った。 突然、暗い夜の空と満月が目に映り、体が浮くのを感じる。 一瞬キリアはそれを感じたがすぐに真逆さまに落ちた。 「うわ、え、うわぁぁぁ!!」 ドボン!大きな音と大きな水柱を立てて、水の中に落ちた。 水中でぶくぶくと泡を吹きながらキリアは、水の中へと沈んでいく。 しかし、キリアはすぐに、押さえつけられていた手を離したゴムボール、のように水面へと浮き上がっていった。 プハッと大きく口を開けて、溜まっていた息と少しの水を吐き出した。 そして、ブルブルっと犬のように首を横に振り、髪に付いた水を払い、顔の水を手で拭いながら呟いた。 「水・・・ここって海の世界?」 キリアが辺りを見回そうとしたその時、キリアの頭上から声が聞こえた。 「・・・・リア、・・・・ぶ・・・ない。」 キリアはその声に気づいたのか自分の頭上を見上げた。 すると、頭上にレナとリノがぶつかる寸前の距離にいた。 キリアは声を上げる間もなく、2人をその見に受け止めた。 大きな水音と水柱を立てて、三人は体が絡み合った状態で水の中へ沈んだ。 少しもがいた後、すぐにリノとレナは水面へと出た。 レナはプハッと、息と少しの水を吐き出した。 もともと海の中にいたリノはその必要はなく、水面に叩きつけられて少し腫れた顔をブルブルと振った。 「大丈夫、リノ?」 レナは真っ先にリノの無事を確かめ、次にキリアの無事を確かめようとした。 しかし、キリアの姿が見当たらない。 「あれ?キリア?」 レナはその名を呼ぶと同時に、足元で何かを踏んでいるのに気が付き、そっと足元を見た。 すると、透き通る水の中でレナに踏まれ、うつ伏せで倒れるキリアの姿があった。 「きゃっ!キリア大丈夫!?」 レナは、急いで足をどけ、その場を離れた。 キリアは、急いで水面に上がり、ブハッと水を吐き、ゲホゲホと咳をした。 「キリア・・・そんなところで何してるの?」 リノは先ほどの出来事を忘れたかのようにあっさりと聞いた。 「お前らが上から降ってきたからだろが!」 「ごめん、キリア。私、まだ未熟だから。」 レナはテヘッと舌を出して、誤魔化すような笑顔と共にそう言った。 キリアは、言葉を返す気にもなれず、はぁっとため息をついた。 「それより、ここって・・・・。」 キリアは、そういいながら辺りを見回した。 キリア達がいる大きな池を囲むように立ち並ぶ大きな木々。その奥には大きな山が堂々と立つ。 真っ暗な空にただ一点、満月が密かに輝いている。 その風景を見渡すキリアにレナは言う。 「ここは、海の世界と逆の位置に存在する世界。そして、真ん中の世界の陸の象徴、陸の世界よ。」 「ここが・・・陸の世界・・・。」 そこでキリアは、頭の中で一つの疑問が飛び出した。 「あのさ、さっきまで太陽が出てたよな?」 キリアは頭の中の疑問を迷わず口に出した。 「それはね、海の世界と陸の世界は逆の位置にあるわ、逆の位置にある陸の世界と海の世界は朝と昼が逆転するようになっているの。だから、向こうが昼だったから、こっちは夜なの。」 「へぇ〜、レナって物知りだな〜。」 キリアのその言葉に、嬉しかったのか、レナは少し自慢げにエッヘンと言ってみる。 「ねえ、そんなところにいないで上がったら?」 リノが2人を呼んだので、二人が振り向くとリノは岸の方で2人を手招きしていた。 2人は、リノに言われ、一先ず岸に上がり、ビショビショに濡れた服の裾を掴みギュッと絞った。 服を絞ると、バケツをひっくり返したように水が溢れてくる。 そんな様子を、池の中からじっと見ていたリノに気づいたキリアは一つの疑問を抱いた。 「あのさ、リノってその足で歩けるのか?」 「もちろん、歩けないよ。」 リノのあっさりとした答にキリアは更に頭を抱えた。 「じゃあ、陸の世界をどうやって動き回るんだよ?」 リノとレナは目を見合わせるとニコリとして頷いた。 「そこのところはぬかりないわ。」 リノのその一言共に、リノの魚の尾が強い光を放った。 太陽のように強い光にキリアは腕で目を多い、目を強く閉じた。 しばらく目を閉じ、右手で目を覆っていたキリアは、周りの様子が見えず、光が止んだのかどうか解からなかった。 そんなキリアに、リノは 「キリア、終わったよ。もう、目を開けてもいいよ。」と言った。 リノにそう言われて、キリアは恐る恐る目を開けた。 すると、池の中には人の足に、白く長い布をスカートの様に腰に巻いたリノの姿があった。 リノは、キリアが目を開けると、ゆっくりと身体を陸に上げ、少し震え、少しフラフラとした足でゆっくりと立ち上がった。足も立ち上がると徐々に震えは止まった。 「どう、キリア?似合ってるかな?」 リノは一度クルリと回り、白い布をなびかせながらそう言った。 少し余裕を持ってクルリと回ったつもりだったが、陸に馴れないのか、それとも芝生が濡れていたせいか、足を滑らせて仰向けに派手にこけた。 「キャッ!いった〜い・・・・。」 リノは後頭部をさすりながら起き上がった、幸い地面が芝だった事とリュックを背負っていたことのおかげで怪我は無かった。 キリアとレナはそんなリノをジッと見つめた。 そして、何かつっかえていたものが抜けたように、クスクスと笑い出した。 「な、何よ!ちょっと、足滑っただけなんだからね!」 リノは顔を赤くし、そう言って、頬を風船のように膨らませた。 「あははは、ごめんごめん。」 レナはそう言って笑い涙を拭い、リノに手を差し伸べた。 キリアも空いたほうの手を掴み、二人でリノを起こした。 「大丈夫か?滑るから気をつけろよ。」 キリアがリノを起こしながらそう言った、そんなキリアは、リノには少したくましく見えた。 リノを起こすと、三人ともお互いの服を見てため息を一つ吐いた。 三人とも服がビショビショに濡れた上、変えの服はない。 「とりあえず、どこか服を乾かせるところを探そう。」 最初に提案したのはレナだった。それに続くように「そうだな。」っと、キリア。 「じゃあ、最初の目的は服を乾かせるところを探すことね。よ〜し、出発〜!!」 と、元気よく言ったのはリノだった。 そして、先頭を切って歩き始めた。 しかし、またも足元がすべり、今度はうつぶせに倒れて顔を打った。 「先が思いやられるな・・・。」 キリアは不安そうなため息と共に歩き始めた。 レナは、リノを起こし、少し歩くのが不慣れなリノと手を繋いでキリアの後について歩き始めた。 そうして、三人は緑の木々が覆い茂る暗い森の中へと進んで行った。 三人の後をつける存在にも気づかずに・・・・・。  森の中は暗く、先は見えない、木々の枝によって空も満足に見えず、ふくろうの声と風で揺れた木々達のザワザワという音が不気味さを演出する。 リノとキリアはこの森が怖くてたまらないと言う様子だが、レナは好奇心旺盛と言うか、怖いもの知らずと言うか、怖がる素振りを全く見せずに楽しそうに歌を歌いながら先を進んでいく。 「たいようさんさん〜♪ことりがなくわ〜♪虹さんおはよう〜♪」 少し上手い歌声で歌われる少し奇妙な歌が森に響く。 そんなレナの服の裾を引っ張りながら、怖がる足取りでついていくのはリノとキリア。 裾を引っ張られるのが気になったのか、レナは振り向いて言った。 「ねえ、2人とも怖いの?」 「怖いのって、こ、怖いに決まってるじゃない。」 「れ、レナは怖くないのかよ。」 そう言った二人の後ろで鳥が2,3羽、バサバサと大きな羽音を立てて羽ばたいた。 『ぎゃぁぁ!』 2人は声を揃えて、レナに飛びついた。 そんな2人に呆れたのか、レナは 「仕方ないわね、手、繋いで上げるから早く行きましょう。」と言って、怖がる二人の手を繋いで先に進んだ。 暗い道をどれだけ歩いただろう、三十分以上歩いているかもしれない。 いくら歩いても、先ほどから同じ景色が続くだけだった。 「おかしいわね、さっきからずっと同じ景色。」 レナが辺りを見渡して困り果てていると、リノは 「さっきから1m事に随分右にずれてるのに、真直ぐいけるはずないよね。」 レナの後ろからあっさりとそう言った。 「リノ、もしかしてずっと気づいてた?」 「私達、海人の方向感覚を舐めないでよね!」 リノはエッヘンと胸を張って言ったのに対し、レナとキリアはズルッとずっこけた。 「知ってたんなら、何で言わないんだよ!」 「え、陸の歩き方ってそんなものだと思ってた。」 リノは真顔で、あっさりとそう言ったのでキリアとレナは額に手を当てて首を横に振った。 「忘れてたわ、リノは陸の経験が無いから、どう歩けばいいのか知らないんだった・・・。」 その時だった、ガサガサッと音がして、三人の頭上から何か降ってきた。 キリアとリノは悲鳴を上げてレナに飛びつき、レナは降ってきた“何か”を確かめた。 怯えて、目を閉じ、レナにしがみつく2人をよそにレナは降ってきた何かを拾い上げる。 「コレは・・・・。」 レナが拾い上げた“何か”は一厘の百合だった。少し青みのかかった白い百合が落ちていた。 百合は拾い上げると、百合はホタルのように淡い青白い光が灯ったり、消えたりと美しく光る。 そして、それに共鳴するかのように、三人の前に一つ、また一つと、百合の輝きが見えた。 レナが拾った一厘とは違い、他のものはすべてそこに咲いていたもののようで その花達は、点々と輝き、三人を案内するかのように一本の道となった。 「わあ、綺麗・・・・。」 先ほどまで森を怖がっていたリノは、百合の光にどこか勇気を貰ったかのようにレナから離れ、百合に見とれた。それはリノだけではなく、レナもキリアもそうだった。 「この花、図鑑で見たことある。星百合(ほしゆり)よ。暗い森に咲くの。」 「へぇ〜、でも、コレで真直ぐ進めるんじゃない。」 先ほどの怖がりなリノは何処かへ行き、元気に歩き始めた。 「おい、そんなに急ぐとまたこけるぞ!」 キリアはそう言って、リノの後を追った。そんな2人を、「やれやれ。」とレナはついて行った。 星百合の道を三人は元気よく歩く。特にリノは楽しそうにクルッと回りながら歩いた。 「すごい、すごい、“もり”って面白い。すっごく、面白い♪」 「そんなに、はしゃいでいるとまたこけるよ、リノ。」 レナが心配して言うと、「大丈夫、大丈夫♪」と言って、もう一度クルッと回り、白い布をなびかせた。 しかし、リノはまた、レナの言うとおりになった。 クルッと回った足が絡まり派手に仰向けにこけた。 「もう、だから言ったのに・・・。」 レナがそう言って、手を差し伸べようとしたその時のことだった。 リノは仰向けに倒れた身体であるもの見た。 頭を上に向け、逆さまに写る世界を、ぼうっと眺めると、そこには、洞穴が一つあった。 「あ、洞穴見っけ。」リノは仰向けのまま、洞穴の方を指差した。 『え?』レナとキリアはそう言って、リノの指差す方向を2人同時に見た。 「本当だ、洞穴だわ。」 そう言って、レナはリノを起こして、洞穴の方へ足を進めた。 「お、おい、レナ待てよ!」 「あ、待ってよレナ!」 2人は、急いで“頼りのレナ”の後を追った。 洞穴の中は広く、中は真っ暗で何も見えない。 解かるのは、大きな石が足元にいっぱい落ちていることと、奥のほうから気持ちのいい風が通ること。 キリアと、リノは手探りでお互いの手を探した。 お互いの手を見つけると、ギュッと強く握り、お互いの怖さを紛らわした。 「2人とも大丈夫?ごめん、今、灯りをつけるからね。」 そう言うと、レナはポケットに手を入れて何かを探し始めた。 しばらく手探りで何かを探していると、ポケットの中でレナの手に何かが当たった。 レナは、手に当たった“何か”を何の迷いも無く取り出した。 「あった、コレで灯りをつけて・・・。」 レナはポケットから丸い玉を取り出し、二、三度、軽く撫で、こう呟いた。 「起きて、私達を照らし、そして、温かい光を・・・。」 すると、レナの丸い玉が光り、その光はあっという間に、洞穴全体を照らした。 「2人とも大丈夫?」 そう言って、レナは2人を探すように、岩の壁に囲まれた、天井の高い洞穴内を見回した。 すると、レナの目にあるものが写った。 「き、きゃ〜!!」 洞穴内にレナの甲高い悲鳴が反響する。 怖さのあまりに手を繋いでいた、リノとキリアは丁度、後ろから声がしたので2人は同時に振り向いた。 「どうした、レナ!」「何があったの、レナ!」 2人が同時にそう言って、レナのほうを振り向くと、レナはあるものの前にしりもちをついていた。 そのあるものは、黒い毛に覆われた人の腕、腰から下は水牛のような足を持ち、牛の尻尾が揺ら揺らと揺れる。顔は人の顔をしている、黒い短髪に鋭く赤い目、そして何よりも目をひくのは頭についた渦巻きの角。