春の日差しが気持ちいい。私は歩きながら大きく伸びをする。ついでのように欠伸がこぼれた。
久しぶりの手ぶら。
携帯電話も、財布も、鞄も持たずに、
サンダルと適当に選んだ普段着、軽く櫛を通しただけの髪の毛。
たったそれだけで、外に出る。
 太陽は、東の方からゆっくりと登りつつある。
お昼ごはんにはまだまだ時間がある。私は腕時計を見つめた。
9時10分。予定なら、友達と遊びに行っているはずだ。
そう思うと溜息がこぼれる。
二十分ほど前に友達から、突然、遊びに行けなくなったと電話がかかってきた。
おかげで、私はこうしてフラフラと当てもなく歩くことになった。
 日の光が毛布を被せる様に、柔らかく降り注ぐ。
人通りの少ない裏道に、長い羽衣の様な肌触りのよい風が通り過ぎた。
目を閉じれば、風と一体になれそうな気がする。
建物と建物の間に、余るようにできたこの裏道を抜けると、閑散とした道に出る。
目の前に現れたのは駄菓子屋。
その右隣には古びた看板のクリーニング屋。
車一台と自転車二台分の道。
私は少し驚いた。
長くこの町に住んでいたけれど、こんな場所があった事を少しも知らなかった。
表通りは、車が通り、人が忙しそうに歩く。
けれど、その裏は、ゆっくりと静かに時間が流れる穏やかな町が並んでいる。
表通りでは早足の私の足が、ここではゆっくりと一歩一歩を味わうように進む。
世界の時間がゆっくり流れている気がする。
サンダルが、コンクリートの道の上に落ちる、小さな小石を踏みしめる音が聞こえる。
いつもは人を避けて通るのに、ココでは避けるほどの人が通らない。
何となく、世界が広がった気がした。
太陽の光を独り占めしているような気分。
いつも寄せている眉間のしわが少し緩んだ。
不規則に曲がる道、
スズメが集まる電柱、
猫と猫のおしゃべり、
家の塀からはみ出た桜の木。
私が普段、視界の隅っこで見ている景色が、目の前で堂々としている。
いつしか、私の表情が不満から満足に変わっていた。
 そろそろお腹がすく頃かもしれない。
私はそう思い、空を見上げた。太陽が高く上っている。
そんな時、私の目の前を桜の花びらが通り過ぎる。
その薄ピンクの花びらは、ヒラヒラと少しずつ高度を下げ、
直ぐに無機質なコンクリートの上に落ちた。
ふと足元を見ると、無数の桜の花びらが、コンクリートの上に不揃いに散らばっていた。
桜が流れて来る場所は、家と家の間にある小さな公園。
私はゆっくりとした足取りでその公園を覗き込んだ。
ペイントの剥げたブランコとシーソー、それに小さな砂場があるだけの、誰もいない小さな公園。
新しく建てられた家に押しやられて、肩身が狭そうにひっそりと佇んでいる。
私はゆっくりとその公園に足を踏み入れた。
私は、そこで初めてそれの存在に気がついた。
ブランコやシーソーよりも奥に、小さな桜の木が花を満開に咲かせていた。
お世辞にもすごいとは言えないその桜の木は、
誰もいないその場所で、健気に、か細い枝から桜の花びらを散らせている。
なんとも言えない殺風景な景色だけれど、不思議と寂しさが感じられない。
物理的には確かに何も無い様な景色だけれど、そこには何かが満ちている。
無数の人が歩く表通りには無い何かが満ちている感じ。
けれど、普通に生活していたら、一生気付くことができないかもしれないもの。
私は偶然、コレに気づくことができた。
この、桜という一本の線に、私という一本の線がうまく落ちて、偶然、綺麗に交じり合った。
きっと、友達と出かけていたら私の線は大きく反れて、この桜とは出会わなかっただろう。
そう思うと、私は得をした気分になった。
私は桜に歩み寄り、もう少し時間を潰すことにした。


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