「雲行きが怪しい・・・。」そう思って家を出たら、案の定、ひどい雨にあってしまった。
私が、急いで逃げ込んだのはタバコ屋の小さな屋根。
田舎町の小さな店と店の間に、壁のようにひっそりと覗くタバコ屋には、おばあさんが一人、ポツンと座っている。
雨がタバコ屋の突き出した屋根にバラバラと騒音を立てて叩き、充満していた梅雨の湿っぽい空気が、涼しい風に流されていった。
硬いコンクリートに落ちる雨は、地面の上を流れていく。
雨にさえぎられた景色は、私に深い思考を与えた。
私はそっと手を差し出して、屋根から落ちる一滴の雨粒をすくう。
雨粒は私の手で小さくはね、手の平に小さな水溜りを作る。水溜りは手の平のしわを伝い、手の甲を流れ、腕をするすると下っていく。
そして、ひじの先にぶら下がり、間もなく足元へと落ちていった。
冷たい。雨と戯れるのは冷たい。けれど、飽きない。私は、意外と雨が好きな自分に驚いた・・・。

雨音が心地よく聞こえ始める。
十分ぐらいかも。二十分ぐらいかも。いや、一時間ぐらいかもしれない。
私は、何時間もこの雨に魅入っていたような気がする。
いつもなら、十分おきに腕時計で時間を確かめるのに、すっかり忘れてしまった。だけど、こうして雨を見ていると、そんなに時間を気にする私が馬鹿らしく思えた。
普段忙しくしている私は、今、忙しく降る雨を暇そうに眺める。
上から下へ落ちる一滴の水滴、沢山集まって雨になる。そんな水滴の群れが、私の目の前を真直ぐ通り過ぎる。
通り過ぎる水滴たちは、小さな水しぶきを上げて水滴から水になる。
コンクリートの上に集まった水は、大きく、浅い川になって流れていく。
この川は、きっとどこか遠くへ流れていくのだろう。
まるで、あの空からこの場所と出会い、何処かへ流れていく一本の線を引くように。
この場所もまた、過去から未来への一本の線を引くように待ち呆ける。
バツの字を書くように、一本の線と一本の線がある一点で交わって、別の方向へと進む。
ただ、ただ、それが当たり前のような顔をして、交わって分かれる。
ただ、ただ、バツの字のように・・・。

雨の群れの尻尾が見えた。ゆっくりと、グラデーションのように雨粒が少なくなっていく。
空は、まだ曇っていた。太陽が雲の後ろで薄らと光っている。虹は出そうに無い。
まだ、水滴がパラパラと降り続けていたけれど、私は歩き出した。
私もまた、バツの字だから。
あの雨とこの場所が出会ったように、私という線と雨という線が出会っていた。
交わって、分かれる。それが当然のことだから、私は何事も無かったようにその場を去った。

私は曇った空を見上げた。
触れることで初めてバツの字になった。
バツの字になって初めて、雨の良さが分かった。
雨の魅力を見せてくれた空に、私は瞳でそっと『ありがとう』を言う。




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