しかし、背はキリア達よりも少し高いほどで、どこから見ても少年と言った感じだった。 「お前ら、よく迷わずにここまで・・・・」 渦巻き角の少年がそう言いかけたところで、リノが飛び出した。 「あんた、レナに何やってんの!!」 リノのとび蹴りが、見事に渦巻き角の少年の顔面に当たり。 少年はそのまま後ろに倒れ、不運にも岩に頭を打ち、そのまま気絶してしまった。 「レナ、大丈夫!」 その光景に唖然としているキリアをよそに、リノはレナを起こした。 「ええ、私は何もされていないわ、と言うより・・・」 レナは、三人をここまで案内した星百合の方をチラッと言った。 「私達にこの場所を教えてくれたのはきっとこの子ね・・・。」 レナが少し申し訳なさそうに言うと、リノの表情は一瞬固まった。 「え?え?どうしよう、私この子蹴っちゃったよ。」 リノが少し戸惑っていると、キリアは意外にも冷静に 「とりあえず、気絶させてちゃったもんはしょうがないし、起こした方が早いんじゃないのか?」 と、目を回しながら倒れる少年を指差して言った。 「そうね、そうしましょう。」 そう言って、レナとキリアは少年を洞穴の真ん中に運び。レナは先ほどの玉も洞穴の真ん中に置いた。 洞穴の真ん中に少年を寝かせると、リノは心配そうに少年の顔を覗き込んだ。 「ねえ、レナ。この子、大丈夫かな?」 リノの心配そうな問いかけにレナは、安心させる笑顔で 「大丈夫よ。この子は多分、陸人よ。陸人は体が丈夫だからコレぐらいなんでもはずよ。」 そう言って、レナが少年を軽く揺すった。 すると少年は「う・・・んん・・・。」と言って、まぶたを少し動かした。 そして、ゆっくりと目を開けて、辺りを軽く見回した。 目を開けた少年の顔を覗き込み、レナは少年に言った。 「大丈夫?身体は動くかしら?」 すると少年は、ゆっくりと身体を起こし 「ああ、アレはさすがに効いたけど、別に何ともねえよ。」 「うわ〜、すっごいタンコブ〜。」 リノがレナに隠れてボソッと言うと、レナは急いで、リノの口を閉じた。 しかし、それは少年に聞こえたのか、少年は、はははと恥ずかしそうに言った。 「で、おまえ名前は?なんで、俺たちをここまで案内したんだ?」 キリアはかがんで少年の目線に合わせ、少年に聞いた。 「あ、そうか、まだ言ってなかったな。」 そう言うと少年は、勢いよく立ち上がり、親指を立て、親指で自分を指差した。 「俺はこの森の守主(もりぬし)、コロナだ!ツナクの森のコロナとは俺のことだ。」 コロナと名乗った少年は景気よく自己紹介した自分に少し満足した。 が、そんなコロナの自己紹介に水を注すのはキリアとリノだった。 「知らない、初めて聞いた。ねえレナ、この人そんなに有名人なの?」 リノの痛い所を突く発言にコロナは「うっ!」とのけぞり、足が一歩下がる。 「なあレナ、“もりぬし”って何?」 キリアの言葉がコロナに追い討ちをかける。 そんなコロナを助けるようにレナが、慌ててキリアに説明した。 「あ、あのね、守主って言うのはね、その森を護る人のことなの。で、このツナクの森はこの“コロネ”君が守っているの。」 レナは助けているつもりで言った、しかしコロナはますます、落ち込むだけだった。 「だ〜、俺はコロナだ!間違えるな!」 「でも、こんなか弱い女の子に蹴られて気絶してるぐらいじゃね〜。」 リノは、自分のことを棚にあげ、コロナに言った。 すると、コロナはその言葉に頭に来たのか 「う、うるさい、そもそも、か弱い女の子は蹴ったりしねえよ!怪獣女!」とリノに言い返した。 コロナの返す言葉が気に入らないのか、リノは 「な、何よ、女の子に気絶されたよわむしい!」と、叫んだ。 リノの、“弱虫”の言葉に怒ったコロナと、怪獣女と言われて怒ったリノはにらみ合いを始めた。 「弱虫、弱虫、弱虫、よわむしい〜!!」 「怪獣女、怪獣女、怪獣女、かいじゅうおんなあ〜!!」 2人の言い合いを止めるように、キリアはコロナを、レナはリノを掴み、二人を引き離した。 「おい、コロナ、落ち着け!」 「リノ、止めなさい。」 しかし、そんなことでは2人の火は消えなかった、コロナは押さえつけるキリアに 「コレが落ち着いてられるか!こんな、凶暴怪獣女に弱虫と言われて、落ち着けるか!」 と、叫び倒しながら暴れた。 「弱虫って言われたくらいでそんなにカリカリして。ばかだからそんなに怒りっぽいのよ。」 と、リノは余裕の表情で、コロナの火に油を注いだ。 「な、なんだと、こいつ〜!!」 暴れるコロナに、リノはベ〜ッと舌を出した。 「ちょっとリノ、止めなさいってば!」 しかし2人の言い合いは全く止まらず、その光景にレナは、はぁ、とため息を一つ吐いた。 そして、リノを離し、ポケットの中に手をいれ、手探りで何かを探し始めた。 その様子をキリアだけが不思議そうに見ていた。 少しすると、レナはポケットの中から赤い玉を取り出し 「2人とも、止めなさい!!」と言って、赤い玉を2人の丁度真ん中に投げた。 すると、赤い玉はパンッと袋の破ける音共に弾けた。 「うわっ!」「きゃっ!」 リノとコロナ、そしてコロナを押さえていたキリアの三人は驚き、後ろに仰け反った。 さらに、弾けた赤い玉から小さな赤い玉が幾つも飛び出し、パンッ!パンッ!と音を立てて破裂した。 三人はその光景に驚き、赤い玉が破裂し終わった後も硬直していた。 そんな三人を見たレナは、三人の顔を覗き込み 「ちょっとやりすぎたかな。」と、テヘッと舌を出して、言った。 そんな硬直状態で最初の言葉を発したのはキリアだった。 「れ、レナ・・・さっきの何?」 「え?アレはビックリボール。子供のおもちゃよ。」レナはさらりと言った。 「で、でもやりすぎじゃない!」 次に言葉を発したのは、レナの行動に少し腹を立てたリノだった。 「そ、そうだ!ビックリするじゃねえか!」 リノの後に続くようにコロナは言った。しかしキリアは、レナの味方をする形で2人に言った。 「喧嘩してるお前らが、悪いだろ。」 キリアの正論に、返す言葉のない二人は、ぐさりと痛い所を突かれて、しょぼんと俯いた。 そんな2人にレナが言った。 「まあ、2人とも顔を上げて、今は先にやる事があるでしょ?」 『先にやること?』 リノとコロナの声を合わせた問いかけにレナはコクリと頷いた。 「そう、私達の自己紹介と、どうしてコロナ君が私達をココに呼んだのか、説明してもらわないと。」 2人はレナの言葉に少し落ち着いた。 2人の有無を問わずに、レナは自己紹介を始めた。 「私はレナ、レナって呼び捨てで呼んでくれて構わないわ。」 レナは、ニコリと笑ってコロナと軽く握手した。 そしてレナは、リノを強引に自分の前に座らせ、自己紹介した。 「この子は、リノ。こんなんだけど、本当はとても良い子なの。よろしくね。」 レナに合図され、リノは渋々、コロナと握手した。 「よろしく。」と嫌そうに言いながら。 それに対して、コロナも無愛想な「よろしく」を返した。 レナは少し引っ掛かる二人の、仲の悪さを大目に見て、キリアの方を見て言った。 「彼はキリア。キリアは田舎者だからものを知らないの、許してあげて。」 “田舎者”という言葉が少し引っ掛かりながらも、レナの視線に負け、笑顔で握手した。 レナの、軽い自己紹介が終わると、コロナは思い出したかのように言った。 「あ、そうだ、一つ聞きたい事があったんだ。」 三人は『何?』ときれいに声をそろえて聞いた。 「お前達は突然、空から降ってきたけど・・・。アレは何だったんだ?」 「あ〜、アレは・・・」 キリアがコロナに説明しようとしたその時だった。 レナが急いで、キリアの口を塞ぎ、洞穴の外へ、リノとキリアを連れ出した。 洞穴の外から、レナはコロナに「少し待ってね。」とニコリと笑って言うと、キリアたちの方を向いた。 「2人に一つ言っておかないといけないことがあったわ。」 レナは2人に顔を近づけ、小声ながらも強調するように言った。 「ココは、あなた達がいた世界とは別の世界よ、海の世界はリノが海の王と密接な関係にあったから その世界に行っても、すぐに海の王に会って問題が起こるのを未然に防げたの。 でも、あの子は他人よ、それにどう見ても、陸の王とは無関係そうな顔をしているし。」 その言葉と共に、三人はコロナのほうをチラッと見て、コクリと頷いて納得した。 「陸の王に会う前に私達が別の世界から来たってことが、知られたら大問題よ。陸の世界を混乱させることになるわ。ただでさえ、魔王の手によって混乱が起きているのに・・・・。」 そこへ、キリアがレナに一つ質問をした。 「なあ、何で、別の世界から来た事がばれたら問題がおきるんだ?」 キリアの言葉に、レナは呆れて、いつもの深いため息を吐いた。 「もう、何でそんなに物覚えが悪いのよ。いい?陸の世界と海の世界、そして他の二つの世界は もともと争っていてそれぞれの世界に封印されたのよ。争い合っていた種族が突然その地に現れて平然としている人は、ほとんどいないわ。」 キリアは、「あっ、そうか。」と、手をポンと叩いて納得した。 「いい、だから、2人とも陸の王に会うまで正体を明かしちゃだめよ。絶対だからね。」 レナは、首を縦に振る二人に念を押し、コロナの方を振り向いた。 コロナは暇そうにあくびをしながら、こちらの様子を見ている。 「ごめん待った?」 レナは先ほどの事は何も無かったかのように言った。 そんなレナを妙に思いながら、コロナは頭の中で何でもなかったことにした。 「で、お前達はどうして突然、空から降ってきたんだ?」 「あ〜、アレはね・・・・。」 レナはそう言いながら、言い訳を考えていると一つ言い案を思いついた。 「あ〜、アレは、新しい遊びよ。高く飛んで、池の中にバシャーン!って落ちるの、た、たのしいのよ。」 「あ、ああ。スッゴイ楽しいぞ!」 レナのアドリブにキリアは上手く合わせた。 「あれ、でも、なんか、足が魚みたいな奴がいたような・・・・。」 コロナは次の疑問を、三人にぶつけ、ぶつけられた三人はギクッとした。 「えっと、あれは・・・その・・・。あ、そう!リノの服でそういう風に見えただけよ!」 レナは咄嗟に、そんな言い訳を言ったが、さすがにコロナはそこまで頭は悪くなかった。 「そうか?見間違いであんなふうに見えるのか・・・。」 コレは誤魔化しきれないと判断したレナは、話題を急にコロッと変えた。 「そうだ!今この世界の状況と、王様が無事かどうかを知りたいんだけど。」 その言葉に、コロナは更に不思議そうな顔をした。 「今この世界は、魔王の襲撃を受けてるんだよ。そんなの赤ん坊だって知ってるぞ。」 「私達、とても遠いところから急いでココに来たの、だからココの状況がわからなくて。」 レナは、咄嗟にそんなことを言って誤魔化した。 コロナはそれにあっさりと引っ掛かり 「そうか〜、遠いとこから来たなら仕方ねえな。ま、田舎者ために俺が教えてやるよ。」 鼻を親指でグッと拭き、偉そうに言ったコロナにリノは頭にきたが気持ちを抑え、小声で言った。 「どっちが田舎者よ。私は海の姫様だっての。」 「ん?何か言ったか?」 コロナがリノに聞くと、リノは「何でもない。」と笑いながら首を横に振った。 少し引っ掛かりながら、コロナは「まあ、いいか。」と独り言を呟いた。 「で、今のこの世界の状況だったな。 今、この世界は魔王の襲撃を受けてるのはさっき言ったよな。その魔王の使いがとんでもない奴でな 何でも陸の王がそいつに捕らえられたらしい。」 「で、魔王の使いはどんな奴なの?王はどうやって捕らえられたの?ココからお城の方向は?」 レナは少し焦っているのか、土砂降りの雨のように質問を立て続けた。 そんなレナに対応しきれなくなったコロナは焦り、レナを止めた。 「ま、待てよ。俺が知ってるのは城までの道だけだ。」 コロナのその言葉にリノは 「何よ、人のこと田舎者呼ばわりしといて、あんたも知らないんじゃない。 どうせあんたも田舎者でしょ。」 リノは更に、「田舎者に限って見栄を張るのよね。」と言葉を付け加えた。 「止めなさい、リノ。私達はけんかしてる暇はないんだから。」 レナはそう言ってリノを静止すると、コロナに切羽詰った表情で言った。 「コロナ、お願いがあるの。私達をお城まで案内して欲しいの、いいかしら?」 レナの切羽詰った瞳を見て、コロナはコクリとうなずき 「断る理由がねえ。困っている人を放っておくような奴になるな、親父がそう言ってた。」 「ふ〜ん、いいお父様ね。」 レナは何かを悟ったのか、その一言で話題を切った。 「じゃあ、膳は急げよ。早く王のところへ。」レナは先頭を切ってそう言った。 しかし、キリアとリノは一つの疑問をレナに訴えた。 「おい、レナ。今から行ってもかなりかかると思うぞ。」 「どうする気よ、レナ。」 2人が同時に質問をすると、レナはそんな2人に「大丈夫、任せなさい。」と言って、右のポケットに手を入れて、何かを探し始めた。 「あ、あった、あった。」レナはポケットからある物を取り出すと、二人に見せた。 レナが二人に見せた物は靴だった。何で出来ているのか不思議な材質の白い靴だった。 靴の横には羽の形の装飾品がそれぞれの靴の外側についている。 「フェザーブーツ、これを履けば速く走れるようになるわ。」 そう言って、リノとキリアに一足ずつ靴を渡した。 そしてコロナのほうを振り向き、コロナにも靴を渡した。 しかし、コロナは「俺はいらねえ。そんなもん無くても俺は、はやく走れる。」 そう言って、コロナは自慢げに、その水牛のような力強い足で軽く2,3回飛び跳ねた。 次の瞬間、キリア、リノ、レナの三人の間に風が吹きぬけた。 レナとリノは気づかなかったが、キリアは確実に自分の横を何かが通り過ぎたのに気づいた。 キリアはバッと洞穴の外の方を見た、するとそこには先ほどまで中にいたはずのコロナの姿があった。 キリアにつられて、リノとレナも外にいるコロナの方を見た。 「は、はやいな〜。」 その速さに呆気にとられた、キリアはそれ以外の言葉が出なかった。 「どうよ、俺は足のはやさが自慢なんだ。」 自信満々に胸を張り、少しいい気になるコロナにリノが冷たい水をかけた。 「足のはやさが、じゃなくて、足のはやさ“だけ”が自慢なんでしょ。」 意地悪な笑顔で、“だけ”を強調したリノの言葉に調子を崩されたコロナは 「な、こけてばっかりいる奴にそんなこと言われたくねえ!」 コロナの言葉がグサリとリノの胸に突き刺さり、リノはカッとなって「弱虫!」と言葉を返す。 そして、コロナがその言葉に「凶暴女!」を積み重ねて、2人のけんかの火が点く。 キリアとレナの前を「弱虫」と「凶暴女」が飛び交う。 2人は、お互いに目で「先が思いやられる」と言った。 レナは、けんかしているコロナを止める意味も込めて 「早く案内して、時は一刻を争うのよ。」と言った。 コロナは、思い出したかのように、けんかを止め 「ああ、わるい。じゃあ、急ぐからしっかり付いて来いよ。」 と三人に言うと、森の中を真直ぐ走り始めた。 三人は、急いでコロナの後を追って走り始めた。 走り始めの第一歩、リノとキリアは妙な感覚を感じた。 足元が少しふわりとする、体が軽く、前へ前へと、まるで強い追い風にでも吹かれているように進む。 いつの間にか乾いていた服は、バサバサと風になびき、木々の間を通れば木々がざわざわと揺れる。 周りの景色が速さ故かはっきりと見えない、キリアの目で見えるのは、前を走るレナとコロナのみ。 「うわ!なんか、すごく早く走れるぞ!」 キリアは嬉しそうな声を上げ、リノにも同意を求めようと後ろを走っていたリノの方を向いた。 しかし、ひと目見て、様子のおかしさに気づいた。 「あれ?リノ?」 先ほどまで、今までに無い感覚を楽しんでいたリノの姿が無い。 「おい、レナ!コロナ!止まれ、リノがいない!」 キリアに叫ばれ、二人が咄嗟に止まり、後ろを振り向くと確かにリノの姿が無い。 2人が突然止まり、止まる準備を全くしていなかったキリアはコロナにぶつかった。 コロナは、キリアを身体で受け止めて、そのまま後ろにこけ、地面に頭を撃った。 「あ、わるい、大丈夫か?」 「大丈夫なように見えるか?」 キリアの言葉にコロナは大きなタンコブをさすりながら言葉を返した。 「ちょっと〜、三人とも待ってよ〜!!」 そこへ、泥だらけのリノが走ってきた。 キリアごと起き上がろうとしていたコロナは「何やってんだよ!」と呆れながら言った。 三人の近くまで走ってきたリノは「きゃっ!」っと、悲鳴を上げて大きく転覆し、そのまま起き上がろうとしていたコロナに突っ込んだ。 せっかく起き上がっていたコロナと持ち上げられていたキリアは、ゴン!とリノの頭が直撃しコロナは再び地面に叩きつけられた。走っていた反動もあったのか、2人は痛みのあまり声も出なかった。 「あれ、2人とも大丈夫?」 リノが二人に聞くと、レナはリノの方をポンと叩いて 「大丈夫じゃないと思うよ。」と言った。 三人を起こすと、レナはリノの泥だらけの格好を見て 「リノそれ・・・・こけたのね。」と、断定した。 リノは、恥ずかしそうにコクリとうなずいた。 「やっぱり、靴を履いてもリノはリノよね・・・。」 レナはヤレヤレと呆れと自分の誤算にため息をついた。 「ねえ、コロナ。彼女を背中に乗せて上げられないかしら?」 と、コロナに唐突な質問をした。 当然2人は首を、“嫌”ということを強調するように横に振った。 「でも、コロナ、こんな事は、力の有るあなたにしかできない仕事なの。それにリノ。上手く歩けないあなたを走らせておくわけにもいかないわ。」 レナの少し大人びた説得に、2人はお互いに顔を見合わせて「仕方ない。」とうなずいた。 コロナはリノに背中を向け、片ひざを付いて 「そら、乗れよ。絶対におとさねえ自信はある。」と少し不満そうに言うと リノは嫌がるかと思いきや、そんな気配は無く、素直にコロナの背中に乗った。 コロナの背中にしっかりとしがみつくリノを見て、不思議に思ったコロナは、少しちゃかしてみた。 「どうした、おとなしいじゃないか凶暴女。」 すると、リノは何も言わず、後ろからコロナを力なく叩いた。 そして、コロナにボソッと言った。 「足、怪我して歩けないの・・・。」 コロナは、「ヤレヤレ」と心の中でいい、一つ息をした。 「そうか、足に響かないように走ってやるから、しっかりつかまってろよ。」 と、リノに囁くと、足を、バネに力込めるように曲げ、そして一気にかけていった。 レナとキリアは急いでその後を追った。 少し大きく、少したくましく、そして初めて負ぶさる男の子の背中。 (お父さんってこんな感じなのかな・・・。) と、コロナの背中の上で、月だけの輝く夜空を眺めながら、そう思う。 吹き抜ける風と丁度良い揺れがリノを夢の世界へと導く。 「寝てはいけない。」そう、自分に言い聞かせながらも、なれない陸地を歩いた疲れか、瞼が重くなる。 むかし、むかしの懐かしさに包まれながら、リノはコロナの背中の上で、浅い眠りについた。 目の前が真っ白になり、意識が薄れていく・・・・ 誰かが、リノの頬を撫でる。懐かしい思いがこみ上げてくる。 でも、逆光で顔がよく見えない。 幼いリノは何も考えずに頬撫でる手を小さな手で掴む。 そして、景色は突如、ガラリと変わり、暗いトンネルを体が落ちていく。 なす術も無く、また、あがくこともせずに出口に向けて真直ぐ落ちていく。 たどり着いたのは何も無い真っ白な世界。 見渡す限り白、何処が壁で何処が空気かわからない。 そんな中にリノはただ、呆然と浮いている。 「みんな、いなくなるのかな・・・・。」そうつぶやいて見る。 そんな気は全く無かったのに、そう呟いてみた。 すると突然、怖くなった。心の底から髪の先までに冷たい何かが伝わるのを感じた。 「みんな私を一人にしないで・・・。」 頬を一筋の冷たい涙が伝う。 その一言と共に、体と心がキュッと締め付けられるように、悲しくなり。 目の前が溢れる涙で歪む。もがこうにも、身体は動かない。 ただ悲しみの海につかり、朽ちるのを待つだけだった。 ついには、リノの気持ちは一人になり、先ほどまで仲間と呼んでいた者達が遠ざかるように記憶が薄れていった。 その時だった、リノは何か暖かいものに触れる感覚を体全体に感じた。 暖かく、気持ちよく、安心できる何かに“触れる”と言うよりも“抱く”という感覚があった・・・ そうして、リノは浅い夢から目を覚ました。 いつの間にか森を抜け、月の照らす荒野を走っていた。 頬を涙が伝うのを感じたリノは、眠っていた事への焦りの前に拭き取った。 すると、リノの目覚めに気づいたコロナはリノにそっと言った。 「もう少し、寝ていてもいいぞ。王の城まで、まだあるからな。」 するとリノは、フルフルと首を横に振り、小声で「いい、起きてる。」と言った。 「そうか、怖い夢でも見たのか?」 コロナは意外にも、先ほどの子供っぽさを感じさせない、“お兄さん”といった風な口調で言う。 「怖い夢を見たときは、人に夢のことを聞いてもらえば楽になるぞ。」 「そうなの?」泣いたせいで、少し赤く腫れた目で信頼を込めて聞いた。 「怖いこと、辛いこと、悲しいこと、どれも独りでいるから来る、独りじゃなくなれば怖くない、だから寄り添う仲間を見つければ良い。俺の親父がいつも言っていた言葉だ。」 「へぇ〜、コロナのお父さんっていい人なんだね。」雨降りの後の、不器用な笑顔でリノは言った。 「ああ。だから、怖い夢の話は俺に話せ。今お前によりそっているのは俺だからな。」 「うん、すごく怖い夢を見たの。最初は私が赤ちゃんのころの夢だったの。それが突然、暗いトンネルに入ってね、それで、真っ白くて何も無いところに落ちたの。 そしたら私そこでね“みんないなくなっちゃうのかな?”って言っちゃうの。」 徐々に、リノの目に涙が溢れてくる。 「そしたら、すごく怖くなってきて、みんな本当にいなくなっちゃう気がして、 すごくすごく、怖かったの。むねがキュ〜ッてくるしくなって・・・・。」 大粒の涙を流しながら、置いていかれないようにと必死でコロナの背中にしがみつくリノの手は震え 痛いほどに、しっかりと片を掴んだ。 「そうか、それは怖かったな。もう一回寝て、そんな嫌なこと忘れて、今度目が覚めたときはいい夢だった、て言ってくれ。」コロナが優しくそう言うと、リノはコクリとうなずき、目を閉じた。 まだ頬を流れる、涙は風がそっと拭き取ってくれた。 リノの閉じた目には明るく映る、太陽、青い空、両手を誰かが繋いでくれている。 横を振り向けば、キリアとリノと手を繋いでいる、前を見るとコロナがいる、海の上で仲間と一緒に。 リノが次に目を覚ましたのは、平原を走っている時だった。 少し、目をこすると、コロナの耳元に囁いた。 「いい夢だったよ。」 すると、コロナはニッと笑って「良かったな。」と言った。 そんなコロナの顔を見てリノは、少し顔を赤くし、眠気が一気に吹き飛んだ。 コロナの姿が月の光と、眠気によって、ぼやける視界のせいでとても綺麗に、輝いて見えた。 コロナは顔を赤く染めるリノに「大丈夫か?顔赤いぞ。」と聞くと、リノはフルフルと首を振った。 「大丈夫、何でもないの。ねえ、それよりアレ何?」 とリノは、コロナたちが向かう先にある、建物を指差した。 その建物は大きく、それを煌々と月が照らす。 大きな白いレンガのドーム型の建物、それを囲むように聳え立つ四つの円柱形の建物。 「アレが王の城だ。今、あそこに現王:レオン王が掴まっている。」 コロナは横を走る二人と、背中のリノに言った。 「アレが城か〜、随分変わった形だな?」 キリアの城を見た感想はそれだった。しかし、その言葉にコロナは少し疑問を感じた。 「変わった形って、城ってどれも、あんな形してるだろ。」 コロナの言葉に、レナは慌てて 「わ、私達スッゴイ遠くの田舎から来たの。だから、お城なんてもうね。」 レナはそう言って、リノにニコリと笑って同意を求めた。 リノは、“田舎者”と言うのが不本意だったが、即席の作り笑いで対応した。 「え、ええ。私達のいたところはすっごく、すっご〜く田舎だから、アハハハハ。」 コロナは少し、妙に思いながらも「そ、そうか。」と納得した。 そんな話をしている間に、陸の王の城が近づいてくる。 あっという間に、陸の王の城の真正面まで来た。 四人は一先ず体勢を立てるために、裏手の森に回る。 木々の間から見る城は大きく、特に四本の柱は見上げると、空に届きそうだった。 「近くで見るとさすがに迫力有るな〜。」 キリアは高々とそびえる柱を見上げた。 「で、城の前まで来たけど、お前達何がしたいんだ?」 コロナは、「まさか」と言いたげな表情で3人に聞いた。 すると三人はコクリとうなずき、その後、レナが城を指差して言った。 「城の中に入ってレオン王を助け出すわ。」 レナの発言に、コロナは予想していたとはいえ、驚いた。 「な、なに考えてんだ!あの中には、王でも勝てないほど強い、魔王の使いがいるんだぞ!」 「それでも、誰かが行かないと、誰も救えないよ。」 リノがコロナにそう、説得した、しかし、コロナは 「俺たちが行ってもかなうわけ無いだろ!」そう、強く言葉を返した。 しかし、リノは、コロナを意地悪な目で笑い 「もしかして・・・。あんた、怖いの?」と言った。 「な、ばか!そんなわけねえだろ!」と、無理に強気になってみせるコロナに、リノは 「だよね〜、ツナクの森のコロナが、魔王の使いの1人や2人が怖いはず無いよね。」 と、笑顔でニコリと言うと、コロナは震える手を腰に当て、胸を張って 「お、おうよ、お、俺が魔王の、つか、使いなんかに、ま、負けるかよ。」 と、言葉を噛みながらも、強がってそう言った。 「じゃあ、城に入るのはこの四人ね。」 レナはそう言うと、ポケットから、一本のロープを取り出した。 そのロープは変わったことに、先端が蛇のおもちゃの様な、蛇の顔がある。 「コレはへびロープ、このロープで塔から侵入しましょ。」 レナはそう言って、四つの塔の内の一つを指差した。 四人が再び塔を見上げると、塔はキリア達の何十倍もあり、レナのへびロープはせいぜい、5,6mといったところだった。 何か言いたげな三人をよそに、レナはロープの蛇の頭の付いた先端をピンと張った。 ピンと張ったばかりの先端をだらりと地面にたらし、そのままくるくると回し、塔の一番上に見える窓に向けて蛇の頭を飛ばした。 すると、驚くことにロープはグングンと伸び、蛇の頭は宙を泳ぐように伸びるその身体で塔の窓を目指した。 ロープはあっという間に塔の一番上に有る窓の淵に届き、淵をがぶりと噛み付いた。 レナはへびロープを二、三度引っ張り、噛み付いた蛇の頭が離れないのを確かめると 「大丈夫みたいね、じゃあ、皆へびロープに掴まって。」と、三人に言った。 キリアは、へびロープの意外な活躍に驚きながらも、ロープをしっかりと掴んだ。 リノもその後に続くが、コロナだけは違った。 「ま、待てよ、本当に行く気かよ!?相手は魔王の使いだぞ!」 と、三人を止めたが、魔王の使いを恐れているのはどうやらコロナだけのようだ。 リノは、そんなコロナの腕を引き 「大丈夫、皆でやれば怖くないよ!」と、笑顔でコロナを元気付けた。 「男だろ。せっかくココまで来たんだ、最後まで一緒に行こうぜ。」 とキリアに言われ、最後にレナが 「どの道、ここにいても魔王の使いに見つかって、やられるのがオチね。」 と言う、とどめの言葉に震えながらも覚悟を決め“させられた”コロナもロープを握った。 「じゃあ、行くよ、皆しっかり捕まっていてよ!」 レナがそう言うと同時にへびロープは一気に縮み、掴まっていた四人は塔の窓へ真直ぐ飛んだ。 すごい速さで縮まる蛇ロープは、あっという間に元の長さに縮まり、縮んだロープの反動で四人は窓に勢いよく突っ込んだ。最初に窓に入ったレナは転がり、奥へ、その次に入ったキリアは不運なことにリノと、その上にコロナがのしかかった。 「いってぇ〜、俺って、上に乗られてばっかりだ・・・。」 キリアは、不満そうにリノとコロナに圧し掛かられながら言った。 「大丈夫、キリア?手伝おうか?」 レナはしゃがんで、のしかかられて起き上がれないキリアに言った。 するとキリアは焦りの混じった顔で首を何度も縦に振った。 レナに手を引かれ、リノとコロナの重みから抜け出した。 するとリノは「あ、キリアずるい!なんで、あんただけ先に助かってるのよ!私も助けてよ〜。」 キリアはそう言われ、渋々とコロナをどけ、リノの右手を掴み、起こした。 それを見ていたコロナはリノに一言 「お前って、結構貧弱だな。」と、言ってみた。 「はっ?」と、リノはその言葉に対し分けがわからないと言う風な表情を見せた。 「人、一人に乗られたぐらいで音を上げる“陸人”なんて見たこと無いぞ。」 コロナの“陸人”という言葉に、三人はグサリと痛い所を突かれた気がした。 「リ、リノは室内育ちだから、ね。」 と、レナはリノにそう言ったが、リノは小声で「ちょっと、私にふらないでよ。」と言ったがもう遅かった。コロナは完全にその話を信じ込んでしまった。 「へぇ〜、でも、たまには外に出て体を動かさないと駄目になるぞ。」 しかし、全く違うわけではなく、むしろ当たっていると言った方が正解だった。 そのせいか、リノは演技以上のことも言えた。 「私、本の虫だから。毎日、毎日、本ばっかり読んでたの。」 話が少し長くなりそうだったのでレナは 「話は先に進みながらしましょ。」と言って、その部屋の中に有る螺旋階段を指差した。 全員は螺旋階段を覗くと、少しゾッとした。 最上階から何処まで続くかわからない、内側に壁の無い螺旋階段が延々と続いている。 真ん中の開いた空間を覗くと、下から強い風が吹く。 その風は円柱状の塔を駆け上ることで、何かのうなり声のような音を出す。 子供達にはそれが怖くてたまらない。 先に進まなくてはならないので、四人は立て一列になって進むことにしたが、先頭のレナと最後尾のキリアは怖いものだ。 レナの後ろのコロナは、後ろのリノの視線を感じた。 「なあ、リノ?何か用事か?」と、振り向くと、リノは首を横に振り 「ううん、何でもない。ただ、大きな背中だな〜って思って。」 「そうか?なんか、照れるな。」と、コロナは頭を少し掻いた。 コロナは何かを思い出したのか、ポンと手のひらを叩き言った。 「あのさ、さっきの話の続き、聞かせてくれよ。」 「さっきの話?別にいいけど、おもしろくないよ。」 すると、キリアも後ろから 「あ、俺も聞きたいな。」と、怖さからか、ちゃっかりとリノの服の裾を掴みながら言った。 「私にもその話聞かせてよ、どうせコレだけ暗くて怖いんだから、せめて何か聞いて気を紛らわせないと。」とレナも、キリアに続いて言った。 リノは皆にそう言われて「仕方ないわね。」と言って、話し始めた。 カツン、カツン、と響く足音とぼんやりと光るろうそくの、怖さを紛らわせると思ったから。 「私、昔は毎日、毎日、本を読んで暮らしていたの。外には私と同じ世代の子はたくさんいたけど 友達になれなくて、いつも、楽しそうに遊んでいるのを見ていたわ。 毎日、臆病なガラスの部屋に閉じこもっていた。 でも、ある日、何処からともなく、ある女の子が来て、私をガラスの部屋から連れ出してくれたの。 その子が連れて行ってくれた部屋の外は、始めての世界だった気がしたの。 初めて太陽の光を浴びた気がしたわ。」 リノの話に何か気づいたのか、レナは少し照れくさそうだった。 「ふ〜ん、で、今の凶暴さに至ると言う訳か。」 コロナはそう呟くが、すぐにリノの冷たい視線に睨まれたので、それ以上は喋らないようにと口を押さえた。 「そう言えばさ、コロナのお父さんってさ・・・。」 「亡くなったよ、俺が五歳のときに。」 リノが言葉を言い終わる前に、コロナが言葉を重ねた。 「親父は俺が五歳のときに、どこかへ出かけて、そのまま傷だらけで帰ってきて・・・・」 コロナの話に一同は足が止まる。 しかし、コロナは、先頭のレナに 「レナ。急いでるんだろ、歩きながら話そうって言ったのはお前だろ。」 そう言われて、レナは忘れていたことを思い出したかのように、歩き始めた。 「じゃあ、お母さんは・・・?」リノは恐る恐る聞いた。 すると、コロナはボソリと 「母さんは俺を産んですぐに亡くなったそうだ・・・・。」そう呟いた。 その言葉を聞いて、リノは少し悲しくなった。 「じゃあ、コロナはずっと独りだったんだ・・・。」 すると、コロナは二カッと笑い 「独りじゃねえよ、俺にはあの森がある。だから独りだなんて思ったことねえよ。」 その一言でまた黙ってしまったが、キリアがその沈黙を破った。 「じゃあ、俺と同じだ。俺も近くに住んでる人もいない。町もない、生まれた故郷が友達だった。 でも、今はレナにリノ、コロナもいる。」 キリアもコロナにニッと笑って返すと、コロナは少し明るい気分になれた。 コロナだけではなく、リノもレナもどこか、暗い気分にはなれなかった。 「父さんがいつも言ってた。怖けりゃ笑えばいい。そのうち、明日になるからよ、って。」 「へぇ〜、いいお父さんだね。」 キリアの言葉に、レナがそう言うと、キリアは元気よく「おう!」と答えた。 キリアのおかげで、少し気の晴れた三人の足取りは軽く、怖さもどこかに吹き飛んでしまった。 長く、暗い、螺旋階段を何十分とかけて下りると、一つの扉が見える。 古い、木製の扉が、風に吹かれて開いたままになっていた。 四人は扉に駆け寄り外の様子を見ると、目の前に大きなドーム上の建物が堂々と建っている。 しかし、四人にそんな暇は無かった。 それは唐突のものだった、四人のいる塔へ近づく足跡が、ザッザッと地面を蹴る音共に近づいて来る。 「ねえ、レナ。誰か来るよ!」リノは小声でレナにそう言った。 「少し待って、リノ。ちゃんと計画があるんだから。」 レナは焦らず、塔内のレンガ造りの床を足であちこちコンコンと軽く叩いてみた。 すると、一箇所だけ軽い音がする、レナはすかさずその床を二、三度ノックした。 ガタン、と木の扉が開く音と同時に、レナがノックした床が内側から誰かが開けたように勢いよく開いた。穴の大きさは子供なら普通に、大人なら頑張れば通れるといった感じだった。 「さ、皆この中に入って。早く!」 レナはそう言ってリノから順番に、腕を引っ張って、コロナ、キリアと三人を穴に押し込み、最後にレナも、吸い込まれるようにスルリと穴に入った。 レナが穴に入ると、床だった扉はひとりでに、ガタン!と少し大きな音を立てて閉まる。 扉の先は狭い地下道になっており、子供たちでも背伸びをすれば頭が天井に着きそうだった。 四人は、また、そんな点々と光る不気味なろうそくと奥の見えない暗い通路を進むことになる。 しかしその不安の前に、キリアはレナに不満をぶつけた 「おい、レナ・・・・」が、レナに口を押さえられた。 レナは口元に人差し指を立て、小声で 「静かにして、見つかっちゃうわよ。」と、三人に注意した。 レナがそういった直後、四人の頭の上で足音が響いた。 カツン、カツン、カツン、足音は扉の下の地下道に響き、四人に不安を呼ぶ。 リノはサッと口を押さえ、丁度、目の前にいたキリアの服をギュッと握る。 キリアは、口はレナに押さえられて、苦しい状態、後ろはリノ引っ張られて倒れそうな状態で何とか耐え抜いていた。 足音はコツン、コツンと少し響くと、男の声で 「三ノ塔異常無しっと・・・・。ま、こんなところに来る奴もいないか。」 と、独り言を言うと何処かへ言ってしまった。 全員ホッとして、その場にペタリと座り込んだ。 しかしキリアは、気を抜いた拍子に座り込めず、リノの引っ張っていた方向に倒れ、頭を強く打った。 それと同時に、ゴンッ!と言う大きな音が地下道内に響いた。 レナ、リノ、コロナはその音にドキッとした。 三人の不安が命中した、足音がこちらに帰ってきたのだ。 コツン、コツン、コツン・・・・・。 「あれ、おかしいな。確かにこっちから音がしたんだが・・・。」 と、辺りを探し回るように独り言を言って、塔の一階を歩き回った。 キリアはそんな音は聞こえず、起き上がり、頭を押さえながら 「いってえな、おれのふくを・・・・」 キリアの口を、三人はいっせいに押さえ、そのまま、身体をピクリとも動かさなかった。 「ん?今、どこかで声がしたような・・・・。」 男は、カツン、カツンと音を立てながら独り言を言う。 キリアもその足音に気づいたのか、冷や汗を流しながら、上の音に耳を傾けた。 四人の心臓の音は徐々に高まり、緊張は頂点に達した。 そして足音も、徐々にこちらに近づきつつあった。 「おかしいな、今ここから声がしたような・・・・。」 その独り言が、四人に更なる緊張を与えた。 「ふう、気のせいか、三ノ塔異常なしっと・・・・。」 その独り言共に、足音はどこか遠くへ行った。 四人はしばらく、その状態のまま足音が完全に消えるのを待った。 足音が遠くへ消えたのを確認すると、三人は「ふう」と一息入れた。 キリアは、押さえられた口を開放されて「いってぇ〜」と小声で言った。 「危なかったわね、もう、静かにしてよキリア。」 と、レナが言うと、キリアは少しムッとして 「どう見ても、リノが引っ張ったからだろ!」と言うと、リノは 「アハハハ、ゴメンゴメン。」と、笑ってごまかした。 「しかし、危なかったな、一歩間違えれば・・・・、だな。」 コロナはあえて、“一歩間違えたら”の後を言わずに、冷や汗と共に言った 「とりあえず、先に進みましょ。」と、レナは暗く先の見えない通路の先を指差した。 三人はいやそうな顔をして、立ち上がり、蝋燭が不気味に照らす通路を見た。 カツン、カツン、カツン、自分達の足音が狭い通路内に響き渡る。 音は反響して、まるで後ろから誰かが付いてくるようだった。 先頭はレナ、その次にレナの服を引っ張りながら歩くリノ、そんなレナの半透明の桃色の羽衣を掴むキリア、そして、キリアの服の裾を掴みながら歩くコロナ。 レナは、後ろを振り向き、怯える三人の姿に呆れた。 「皆・・・、あのね、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。」 リノは、レナの服をいっそう強く握り 「そ、そうかな?」と怯えながら言った。 すると、何かの意地悪か、リノの頭の上に冷たい水が一滴、ポトッと落ちた。 「きゃぁぁ〜!!」リノの叫びにコロナとキリアも驚き、三人はレナの服を握り締めた。 レナはそんな三人に呆れて、何も言う気にはなれなかった。 この先の不安を感じながら、レナが前を向いた。 すると、そこには、青白い顔に目が隠れるほどの黒い前髪に、黒いローブの男がうっすらと光るランプを持って立っていた。 「&%&##*+%!?」レナはその男の姿に、声にならない悲鳴と言うものを上げた。 その後、レナと後ろの三人は驚きのあまり完全に硬直していた。 硬直した四人を見て、男は、骨のように細い指で自分を指して言った。 「レナ様、私でございます。レオン様の執事、グーファでございます。」 と、低く、かすれた声で言うと、レナは「え?」と言って目を凝らして男を見た。 すると、レナは太陽の昇った空のように明るい笑顔になり 「あ、グーファさん!お久しぶりです!」と、元気よく言うと、グーファは人差し指を口元に立てた。 「お静かに、ココは既に城内の地下でございます。」 そう言うと、グーファは曲がった腰でゆっくりと通路の奥へと足を進めた。 四人はその後をゆっくりと追った。 しばらく歩くと、五人の目に天井から差し込む一筋の光が映った。 グーファはその光を指差して 「皆さん、出口でございます。魔王の使いがいるかも知れませんので、気をつけて。」 そう言って、四人に深く頭を下げた。 「はい、レオン王は必ずお助けいたします。」 レナはその言葉と共に出口から少し頭を出し、周りに人がいないことを確認すると、サッと出て行った。リノとコロナもそれに続く。そしてキリアもそれに続こうとした。 キリアが穴の淵に手をかけ、上ろうとすると、グーファはキリアにそっと言った。 「王様と、世界をお任せします。ソルブルーの選ばれ人。」 そしてグーファはニコリと笑い、キリアに「行ってらっしゃいませ。」と言った。 キリアはコクリとうなずき、地下通路を出た。 城内に入ると、そこは薄暗く、地下牢がずらりと並んでいる。 「ココは旧地下牢よ。でも、おかしいわね、ココはもう使われていないはず・・・。」 レナは、不思議そうに明るく照らされるその部屋を見回した。 「ご名答よ、お譲ちゃん。」 すると、何処からともなく、女性の声が聞こえた。 通路の奥の階段から誰かがコツン、コツンと下りてくる。 「わざわざ、ソルブルーを届けてくれてありがとう。感謝するわ。」 その言葉共にレナ達の前に現れたのは一人の女性だった。 長く、毛先の整った黒髪に、へそを出した、赤く丈の短い上着に、上と色を合わせたピッチリとした長ズボン、そして赤のハイヒール。赤いルージュが幻惑的に輝く。 黒い瞳に、瞼にひかれた青紫のアイシャドウ。 そして、すべての者の目を惹きつけたのは背中に生えた大きな蝶の羽だった。 「私の名前は、紅羽(あかはね)覚えておくと良いわ。 ま、どうせ覚えていてもすぐにいなくなっちゃうけどね。」 そう言って、紅羽と名乗った女性は不気味に笑い、カツン、カツンとゆっくりと四人に近づいた。 四人は近づくその足音に少しずつ後ろへ下がるが、後ろにはレンガの壁が立ちはだかる。 徐々に追い詰められていく状況下、リノとレナは完全に諦めていたがキリアとコロナは諦めなかった。 後ろに少しずつ下がりながら、キリアはコロナに小さな声で言った。 「コロナ、おれがおとりになるからその間に2人をつれて逃げろ。」 その言葉に、コロナと、それを聞いていたレナは驚いた。 「ちょ、ちょっと、何考えてるのよ!あなたはソルブルーを持っているのよ。あなたが捕まったら・・・。」 「だったら、お前達が助けてくれればいいじゃん。」 キリアはそう言うと、胸に下げているソルブルーをチラッと見た。 「キリア。何だかわからねえけど、俺はお前を助けに行けばいいんだろ。」 レナは、諦めたのか、ため息を一つ吐くと 「解かったわ。ただし、私もキリアと一緒に捕まるわ。」 「おい、何言ってんだよ!お前は逃げろって・・・」 「あなた一人じゃ、いざって時に何も出来ないでしょ。」 レナにそう言われて、仕方なく納得したキリアとコロナ。 しかしリノは納得いかなかった。 「ちょっと待ってよ、助ける、ってどうするのよ。相手は魔王の使いよ!」 リノの目には不安だけが映し出されていた。 レナはリノを励ますように、優しい目つきで 「大丈夫、あなたならできるわ。それにコロナも一緒よ。必ず助けてくれる、って信じているから。」 そう言われてリノは、納得したのか、コクリと何も言わずにそっとうなずいた。 「じゃあ、行くぞ。」 キリアはそう言うと、服の下に隠してあったソルブルーを取り出し、紅羽のほうに向けた。 「あら、ソルブルーの方から来てくれるなんて嬉しいわね。」 「光れ!ソルブルー!」 すると、ソルブルーは、キリアの言葉に応えるように水色の強い輝きを見せた。 「今だ!走れ!」キリアの叫びが地下牢に響く。 コロナは眩しさに目を閉じながらも、リノの腕を掴み、その足で床を強く蹴った。 紅羽はキリアの叫びを聞き、逃がすものかと、片手で目を押さえ、空いた手を構えた。 「逃がさないわよ!」 紅羽がそう言って、コロナとリノの方へ手を伸ばすと、キリアは 「させるか!」っと、紅羽の細い腕に飛びついた。 「レナ、コロナ、これを持って早く逃げて!」 と、レナはコロナとリノに丸めた羊皮紙を一枚投げ、それと同時にレナは、キリア同様、紅羽に飛びついた。 リノは、レナの投げた羊皮紙を受け取ると、コロナに、「行って!」と叫んだ。 コロナは、その足で壁を蹴り天井を蹴り、投げられたゴムボールのようにあちこちを跳ね回り、紅羽の下りてきた階段まで進んだ。 「ちっ、餓鬼を二人逃がしたわね。でも・・・」 紅羽は、その言葉と共にキリアとレナの腕を掴み、二人を持ち上げ、ニヤリと笑った。 「逃げたのは要らない餓鬼、必要な餓鬼は、ちゃ〜んと捕まえたわよ、オホホホ。」 高笑いをする紅羽は、その言葉と共に、ゆっくりとした足取りで来た道を歩いて行った。 逃げ延びたコロナとリノは、薄暗い倉庫のようなところにいた。 武器があちこちに飾られており、明かりと言えばろうそくがひとつだけ。 そのろうそくを頼りに、二人はレナに渡された羊皮紙を広げた。 羊皮紙にはいくつかの四角と何本もの通路が黒でその下と上を赤い線で通路が描かれていた。 「レナに渡されたこの“地図”によると、今、私達がいるのは、王様の武器庫よ。」 大きな、広間と書かれた四角から、少し離れた小さな四角を指差した。 「で、地図だけ渡されてもなあ、王様の居場所とあいつらの場所がわからないんじゃなあ。」 コロナがそう言うと、リノは「大丈夫。」と言って、リュックの中に手を入れた。 ゴソゴソと何かを探したかと思うと、ある物を取り出した。 それは、水の入ったビンと、リノが陸の世界に来る時に持ってきた杖だった。 「これで、みんなの居場所がわかるわ。」 リノの言葉にコロナは不思議に思った。 「そんな水と杖で、居場所がわかったら苦労しねえっての。」 コロナの言い方に、頭に来たリノは意地悪に笑い 「まあ、お馬鹿なコロナは一生苦労すればいいんじゃない。」と言った。 「な、お馬鹿ってなんだ!」と、怒って言い返すコロナの目の前に水の入ったビンを置いた。 「苦労しないやり方がちゃんと有るのよ。」 と、ビンに杖を向けると、目を閉じて 「水さん、水さん、お願い。海に生まれた私の力になって・・・・。」 するとビンに入った水が、ビンのふたを開け、ビンから飛び出し、宙に浮いた。 「陸王・レオン様の場所と私のお友達、レナとキリアの居場所を教えて欲しいの。」 リノがそう言うと、宙を浮く水から少しの水が別れ、分かれた水は三つの矢印になり、地図の上を指した。そして三つの矢印はそれぞれ、Reon(レオン)、Chiria(キリア)、Rena(レナ)と、名前が描かれた。 「コレって・・・・。」 コロナが不思議そうな顔でジッと矢印を見つめた。 「この矢印が探し人の今いる場所を指すわ。」 そう言われて地図の方をよく見ると、Reonと書かれた矢印は大きな四角の真ん中に、ChiriaとRenaの名前が書かれた二つの矢印は大きな四角への通路を移動している。 「レオン王が今いるのは・・・、王の間ね。で、キリアとレナも王の間へ向かっているわ・・・。」 「じゃあ、俺達は王の間まで行ったらいいんだな。」 「ただ、行けばいいって問題じゃないでしょ。行く途中に誰かに見つかったらアウトよ。」 「じゃあ、どうするんだよ。このままココでジッとしてるわけにもいかないだろ。」 「ココがあるでしょ。」 リノは赤い線を指でなぞりながら言った。 「この通路は地下通路と天井裏の通路の事を書いていると思うの。」 コロナは、その言葉に、何かを気づいたのか、ニッと笑った。 そして、リノも応えるようにニッと笑って返した。 「じゃあ、行くわよ。」 暗く、狭い通路、地面の下で人々が動く音が聞こえる。 「いたっ!ちょっと、コロナ、押さないでよ!」 リノが、振り向けない後ろ小さな声で言う。 「押すなって言うならもっと速く進めよ!」コロナも、前のリノそう言う。 2人は四つん這いになり、ゆっくりと前に進んでいるがどうにも上手く行かない。 「遅いって言うなら、あんたが前に行けばよかったじゃない!」 「そう言ったって、地図の見方がわかんないんだよ!」 「なんで、地図の見方がわからないのよ!あんた馬鹿じゃない!」 「何だと、この、口悪凶暴女!」 「何よ、この馬鹿弱虫!」 2人が小声での言い合いを始めると、地面の下で「今声がしなかったか?」と聞こえる。 その、声に2人はサッと両手で自分の口を押さえ、自分を黙らせた。 「けんかしてる場合じゃなかったわ・・・、先を急ぎましょ。」 リノが小さな声でそう言うと、コロナは後ろでコクリとうなずいた。 「次の角を右に曲がって・・・。」 そう言って、狭い通路を曲がると、一箇所、床から光の差す場所があった。 「あそこが出口ね。準備は良い、コロナ。」 「おう、早くキリアとレナを助けてやろうぜ。」 コロナは少し震える手を押さえ、強気に言って見せた。 リノはそんなコロナに静かに言った。 「コロナ・・・、怖かったらココにいていいよ。」 リノの発言にコロナは馬鹿にされたと思ったのか少しムッとした。 「ば、馬鹿にするな!あんな奴が怖くて守主が務まるか!」 「無理しなくていいんだよ、あんたをこんな事に巻き込んでしまって・・・・。 あんたは、ただ巻き込まれただけなの。こんな、あぶない目に・・・」 「お前は俺を馬鹿にしてんのか。俺はお前達について来たくてついて来てんだ、嫌ならこんなとこまでこねえよ。それに・・・・。」 「それに?」 「それに、俺はお前達が何者なのか知りたい。コレが終わったら、教えてくれ。」 コロナの言葉に隠れた「絶対に成功する。」と言う言葉を読み取ったリノは嬉しくなった。 「うん、コレが終わったらちゃんと話してあげる。」 そう言うとリノはそっと、光の差し込む穴から下の様子を覗いた。 するとそこには、紅いじゅうたんの上を歩く紅羽、縄で二人一緒に縛られて床に座るキリアとレナ。 「リノ、レオン王は無事か?」 「解からない、穴が小さすぎるの。でもキリアとレナは、無事よ。」 そう言って、リノはもう少し先を見ようと前に身を乗り出した。 すると、床がガコンと音を立てて沈んだ。 リノは何も言う暇も無く、沈んだ床と一緒に紅いじゅうだんの広がる王の間に真逆様に落ちた。 紅いじゅうたんの上を歩いていた紅羽の後ろを、ヒュッと音がして何かが通り過ぎ、それと同時に ガシャンと何かが割れる音が響く。 辺りにリノと一緒に落ちた天井の石がの破片が飛び散った。 「誰だ!」 紅羽は音と共に、後ろを振り向き、叫んだ。 すると、そこには粉々になった天井の石が落ちているだけだった。 「誰、早く出てきなさい。」 紅羽はそう言って辺りを見回したが、人の影らしいものは一つも無かった。 そんな紅羽を見て、レナは一緒に縛られているキリアにそっと言った。 「キリア、リノが来たわ。」 「リノが?何処に?」 キリアの問いかけにレナは顔で天井を指し、キリアに天井を見るように合図した。 レナに合図されて、紅羽がこちらを見ていない隙に天上を見た。 するとそこには、羽衣を目一杯に伸ばし、羽衣を蜘蛛の巣のように張り巡らし、それに身体を絡めて落ちないように踏ん張るリノの姿がある。 キリアは一瞬声を出しそうになったが、グッと口を閉じ、目線をそらした。 間一髪で助かったリノは、コレをチャンスと、天井からもう一度、部屋の様子を確かめた。 すると部屋の中には紅羽、二人一緒に縛られたキリアとレナ、そしてもう一人、鎖に縛られる者がいた。 鎖に縛られているのは、紅羽よりも二周りも大きい体格に紅いマント、金の王冠、ライオンの顔に、金の体毛に覆われた身体に、ギラリと光る爪、人の足を覆う金の体毛、紅い腰巻。 石のようにピクリとも動かず、ジッと目を閉じている。 リノは、その姿に小声で 「あれは、レオン王!鎖に繋がれてる。どうしたら・・・・。」 と、宙をぶら下がりながら、そう呟いて考えた。 紅羽の足音が広い部屋に響き渡る、キリアとレナは、その姿を目の前にしていた。 「あなた達の助けが来たようね。」 紅羽は薄らと笑いを浮かべて、2人を見下ろした。 「あなた達に質問よ・・・・。」 そう言って、紅羽は大きな蝶の羽をバッと広げ、人差し指をレナの額に突き立てた。 「まずはあなたから。あなた達の仲間は何処にいるのかしら?」 紅羽のその問いかけと同時に、おおきな蝶の羽からキラキラと銀色に輝く粉のようなものが放たれた。 「さあ、答えなさい・・・・」 その言葉と共に、レナの意識は風に吹かれる風船のように、自分の意思で動くことができなくなった。 頭がぼおっとし、目の前が真っ白になる。全てがどうでもよくなっていく。 眠気で何も考えられない状態とよく似ていた。 そして、そこへ届いた一つの質問にレナは何の疑問も浮かべず、「答えないと。」その一言が頭に響いた。 あっという間に、レナの瞳の色は曇り空のように霞み、表情を失った。 「さあ、子猫ちゃん。あなたの大切なお友達は何処かしら?」 紅羽のその質問にレナは、口をそっと開いた。 レナが言葉を発せようとしたその時 「レナ!レナ!しっかりしろ、レナ!」 キリアの叫びが、レナの言葉を止めた。 するとレナは、キリアを霞んだ瞳で見て 「お友達・・・・私の隣・・・。」と言った。 その言葉に、紅羽は「チッ!」っと舌打ちをした。 「余計な邪魔が入ったわね。確かに、この餓鬼もお友達ね。」 紅羽はキリアを見下ろすと、口をグッと右の手の平で掴み、冷たい目でギロリと睨むと 「少し、黙っていてくれないかしら。」と言い、右の手の平が赤黒く光った。 するとキリアは突如、声が出せなくなった。 喉に力を入れても、口をどれだけ動かしても、どれだけおなかに力を入れようとも声が出ない。 「さて、金髪の餓鬼は黙らせたし、こっちの餓鬼はどうしようかしら。」 紅羽はレナを見下ろして、人差し指で自分の下唇の下をそっと押さえながら何か考え事をした。 何かを閃いたのか、今度はレナに 「あなたを助けに来たお友達は何処かしら?」と聞きなおした。 すると、レナは口をそっと開き 「・・・・え。・・・ょう。」 と、途切れ途切れに言葉を発した。 その言葉を聞いた紅羽は、レナの顔にグイッと顔を近づけて、間近でレナの瞳を見た。 「完全に曇っていない・・・、この餓鬼、随分抵抗する力が強いわね。」 紅羽はそう言って、冷たい瞳でレナを見下した。 「もう少し強い洗脳が必要みたいね。」 その言葉と同時に、紅羽の黒みのかかった瞳がギュッと、横幅が縮み、猫の目のように細長くなった。 徐々に、黒く、深く、そしてその中に吸い込まれていく。 暗く、冷たく、怖い世界に落ち、絡めとられていく。 もう、何も考えられず、もう、何も喋れない。 「もう一度聞くわ、貴方を助けに来たお友達はどこかしら?」 レナの中にその言葉だけが響き渡る。 喉が、口が、勝手に動き、リノの居場所を話そうとする。 止められず、自分を裏切る喉は息を吹き、口は音を発音する。 「うえ・・・。てん・・・じょう・・・。リノ・・は・・天井・・・。」 途切れ途切れの言葉がレナの口から発せられた。 「ふ〜ん、天井に隠れていたんだ。」 そう言って、紅羽は顔を上に向け、目線を天井のリノの方へ向けた。 リノは、身体をぶら下げることしかできず、紅羽の目に捕らえられる。 「もう一匹の仔猫ちゃん見っけ。」 紅羽は、猫の目のように細長くなった瞳にリノを映すと、蝶の羽をバッと大きく開いた。 「天井の子は動けない見たいね。じゃあ・・・」 リノの現状を一目で把握した紅羽は、そう言って、レナを見下し 「貴方はもう要らないわ。できれば貴方にもソルブルーが奪われる瞬間を見せてあげたいけど、貴方は放っておくと面倒なことになりそうなのよね。」と意地悪な笑いでそう言った。 何も考えられないレナの額に、白く細い指先がそっと触れる。 「もう一度、“最悪の日”を迷いなさい・・・。」 紅羽はその言葉と共に、まぶたをグッと限界まで開き、長細い瞳をさらに細くした。 蝶の羽は、赤く、黒く、深い色へと変色していく。 羽からは赤黒い粉が放たれ、レナの額を押さえる手に集中し、球を成した。 球は徐々に大きくなり、ボーリング玉ほどの大きさになると、球はレナの頭へ吸い込まれていく。 キリアは抵抗しようと、何度も叫んだが、声が出ない。 喉が壊れんばかりに声を出そうとしても、声が全くでない。 まるで騒音の中で叫ぶように、自分の声など微塵も感じない。 「レナ!レナにそんなことしないで!」 天井からリノが叫ぶが、紅羽は動けない状況で抵抗する二人を楽しむように見る。 そして、レナに一言 「おやすみ、仔猫ちゃん。」そう言い、赤黒い粉はすべて、レナに吸い込まれていった。 レナは、真っ暗な世界の中で二人の人物を見た。 王冠を被った紅いマントの男性と白く長いスカートのドレスを着た女性。 二人が、レナの目の前で石と化していく。 レナはそれを、ただ、人形のように見ているだけしかできない。 手を伸ばしたくても手があがらず、その名を呼びたくても声が出ず、近寄りたくても足が動かない。 ただ、石と化していくのを、沈み行く太陽のように見ているしか出来なかった。 二人が完全に石になると、レナは輝きを持たない目から、涙が流れ落ちるような感覚を感じた。 一瞬正気の目に戻ったかと思うと、何か見ては行けないものを見てしまったように、目をグッと大きく開く。そして、人形のように力なく、目を見開いたまま、首が下を向いた。 それと同時にキリアの声が元に戻った。 『レナ!!』 今まで溜まっていたものを吐き出したかのように、部屋中にキリアの叫びが響き渡った。 「まずは一人・・・。そんなに叫ばなくても、すぐに貴方もこの子と同じ、お人形みたいにしてあげるわ。寂しくないようにね・・・・。」紅羽は、縄に縛られたキリアをあざ笑うかのように言った。 そして、キリアが首から下げているソルブルーに、手を伸ばし 「まずはソルブルーを、貴方のお友達と陸王の前で奪う・・・・。」 と言って、ソルブルーを手に取ると、いとも簡単にソルブルーを奪い取った。 「やっと、手に入れたわ・・・、世界で唯一無二の宝石。魔王様を復活させることができる宝石。」 紅羽はその海の輝きに見とれているのか、それとも自分の思い描く未来に見とれているのか、宝石をじっと見つめてつぶやいた。 その時だった、一筋の黒い影が左から右へ紅羽の前を通り過ぎた。 ヒュッと風が吹き、紅羽の髪が少し右へなびく。 そして、一筋の黒い影は紅羽の後ろでキュッと音を立てて止まった。 「なんかよくわかんないけど、お前の好きにはさせねえ!」 その叫びに、紅羽が後ろを振り向くと、そこにいたのは・・・ 『コロナ!』 リノとキリアの叫びが同時に部屋に響き渡る。 コロナはニカッと笑い 「キリア!レナ!助けに来たぜ!」 コロナがそう言うとキリア達を縛っていた縄がバサッと地に落ち、キリアとレナに自由を与えた。 しかしレナは、キリアが立ち上がると、支えを失った人形の様にドサッと倒れた。 「おい!レナ、大丈夫か!おい!しっかりしろ!」 キリアがレナを強く揺すっても全く動く気配が無い。 身体を起こしても、糸が切れたかのように腕をだらりと力なく下へ向けた。 「キリア。多分、レナはコイツの力でそうなってしまったのよ。」 リノはコロナの背に乗り、そう言った。 「キリア、とりあえず今はコイツを!」 コロナはそう言って、右手で何かを投げた。 しかし紅羽はサッと手を伸ばし、コロナが投げたものを捕まえた。 「ソルブルーを投げて渡そうなんて、お馬鹿な子ね。」 紅羽がそう言って手の平で掴んだ物を見ると、それはただの石ころだった。 「残念でした!今度こそ行くぞ、キリア!」 コロナはそう言って、キリアの方へソルブルーを投げた。 「そうはさせないわ!」そう言って紅羽は、もう片方の手を伸ばした。 しかしリノは、コロナに背負われながら羽衣の先端を紅羽めがけて飛ばした。 投げられた羽衣は、風の影響は全く受けずにその身を伸ばしながら、蛇のように宙を走った。 そして、ソルブルーを掴もうとする紅羽の手に巻きつき、腕の進行を妨げた。 その隙に、キリアは投げられたソルブルーを受け取り 「おい、今まで色々とやってくれたな!今度はこっちの番だ、覚悟しろ!」 ソルブルーを首から下げ、キッと紅羽を睨んで言った。 しかし紅羽は、それ以上に冷たい目でキッとキリアを睨み、次にコロナとリノを睨んだ。 猫の目のように細長い瞳が、まぶたをめいっぱいに開かれその姿をくっきりと見せる。 キリア、コロナ、リノはその目に睨まれた瞬間、背筋に寒気が走り、身体が石のように重くなる様に思えた。 そして紅羽は、先ほどまでの意地悪な笑いはどこへ行ったのか、奥歯をギッと噛み、叫んだ。 「調子に乗るな餓鬼共!覚悟するのは、お前達の番だ!」 その叫びに呼応するかのように、蝶の羽から『オオォォォ・・・』と言う低く、冷たい叫びが響いた。 すると、先ほどレナの頭に取り込ませた赤黒い粉を部屋中に撒き散らした。 「地獄の苦しみを味わえ!」 赤黒い粉一つ一つが光を放った。 三人はその光により、お互いの位置、自分の位置、どこが上でどこが下かさえ分からなくなった。 リノは、赤黒い光の中で一人の少女を見た。 人魚の尾に水色の長い髪の少女が本を抱きかかえている。 「アレは・・・、私?」 リノが自分の目を疑っていると、少女はリノにゆっくり近づき。 少女は、リノに向かって言葉を一言発した。 「独りの子・・・。」と。 そして少女はもう一言。 「誰も貴方なんか相手にしないのに・・・。」 するとリノは、ムッとして言葉を返した。 「そんなことないもん!」 「じゃあ、お友達いるの?」 「いるよ!レナにキリアにコロナ!」 リノが自信満々でそう言うと、少女は 「その人達は本当に貴方の友達?」と、聞いた。 「そ、そうに決まってるじゃない!」 焦りの見えるリノの答に、少女は今度はクスクスと笑い始めた。 「な、何がおかしいのよ!」 「クスクスクス、そう思っているのは貴方だけかもしれないよ。」 「そんなこと・・・」 リノの言葉にかぶせるように少女は意地悪な笑いを見せて言った。 「きっと皆、貴方のこと煙たがっているよ。邪魔だって思っているよ。要らない子だって思っているよ。」 「そんなこと・・・、そんなことないもん・・・・。」 リノはポロポロと涙を流してそう言った、しかし少女は言葉を止めない。 「貴方は、部屋に閉じこもってずっと本を読んでいれば良かったのよ。あんな、子に良くされたからって信じちゃって・・・・、馬鹿みたい。」リノの中にその言葉が幾度となく反響する・・・・。 コロナもまた、赤黒い光の中である人物と会っていた。 コロナよりも一回り小さく、黒い体毛に水牛の下半身、頭には巻き角がある少年と出会っていた。 しかしコロナは、その少年を見ても眉一つ動かさない。 「あの魔王の使いは、まぼろしを見せるのか・・・・。」 すると少年は、コロナに近づき、コロナの顔を見上げて言った。 「幻じゃないよ、俺はお前の心から生まれた。姿は幻だけど存在は現実。」 コロナは話を聞くまい、とグッと耳を押さえた。 「だめだめ、そんなことじゃ俺の声からは、逃げられないぜ。」 少年の言うとおり、声はコロナの頭の中を駆け巡る。 そこへ、少年はある言葉を発した。 「気持ち悪い格好・・・・。」 「なんだと?」 その言葉に、コロナの心が揺れた。 「“ニンゲン”みたいな、顔をしているのに、体は陸人・・・。」 「それが何か悪いか。」 「皆、お前の姿が気味悪いんだよ。」 「そんなことは無い!あいつらはそんな事、言わねえ!」 「気味悪いから、皆、お前に隠し事をするんだよ。」 「そんなこと・・・・」 「お前は気味悪いから、仲間に入れてもらえない。 寂しい奴・・・。本気であいつらと友達になった気でいたんだ。」 その瞬間、コロナは辺りが暗くなるのを感じた。 空気は、氷のように冷たく、石のように重く、体にのし掛かる。 息をする度に、体の底から凍り付きそうになる。 立っているだけで足が痙攣し、足下に体が引かれていく。 コロナはついに立てなくなり、身体はうつ伏せで倒れ、起き上がれなくなった。 もはや、どこが地面でどこが天井か分からず、ただ、うつ伏せに倒れていることしかできなかった。 コロナの目は徐々に人形のように、ただ開いているだけの目になった。 何も考えられず、何も見えず、何も聞こえない。 本当に何も無い世界に溶け込んでいくのを感じる。 足元からゆっくりと自分の存在も無くなっていくのを感じた。 もはや、自分は存在しているのか、していないのか、それすら考えられなくなる。 そしてまぶたを閉じて暗い闇の中に取り込まれていく・・・・。 その時だった、消え行くコロナの中に一つの波紋が広がった。 「たすけて・・・。」 その一言がコロナの中に波紋のように広がった。 コロナはその言葉に引き起こされるようにゆっくりとまぶたを開いた。 そして一言「リノ・・・・?」そう呟いた。 するとコロナの体中に何かが走り、コロナは急いで起き上がった。 それと同時に、コロナの意識が戻り始めた。 消え行く存在は、昇り行く太陽のようにゆっくりと姿を現し、消え行く音に耳を澄まし、何も見えない暗闇をまっすぐ走った。 真っ暗な世界に見えた光に向かって走り、コロナはその光に頭から飛び込んだ。 すると、飛び込んだ光は突然に景色が変わり、コロナの目の前には人魚の姿をした、リノそっくりの少女が一冊の本を持って立っていた。 コロナはその少女に、勢いあまり飛び込んだ。 少女はコロナと激しくぶつかり、軽く吹っ飛んだ。 二人のぶつかり合う音に、リノは俯いた顔を上げた。 「コロナ・・・?」 リノは涙にぬれた目で突如現れた、コロナを恐る恐る見た。 「リノ・・・だよな?」 コロナは身体を起こして、リノに聞いた。 「コロナよね?本当にコロナだよね?」 「リノだよな?本当にリノだよな?」 二人はお互いを指差して何度も確認した。 お互いを本物だと確認すると、ホッと一息ついて、胸を撫でた。 するとリノは、コロナが一息入れたところへ飛び込んだ。 両の腕でコロナをグッと強く捕まえ、痛いぐらいに抱きついた。 同世代の子への甘え方を知らないリノなりの甘えだった。 「怖かった、すっごく怖かった・・・・。」 少し震えた声でリノはそう呟いた。 「ずっと、怖いこと言われて・・・、ずっと、怖くて・・・・。」 さっきよりも大粒の涙をポタポタと目から流し、言葉を続ける。 「みんな、要らない子だって思ってるって・・・、みんな私のことじゃまだって・・・。 でも、コロナが来てくれたから・・・。」 コロナはリノの頭を、子供をあやすように撫でた。 「コロナ・・・、怖かったよう、レナがお人形みたいにされて、みんなも、いなくなって、独りになって・・・。私どうしたらいいのかわからなくて・・・・。」 リノは今まで我慢してきた涙をコロナに全て流すように、涙と言葉を出していった。 「リノ、一緒に居れば何も怖くない、独りで怖いものなら二人で吹き飛ばせば良いだけだ。」 コロナの言葉に、リノは涙で塗れた顔を上げ、コロナの顔を見た。 リノは、腕でゴシゴシと顔を拭き、コクリと頷いた。 「よし、とりあえずこの幻を何とかしようか。」 コロナはそう言って、後ろの、リノそっくりの少女の方を向いた。 リノはコロナに抱きつく手を離し、羽衣をまとい、杖を構えた。 「あんたの相手は私なんだからね、こんなまぼろしにまけないんだから!」 少女に杖を突き立てて、グッと杖をいつも以上に強く握る。 しかし少女はクスクスと笑った。 「あらら?さっきまで泣いていた子が今度は負けないだって、クスクスクス。」 少女はクスクスという笑いと共に、頭から毛先にかけて髪の色が青紫色へと変色していく。 肌の色は真っ白に、両の目の下にはそれぞれ黒い紫色の線が二本、首に向かって幾つにも枝分かれしていく。目は黒く、その顔には意地悪な笑いが浮かべられている。 「クスクスクス。要らない子は、私を倒すんだって。」 そう言うと、少女の足元からコロナそっくりの少年がゆっくりと水面に上がるように現れた。 この少年も、目は黒く、肌は白く、目の下には二本の線が首にかけて幾つも枝分かれしている。 「おいおい、恐怖は絶対だぜ。俺たちは倒せねえ。」 少年の言葉に対してコロナは 「恐怖なんていっしょにいれば、怖くねえよ。」と、言って見せた。 コロナがリノの方を見ると、リノは先ほどまでの泣き顔は消え、不安一つ無い顔をしている。 リノはコロナに、コクリとうなずき、少年と少女の方を見た・・・・。 キリアは暗い空間でただ、宙に浮く感じをずっと感じていた。 何も無く、何も聞こえず、誰も来ない。 何の変化の無い空間での独りはキリアを徐々に不安にさせた。 キリアはこの状況にかなり参っているのか、身体を縮めたまま何も言わず、何も感じようとしない。 ただ、ゆっくりと時間をかけて幻覚の闇に取り込まれて行くのを待つように、動かない。 もう何時間がたっただろう、もしかしたら数分かもしれない、数秒かもしれない。 しかしキリアには、そんなことを考える気力も無い。 何も無い世界、キリアはそこへ何も考えず、何も抵抗しないまま、引きずられて行く。 そんなキリアの心の中で何かが響いた。 『手を伸ばして・・・・。』 その言葉は暖かく、心の中を駆け巡る。 途端に、キリアは荒野に1滴の水を落とされたような感覚を覚え、心の中で一つの思いが湧き上がった。 「光を見つけないと・・・・。」 暗い闇の中、まっすぐ右手を伸ばす。 指先が見えないほど真っ暗で何がいるか全く分からない闇に右手を伸ばした。 すると、キリアの指先が強く光り、闇を切り裂いた。 キリアはその光に左腕で目を覆った。 何かが伸ばした手の平にそっと触れた。 それは暖かくて大きな手。そっと手を重ねるようにキリアの手に触れる。 覆いきれなかった視界の一部から一つの影が見えた。 逆光で姿は分からなかったが、その姿にはどこか懐かしいものを感じた。 そして、無意識にこの一言を言った。 「母さん・・・・。」 すると、その影はさらに強い光を放ち、闇の世界を、ガラスを割ったように光を中心に砕いていった。 真っ白で何も無い世界に一つの穴がある。 穴は小さく、キリアが通るには無理な大きさだったが、中の様子を少し見ることができた。 穴の中ではリノとコロナが、リノとコロナそっくりの二人の少年少女と闘っていた。 「リノ、コロナ!助けに行かないと!」 キリアは、そう決意すると、胸のソルブルーに手を当てた。 ソルブルーは反応するように蒼い光を放ち、光はキリアを覆った。 「行くぞ!」 その言葉と共に、キリアは小さな穴に真直ぐ飛び込んだ。 ガシャァン・・・ ガラスが割れる音が響き渡る。 大きな穴を開け、穴はキリアを飲み込んだ・・・・。 リノも、コロナも、自分自身と言う最も知り、最も遠い存在と戦っていた。 向こうはこちらのことを把握しているのに、こちらは相手のことは何一つ分からない。 いくら力をぶつけても、全く傷を追わない。 二人とも苦戦を強いられ、後一歩の所まで押さえられていた。 「あらあら、要らない子は弱いのね・・・。」 少女は不気味な笑いを浮かべて、リノの持つ羽衣と同じ羽衣をリノに投げた。 羽衣は、声を出す暇もなくその細い首に絡みついた。 「ほら、もうすぐ貴方は・・・・。」 リノは苦しそうにもがいたが、羽衣の力は強く、全く取れない。 「リノ!」 コロナがリノの方を向くと、隙有りとばかりに、少年の足がコロナを蹴り飛ばした。 吹き飛び、真っ黒な床を滑るようにリノの元へと飛ばされた。 「随分と脆い器だったな。」 少年はコロナの所へゆっくりと歩み寄った。 その時だった、コロナとリノの真上でガシャン!とガラスの割れる音がする。 その場にいた全員がその音に反応し、上を向いた。 「リノ!コロナ!助けに来たぞ!」 キリアの声が暗い空間の中に響き渡る。 キリアと共に落ち行くガラスの破片は周りの景色と同化するように消え、穴は蓋をするように黒い幕が覆った。 そのキリアの姿に、少女と少年は驚き、 少女は「お、お前は!何故ここにいる!」と、叫んだ。 「夢から目が覚めたから、ここにいるんだよ!起きろ、リノ、コロナ!」 キリアのその言葉で、ソルブルーが強い光を放ち、辺りを照らした。 すると少年と少女は苦しそうなそぶりを見せた。 「ぐあ!やめろ!光を・・・やめろ!」 少年はその光に照らされて身体が無数の黒い粒となり、砂のようにサラサラと溶けていく。 少女も同様に黒い粒となる。 リノの首を縛っていた羽衣も無数の黒い粒となって消えた。 「ゲホッゲホッ、キリア、ありがとう。」 リノは閉められた首を開放され、二、三度咳をすると、まだ少し苦しそうな顔をした。 そして、身体に少し付着した黒い粒を払い、コロナの方を向いた。 「大丈夫、コロナ?」 「ああ、ちょっと痛かったけど、なんともねえよ。」 コロナはそう言って、ニコッと笑い、リノを安心させた。 キリアはそんな二人にソルブルーを見せた。 「二人とも、ソルブルーにさわれ!このまぼろしから出るぞ!」 二人はキリアにそう言われ、急いでソルブルーに触った。 二人がソルブルーに触ったことを確認すると、キリアはそっと目を閉じた。 「ソルブルー、俺たちをこのまぼろしから助けてくれ・・・」 強い光が、三人を包み込む・・・・ 暖かく、頭がどこかぼうっとする。 リノは赤い絨毯の上で目覚めた。 どうやら、倒れたコロナの背中から落ちたらしい。 とうのコロナは、少し眠そうにゆっくりと体を起こした。 「二人とも大丈夫か?」 そこへキリアが二人に手を差し伸べた。 二人はキリアの手を借り、グッと身体に力を入れ、身体を起こした。 「俺たち、助かったのか・・・?」 「助かったんじゃないかしら?」 と、コロナの問いかけにリノが答えると、キリアは 「そうでもないみたいだぜ・・・。」と、辺りを見回して答えた。 そう言われて、リノとコロナも辺りを見回した。 すると、そこには狼の顔に人の身体、下半身は牛の足を持ち、その手には槍を持った男達がキリアたちを囲んでいた。 「こ、これは!?」 コロナは驚き、回りを囲む男たちを見た。 「この人たちは、この城の兵だ・・・。」 コロナの言葉に、リノは再度辺りを見回した。 男達の目は、どれも紅羽に洗脳されていたレナと同じ、人形のような目をしていた。 「これだったんだわ・・・。」 リノは男達の目を見てそう呟いた。 「陸王は部下を、国民を、何よりも大事にしていると聞いたことがあるわ。」 「だから、どうしたんだよ!」 鈍感なキリアはリノの言葉の意味に気づけず、リノに、この状況に、少し焦りながら聞いた。 「分からないの!陸王は部下を大事にするってことは、部下には手を挙げられないのよ。 そんな、部下が相手になって陸王が当てると思っているの?」 リノにそう言われて、キリアはやっと理解をしたのか 「そうか、じゃあ、あの人たちをどうにかすれば良いんだな。」と、言った。 そして、その後に「コロナ!レナとリノを頼む。」と言葉を続けた。 コロナはコクリと頷き、人形のように動かなくなったレナの下へ行き、レナを抱き上げた。 そして今度は、リノの前に行き、リノに背中に乗るように合図した。 それを見届けると、キリアはソルブルーに右手を置いた。 「ソルブルー、もう一度、もう一度だけ力をくれ。」 そう言って目を閉じ、真っ暗な世界で何かを探した。 海に潜るように、奥へ、奥へと意識を深くまで沈める。 すると、一点の光が見えた。 小さく、本当に小さく、青い光を放ち、真っ暗な闇を照らす。 キリアはそれに話しかけるように念じた。 「力を、この人たちを自由にする力をくれ・・・。」 すると小さな光は瞬く間に広がった。 それと同時にソルブルーから強い光が発せられ、部屋中を照らした。 その光を浴びた男達は、次々と床に倒れて行った。 光は直ぐに止み、ソルブルーはいつもの不思議な色の宝石となった。 「ふう・・・。ありがとな、ソルブルー。」 キリアは、そう言うと赤い絨毯の上にしりもちを付いた。 コロナは、そんなキリアに駆け寄り 「大丈夫か、キリア?」と心配して言った。 リノは、キリアが答える間もなく、コロナの背中から 「キリア、あんた何したの?」と問うた。 「ソルブルーの力で、俺たちが目をさましたからあの人たちにもできるかと思って。」 キリアがそう言うと、それを憎らしいと言わんばかりの表情で見る、紅羽が叫んだ。 「餓鬼の癖に!餓鬼の癖に!私の邪魔をするなぁ!!」 その叫びと共に、その長く整った髪が触手のように伸び、キリアを襲った。 キリアは咄嗟に避けようとした、しかし、ソルブルーの力を使ったせいか、身体が上がらない。 コロナは急いで、キリアを助けようと走り出した。 しかし、コロナの足では間に合わないほどに触手は、キリアに近づいていた。 リノもコロナも、キリアも、もう駄目かと思ったその時だった。 一つの大きな影が触手の前を横切り、キリアを連れ去った。 触手は勢い余り、床に突き刺さる。 「誰だ!」紅羽はとっさに叫んだ。 すると紅羽の後方で何かがダンッと、足を止めた。 全員が音の方を向くと、そこには先ほどまで鎖に縛られていた陸王がキリアを抱いて堂々と立つ。 その身の丈は2m以上あり、腕も足も並みの太さではなかった。 レオン王はゆっくりとキリアを床に下ろすと、キリアに低い声で言った。 「キリアよ、その勇気見事であった。そして、礼を言おう、彼らを助けてくれたことを。」 レオン王は、キリアの前に出て紅羽をギロリと睨んだ。 「キリアよ、今はその身体を休めよ。後は私がやろう。」 レオン王は右手の爪を立て、大きな右手を膝の高さに構えた。 「邪魔するんじゃないよ!」 紅羽は叫び、右腕を大きくレオン王に振った。 すると、紅羽の髪は束となり、勢いよく突く槍のように真直ぐレオン王に刃を向けた。 レオン王はギラリと尖った先端に狙われながらも、体勢を崩すどころか微動だにせずグッと腕を構えたまま、一瞬の隙を探っていた。 「遅い!」 突如、部屋中に響くレオン王の叫びと共に、その大きな右腕を大きく振るった。 振るった大きな腕は、吹き飛んでしまいそうな程の強い風を起こし、 矛先を向ける髪は紙切れのように粉々になる。そして、その奥にいる紅羽を吹き飛ばす。 「ぎゃっ!」 吹き飛ばされた紅羽は、そのまま壁に叩きつけられ、力なく床に倒れた。 その後、紅羽は左腕を支えにしてゆっくりと立ち上がった。 「お、おのれ、陸王・レオン・・・・、畜生・・・。」 途切れ途切れに言葉を発する紅羽にレオン王は吼えるように叫んだ。 「私の宝に手を出すとは愚か也!その姿、二度と見えぬところへ失せるが良い!」 紅羽はレオン王のその叫びに、何か得体の知れないもの感じた。 「ちっ!ココは一旦引き上げてあげるわ。」 紅羽はそう言うと、足元を少しふらつかせながら右足の先端で軽く蹴った。 すると、紅羽の足の下に黒い穴が表れた。 「今度は必ず、ソルブルーを奪ってあげるわ。じゃあね。」 そう言って、軽く手を振りながら沼に沈むように、ゆっくりと黒い穴に吸い込まれていった。 キリアは紅羽を追おうとした、しかしレオン王はキリアの前に手を出してそれを止め、 その間に紅羽は黒い穴に姿を消し、黒い穴もフッと何事も無かったかのように消えた。 キリアはその後を追おうとしたが、身体がガクッと下がり、足の力が抜け、赤い絨毯の床にうつ伏せに倒れた。 レオン王はそんなキリアを拾い上げてそのままどこかへ歩き出した。 キリアは「どこへ?」と聞きたかったが、声を出す気力も無く、そのままゆっくりと辺りが暗くなりぼうっとしたまま意識が飛んだ。 そして、気がついたのは砂浜の上。 波が仰向けに倒れるキリアの足をくすぐるように打ち寄せ、引き、また打ち寄せる。 空を見ると太陽がサンサンと青空に昇っている。 そこへ、一人の少女がやって来た。 青いエプロンドレスに白い麦藁帽子、狐色の長い髪が風になびく。 顔は、麦藁帽子と前髪に隠れてうまく見えない。 少女はキリアの顔の横でしゃがみ、そっとつぶやいた。 「ねえ。君はソルブルーの青は、何の青か考えたことある?」 「え?」 キリアは少女の言葉に、少女の方を向いた。 すると、少女は立ち上がり空と海を指差した。 「ソルブルーの青さは海の深さ、ソルブルーの青さは空の広さ。」 キリアは仰向けに倒れたまま少女の指差す、青い空を見上げた。 「空の広さ・・・・?」 「どの世界にも空は絶対にある。ソルブルーは海と太陽の象徴。でも、それ以前に空の象徴。」 その時だった、強い風が二人の身体に吹きつけた。 少女は麦藁帽子をグッと押さえ、風で飛ばないようにそっと抑える。 そして、キリアの方を見てそっと呟いた。 「目覚めの時間ね、貴方なら必ず彼女を助けられるわ。そして、本当の心に触れてあげて・・・。」 「え?」 その言葉の意味が分からず聞き返すと、少女はキリアに手を振った。 「バイバイ、頑張ってね。」 そして、強い風が少女から麦藁帽子を奪い去った。 キリアは少女の顔を見て、目を大きく見開いて驚いた。 次の瞬間キリアは、その少女のいる景色とは別の景色にいた。 高い天井、大きなベッド、誰も居ない部屋。 「夢・・・・?さいきん、変な夢ばっかり見るな・・・。」 キリアはそう独り言を呟いた。 そしてベッドから降り、部屋を見回した。 少し小さい本棚と、キリアの寝ていたベッド、そして木の扉が一つ。 キリアはゆっくりと足を進め、木の扉に近づいた。 すると、コンコンと部屋の外からノックが聞こえた。 キリアはそのノックに少し驚いたが「とりあえず、開けないと」と思い、扉を開けた。 すると、そこに居たのはリノとコロナだった。 リノは、キリアの姿に驚き 「キリア!」と、城中に響く声で叫んだ。 そして、すぐに自分の口を押さえ、顔を赤くした。 「キリア、もう身体は大丈夫なのか?」 コロナは部屋に入りながらキリアに聞いた。 キリアはコクリと笑顔で頷いた、が、その時、あることを思い出した。 「・・・!?おい!レナは、レナは大丈夫なのか!?」 キリアはコロナに詰め寄り、聞いた。 コロナは、そんなキリアの肩を押さえ、歩みを止めた。 「キリア、まずは落ち着け。」 コロナに止められ、キリアは小さく深呼吸をして、自分を落ち着けた。 「まずはキリアのことが先だよ。」 リノはキリアに歩み寄り、キリアの手をとった。 「な、何だよ・・・。」 リノはそっと目を閉じると、キリアの手をぎゅっと握った。 しばらく、そのままキリアの手を握っていたかと思うと、パッと手を離し、目を開けた。 「大丈夫みたいね、良かったわ。」 リノは一息ついて、胸を撫でた。 そして、クルリと扉の方を向き 「ついて来て、レナのところへ案内してあげる。」と言って、リノは歩き始めた。 高い天井に白い壁の、長い通路を真直ぐ進んだ。 「おい、リノ。レナは大丈夫なのか?なあ、おい。」 キリアが何度リノに聞いてもリノは 「レナを見ればわかるわ。」と、だけ答えた。 そんな調子で三人は、通路の一番奥にある、大きな、白く、金の縁取りのされた扉の前まで歩いた。扉には、見たことも無い字が金色で書かれていた。 キリアは、コロナを後ろからそっと人差し指で突いて、小声で聞いた。 「なあ。あれ、なんて書いてあるんだ?」 「ここは特別治療室。特別な病気をなおすための部屋だ。」 キリアはその言葉を聞いて、ますますレナのことが心配になった。 そんな、キリアにリノは 「キリア。今から、部屋に入るわよ。」そう言って、扉をグッと押した。 扉が開き、キリアは部屋の中を見た。 ベッドが一つ、薬が山ほど置かれた棚が一つ、真っ白の部屋に窓が一つ。 ベッドの隣にはレオン王が立っていた、ベッドの上には白いシーツを掛けられて、曇った目を開けたまま、全く動かないレナが仰向けにベッドの上で横になっている。 キリアは、そのレナの姿を見てうつむいた。 リノとコロナは、そんなキリアの腕を引いて部屋の中に入った。 バタンと空しく閉まるドアの音が部屋に少し響き、消える。 キリアは、部屋に入るとうつむいた顔を上げてレオン王を見た。 レオン王は、キリアの肩にポンと手を置き、言った。 「キリア、身体はもう良いみたいだな。」 「レオン王様!レナは、レナはどうなんですか!?大丈夫なんですよね!」 キリアは、レオン王の質問よりも、レナのことを先に聞いた。 レオン王は、優しく微笑み 「まあ、落ち着くが良い。それと、私のことはレオン王と呼んでくれれば良い。」 と言って、キリアの頭を軽く撫でた。 そして、心配そうにレナの方を見るキリアに難しい顔をした。 「レナは、今は治してやる事が出来ない。 強い幻覚効果を持つ何かを吸わされた様だが、それを解毒する薬草がこの国には無い。」 「そんな・・・。じゃあ、レナは・・・」 キリアが言葉を言いかけると、リノが言葉を重ねた。 「でも、この国に無いだけで他を探せば・・・。」 しかしコロナは、悔しそうに俯いて言葉を発した。 「でも、この世界にそれがあるかどうかすら分からない。」 「じゃあ、レナはどうなるんだよ!」 「キリアよ、何も方法は無いと言っている訳ではない。方法はあることはある。」 その、言葉にキリアの表情が少し明るくなった。 しかし、またもレオン王は難しい顔をした。 「解毒の薬草は太陽の世界にあると聞く。太陽の世界に行けば手に入るかもしれないが・・・。」 その言葉にリノとコロナは、ますます暗い顔をした。 「世界を渡れるレナがこんな状態なのに、太陽の世界に行くなんて・・・。」 しかしキリアだけは、ソルブルーを見つめて何かを考えていた。 夢の中に出てきた少女、少女の言った言葉、それがヒントになっているような気がしてならなかった。 そして、そっと目を閉じ、ソルブルーを額にそっとつけた。 ザザァ、ザザァと波の音が聞こえ、ヒュゥ、ヒュゥと風の音が聞こえる。 そして少女の声が聞こえる。 「空は一つであって決して、分け隔てることの出来ないもの。それを知って・・・。 そして空が一つである以上、空の下の世界に行けない場所は無い。」 その言葉を聞いた瞬間、キリアはある方法を思いついた。 「皆!行ける、太陽の世界に行ける・・・。」 キリアの、突然のその言葉に全員は顔を上げた。 「え?キリア、今なんて!?」 リノは、我が耳を疑った。 もちろん、それはリノだけではなく、コロナもレオン王も同じであった。 キリアは、そんな三人にソルブルーを見せた。 「ソルブルーならきっと世界を渡れる・・・・俺にはわかる。」 リノとコロナは半信半疑だったが、レオン王はその言葉を信じていた。 「うむ、キリア、お主がそう感じるのならば、可能であろう。 ソルブルーはソルブルーの持ち主と心を交す。何ができるかは、持ち主にしか分からぬ。」 その言葉を聞き、一つの希望を手に入れたリノとコロナは、やっと明るい顔を見せた。 それを見たキリアは、レナをベッドから降ろし、その小さな背中で小さな身体のレナを背負った。 「よし、そうと決まれば、はやくいこうぜ!」 そんなキリアに、コロナは少し照れながら言った。 「キリア、話はリノから全部聞いた。お前たちの旅に、俺もついて行っていいか?」 するとキリアはあっさりと 「何言ってんだよ、いまさら。お前は仲間だろ、良いも悪いも、いやがってもつれてくぜ。」と言った。 コロナにはその答が意外であって、あって当然の答だった。 「じゃあ出発ね、キリア、コロナ。」 リノはそう言って、コロナとキリアの間に立ち、二人の手をそっと握った。 レオン王はそんな三人を見て、優しく微笑んだ。 「三人とも、無事に目的を果たすのだぞ。これは、王の命令だ。」 『はい!』 三人は、元気よく返事をした。 レオンはその中でもキリアを見て言葉を発した。 「キリア・・・」 そこまで発したが、これだけは言えない、と出掛った言葉を飲み込んだ。 「ソルブルーの加護を祈る。」 キリアはニコリと笑って大きく手を振った。 そしてキリアは目を閉じ、意識をソルブルーに集中した。 真っ暗な、まぶたを下ろした世界の中に空をイメージした。 スカイブルーの空に時々流れる白い雲、その空を真直ぐ進むイメージをする。 すると空の奥に一つの太陽が見えた。 視界は真直ぐ太陽の光に進む・・・・ 強い光がキリア、コロナ、リノそしてレナの四人を包み込んだ。 そして、部屋はレオン王だけになった。 一人になったレオン王は先ほどまでキリアがいた場所に向かって呟いた。 「全く、良く似ている。父親に良く似た子だ、キリアは・・・。」 そして天井を見上げた・・・ 同じ空の下にいる、親友を懐かしんで・・・。
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